旧知の恋





「レオって、ロリコンだったの?」
「っ、ぶふっ!!」
「わわっ、!」

『久しぶりに、一杯どう?』 クイッとお猪口を傾ける仕草に誘われて、やって来た魔王城食堂。 私を誘った張本人、テーブルを挟んで向かいに座る同期のナマエの発言に、私は思わず冷酒を噴き出した。

「もう、汚いわね… 何噴き出してんのよ…!」
「ッ、ナマエがっ! 変なこと言うからだろう…っ!?」

キツい物言いの彼女に、私はすぐさま反論をする。 誰だって突然 『ロリコンか?』 と聞かれたら、驚いてしまうに決まってる。 慌てて汚れたテーブルを拭き取る私に 『これも使って』 と新しいおしぼりを渡してくれるあたり、面倒見が良いというか何というか…

ナマエは、長年魔王城に勤務している私の数少ない "旧友" だ。 就職直後は睡魔の指導の下、共に切磋琢磨した "仲間" でもある。 ここ数年は魔王城内ではなく、城外の砦に配属されていて、年に一度ほどしか城へ戻ってくることが無かったのだが… こうやって城へ戻ったときは必ず声を掛けてくれる、気心の知れた "友人" なのである。

「変なこと、ねぇ…」
「な、何だよ、その目は…っ」

テーブルを拭き終え、もう一度お猪口を手にして口へ運ぼうとした、その時。 ナマエは、ぼそりと意味深に呟いた。 チラリ、と彼女へ視線を向ければ、ジトッと不満そうな表情でこちらを見つめている。 何故そんな表情をしているのか… その理由が分からなかった私は、率直に疑問を口に出してしまった。

「…人質の姫を取り戻そうと魔王城へ向かってる勇者を足止めするために命懸けで戦ってる仲間の存在も忘れて孫ほど歳が離れたその人質の女の子を甲斐甲斐しく世話していた薄情者を見る目、だけど?」
「まさかのノンブレス…ッ!!!! そんな長文、よく噛まずに言えるな…!?」

一息で言い切るナマエに思わず盛大にツッコミを入れてしまう。 …彼女が話した内容に関しては、私自身も少し罪悪感を感じているところなので、深くは突っ込まないでおいたのだが。 そんな私の考えを見透かしているのか、ナマエはハァとひとつため息を吐くと、グイッとお猪口を傾けた。 度数の強い冷酒だが、難なく飲み干す姿は男前の一言に尽きる。 …コイツ、本当に昔から酒に強いよなぁ。

「…私もさっき彼女に会ったよ。 まぁ、あんなに可愛らしい女の子なら、構いたくなる気持ちも分かるけどさ」
「べっ、別に… 私から構ってるわけじゃ…」
「ふーん? … "可愛らしい女の子" は、否定しないんだ?」
「っ…!? そっ、そ、そんなことは…っ! というか、ナマエっ! さっきから、何なんだっ! 私を揶揄ってばかり…っ!」
「久しぶりに魔王城に帰って来れたと思ったら、同期が人質の姫にお熱だなんて… そんな面白い話聞いて、揶揄う以外の選択肢ある?」
「っ、お前なぁ〜〜っ!!」

ニッコリと笑うナマエが憎たらしくて、思わず叫んでしまう。 そんな余裕のない私とは打って変わり、彼女はどこ吹く風。 呑気に笑いながら、空になった私のお猪口に冷酒を注ぎ足している。 …こういう何気ない気配りが出来るところは…っ、嫌いじゃないけれど!!

「今度睡魔さんと会ったら、レオをどうやって弄り倒すか… 作戦会議しとくね」
「んなっ!? …ったく、本当にお前は…! そんなんだから、いつまで経っても浮いた話がないんだよっ」

ずっと揶揄われっぱなしなのが、悔しくて。 つい口をついて出てしまった言葉。 ほろ酔いで、気が大きくなっていたこと。 久しぶりの友人との、気の置けない楽しい会話。 全てが私の口を軽くする原因となっていたのだが、そんなのはただの言い訳だ。 …いくらナマエが相手でも、今のはさすがに失礼だったかも。 黙り込んで俯くナマエを前にして、そんな後悔の念が私に襲いかかる。

「…あ、あの、ナマエ? 少し言い過ぎ、」
「どうせ、」
「えっ?」

謝罪しようとする私の言葉を遮り、何かをポツリと呟くナマエ。 俯いているせいで表情はよく見えないけれど、その声はどこか悲しそうで… ドクンと締め付けるような感覚が、心臓に走る。

「( もっ、もしかして…っ 泣かせてしまったんじゃ、 )」
「どうせ私は、女なのにバリバリの戦闘要員で、服は動きやすさ重視でオシャレとは程遠くて、男女問わず部下からは姐さんって呼ばれるような… そんな可愛げのないガサツな女ですよーだ」
「えっ!? い、いやっ! 何もそこまでは…っ!」

またもや一息で言い切ったナマエは、イーッと歯を見せて、いじけたように口を開く。 自虐的過ぎる言葉に、私は咄嗟に否定するけれど… 彼女は心底呆れた表情で私を見つめ返してきた。

「…本当、鈍感だよねぇ。 レオって」
「…な、何だよ、それ。 私のどこが鈍感なんだっ」

今までの話の流れに、私が鈍感な要素がどこにあったと言うのか…! 脈絡のないナマエの言葉に、思わずムッとしてしまう。 そんな私にナマエはどうしてか、とんでもなく優しい表情で微笑んだ。 その初めて見る儚げな表情に、思わずドキッと胸が高鳴ってしまう。

「…こんなガサツな女が、同期と飲むってだけで慣れないスカート履いて、メイクもして。 …こんな風にオシャレなんて、すると思う?」
「…へっ?」

ナマエからの問いの答えを出すために、必死で頭を働かせる。 私がどれだけ鈍感だとしても… その答えだけは、間違えてはならない、そんな気がして。

「…っ、もし、かして、ナマエ…っ」
「……やぁっと、気づいたか」
「っ、ッ、なっ、ななっ、な…っ!!」

必死に考えて考えて、辿り着いた答え。 とんでもなく自信過剰な答えに、少し恥ずかしくなるけれど… ナマエの反応を見る限り、間違いではなさそうで。 私の体はみるみる内に熱を持ち始めていく。

「…そろそろ部屋に戻るわ。 私、明日からまた砦勤務で、朝早いし」
「っ、えっ!? ちょ…っ! ナマエ!?」

火照る体に戸惑う私を置いて、席を立つナマエを咄嗟に呼び止める。 すでに背を向けていた彼女は、くるっと顔だけをこちらに向けて、一言。

「…私がいない間、精々悩んでろ。 …ばーか」
「っ、ッーーー!!!」

薄らと、赤く染まるナマエの頬。 何度もふたりで飲んだことがある私は知っている。 …酒に強いナマエは、これっぽっちの酒を飲んだだけで、頬を染めることなどないと言うことを。

そう考えた、直後。 ドクンと脈打つ心臓。 その後も、ドッドッドッとうるさく鳴り続ける鼓動が、私の胸を弄ぶ。

「( っ、なっ、なん、だこれ…っ! 胸がっ、ドキドキして…っ )」

無意識に、この場を去った彼女の背を目線で追う。 ひらりと揺れるスカート。 普段は下ろしっぱなしの髪は、綺麗にまとめ上げられていて… 先程の彼女の言葉が脳裏に浮かんでくる。

「…こんなガサツな女が、同期と飲むってだけで、慣れないスカート履いて、メイクもして。 …こんな風にオシャレなんて、すると思う?」

「( 明日も早いのに… 私と、会うために…? ) っ、ッ〜〜!!!!」

思わず、へなへなと椅子に座り込む。 予想外過ぎる展開に、私はもう… 兎にも角にも限界であった。

「( 可愛い、と… 思ってしまった…… っ、くそっ! 精々悩んでろ、だって…っ!? 他人事だと思って…っ!! )」

今夜はヤケ酒だ…! と、グイッと勢い良くお猪口を傾ければ、冷酒特有のカアっと熱くなるような感覚が喉を通り過ぎて行く。 …悔しいけれど。 ナマエが注いでくれたお酒が、いつもよりうんと美味しく感じたのだった。


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