あなたに会いに行く理由 / 瑠美様リクエスト



「お目覚めかな? ナマエちゃん」

ゆっくりと目を開いた私の耳に届いたのは、ひどく穏やかで優しい声。 そのあまりの心地よさに、思わずもう一度目を閉じてしまいそうになるけれど、何とか体を起き上がらせる。 起き上がった視線の先には、棺桶の中で座り込む私を見て朗らかに微笑む男性がひとり。

「蘇生、ありがとうございます。 あくましゅうどうしさま」
「いえいえ。 だけど、珍しいね。 ナマエちゃんが死んでしまうなんて…」

ドキッと鼓動を刻む心臓。 あなたに会いたくて。 だけど会いに行く理由が思い付かないからわざと死にました、なんて。 そんな私の淡くも重い恋心を多分に含んだ理由など、正直に言えるはずもない。

「…ちょっと、ドジ踏んじゃって」
「ナマエちゃんの墓が運ばれてきた時は本当に驚いて… 心臓が止まるかと思ったよ…」

やんわりとぼかしながら、適当な嘘をつく。 そんな私を微塵も疑うことなく、こちらを心底心配している様子の彼に、少し罪悪感を抱くけれど。 私の胸はすぐ目の前の彼に、ドキドキと煩くなる一方だった。

膝をついていても分かるくらい、私よりもすらりと高い身長。 サラサラで艶のある、青みがかった黒い髪。 先程まで魔術を発動していたであろう手は大きくて、男らしく骨張っている。 何よりこちらを見つめながら柔らかく微笑む姿は、本当にかっこよくて…

「? ナマエちゃん?」
「っ、す、すみません… ボーッとしちゃって」
「大丈夫かい…? 生き返った直後だからかなぁ」
「っ、( ち、か…っ )」

黙り込む私を心配して、ズイッとこちらを覗き込むあくましゅうどうしさま。 彼の瞳が、目と鼻の先にある。 そのあまりの距離の近さに、思わず息を呑む。 先程までドキドキと煩かった心臓は、今にも急停止してしまうんじゃないかと思うほどに、キュッと締め付けられた。

「体調はどう…? 辛くない?」
「は、い。 大丈夫、です」

彼の一挙手一投足に振り回されっぱなしの私だけど、そんなことに気づくはずもない彼は、未だに眉を下げてこちらを心配そうに見つめていて。 …どんな表情でもカッコいいなんて、本当に、ずるすぎる。

「無事に生き返らせることが出来たから良かったけど… 私の魔術も万能じゃないからね」
「っ、はい… ごめんなさい…」

何気なく伝えられた言葉に、ズキッと痛む良心。 勝手にひとり、盛り上がっていた自分が恥ずかしい。 彼の手を煩わせてしまっているという事実に、今更ながら大きな罪悪感が押し寄せてきて、思わず俯く。 無意識に口から出た謝罪の言葉は小さく、ひどく震えていて。 自分の愚かさに、何だか涙が出そうだ。

「ふふ。 そんなに落ち込まなくても大丈夫。 これからは気をつけるんだよ?」
「っ、…!!」

優しい言葉と共にポンポンと頭を撫でられて、顔に熱が集まってくるのを感じる。 完全に子供扱いなのは少し悔しいけれど、この温かな優しい手に撫でられて喜ぶなと言う方が無理な話だ。

「あくましゅうどうしさま…っ」
「ん?」

つい先程まで自分の愚かさを嘆いていたはずなのに。 優しい眼差しで、こちらを見つめる彼を目の前にしてしまったら… 私の中の "欲" がムクムクと顔を出し始めてしまった。

「もし、私が…」
「うん?」

もし、私がここに来た本当の理由を知ったら。 彼はどんな反応を見せるのだろう。 …そんな少しの好奇心と、あわよくば喜んでくれるかも、なんて期待が。 私の胸に広がっていて。

「…わざと死んだって言ったら、怒りますか、?」
「えっ…?」

本当に予想外だったのだろう。 私の言葉に、ぽかんと口を開けるあくましゅうどうしさま。 そんな呆けた姿も、私にとっては愛おしくって仕方ない。 普段は見れない彼の表情を、しっかりと目に焼き付けるけれど、それも数秒のこと。 気を持ち直した彼の表情は、みるみるうちに険しくなっていく。

「もしそれが本当なら… 怒るに決まってるよ。 大切な命を、無駄にしてはいけない。 さっきも言ったけど、魔術は万能じゃないんだ。 …滅多にないとは言え、助からないことだってあるんだから」
「…ごめん、なさい」

冷静に、だけど確実に怒りを露わにした彼の表情と声に、サアッと血の気が引いていく。 ヒュッと締まった喉からは、上手く声が出せなくて。 私の声は消え入るように小さいものとなってしまった。

「だけど一体、何の為に…? 君がわざと死ぬ理由なんて…」
「それは…っ」

本当のことを言うか、言わまいか。 私の心は揺れ動く。 先程までの淡い期待は鳴りを潜めていて、幻滅されるかもという恐怖が大きく膨らんでいた。 本当のことを告げるのはやめよう、そう決心した。 それなのに。

「もしかして、私に会うために? …なんてね、あはは」
「っ、ッ」

それが落ち込む私を励ますための冗談だということは、重々分かっている。 だけど、私を怖がらせないようにとふざけて見せるその優しさだとか、もう怒ってないよと言うかのように、頭を撫でてくれる柔らかい手付きだとか。 彼の全てが愛おしくて切なくて… 想いが、ついに溢れてしまった。

「…その通り、です」
「へっ?」
「…私、あくましゅうどうしさまに会いたかったんです」
「………………は?」

本日2度目の、間の抜けた表情。 ぽかんと口を開く姿に、またもや私は性懲りも無くきゅんと胸を高鳴らせるけれど、今はそんなことにうつつを抜かしている場合ではない。 私の本心を。 溢れる想いを、ちゃんと伝えなくちゃ。

「あくましゅうどうしさまに会いたくて、でも会いに行く理由が無くて。 …死んで蘇生してもらえれば、理由なんて無くても会えると、そう思って、」
「ちょっ、ちょっと待って…っ! そ、それって、どういう……」

理解が追いつかないのか頭を抱える彼を見て、私は覚悟を決める。 今はただただ真っ直ぐに。 この気持ちを伝えるべきだ。

「あくましゅうどうしさまが、好きなんです」
「すっ!? す、すす、好き…っ!?!?!?」

もしかしたら喜んでくれるかも、なんて。 少しは期待をしたけれど、目の前の彼は驚き慌てるばかりで。 嬉しそうには、到底見えない。 溢れる想いとは裏腹に、ずーんと沈んでいく私の心。

「…ごめんなさい。 突然こんなこと言って…」
「えっ!? あっ、いや…」
「それにいくら会いたいからって、わざと死ぬなんて… 本当に馬鹿ですよね…っ」
「そ、そんなことは…!」

『そんなことは』 優しい彼は、そう言って否定しようとしてくれているけれど… 交わらない視線が、私たちを包む空気が、全てを物語っている。 どうして、彼が喜んでくれるなどと思い込んでいたんだろう。 じわりと、瞳に涙が滲んでくる。 目尻から溢れるのを見られたくなくて、思わず俯いた、その時だった。

「……ナマエちゃん」
「…っ、はい」
「わざと死ぬなんて、今後は絶対にやめてほしい」
「…は、い」

彼には珍しくハッキリとした強い口調。 その声に、言葉に、私は俯いたまま顔を上げることも出来なくて。 ギュッと拳を握り、涙を堪える。 私たちを包む沈黙が気まずくて、何か言わなきゃ、そう思うけれど… 口は思うように開いてくれない。 もういっそ出て行けと、そう言ってくれた方が… そんなことを思った、その直後。 ぽんぽんと私の頭を優しく撫でたのは、大好きで大好きで堪らない、大きな手。

「あくましゅうどうし、さま…っ?」
「………」

どうしたらいいのか分からない私は、遠慮がちに彼の名前を呼ぶけれど。 彼は沈黙を続ける。 だけど頭を撫でる手付きは、変わらず優しいままで。 私はその心地良さに、されるがままだ。

「ねぇ、ナマエちゃん」
「っ、はい…」
「たとえ… 理由なんて無くても、」

そこで途切れる、彼の言葉。 私の頭を撫でる彼の手は、そのまま頬へと移動してソッと優しく涙を拭ってくれる。 そんな彼の行動に、その先の言葉を私は無意識のうちに期待してしまう。 ドキドキと、うるさいほどに高鳴る胸。 彼に触れられた頬が、どんどん熱を帯びていく。

「…君が会いたい時に、来てくれればいいんだから」
「っ−−ッ、!!」

それは私が期待していた言葉、そのもので。 ぶわっと湧き上がるのは、幸せな気持ち。 優しい穏やかな笑顔で囁くあくましゅうどうしさまの表情に、言葉にならない感情が、私の心をいっぱいにする。

「君が墓になって運ばれて来たとき… 本当に、心臓が止まるかと思ったんだ…」
「っ、!」
「その時、自分の気持ちに気がついたよ。 ナマエちゃんは私にとって… 誰よりも大切な女の子なんだ、って」
「っ、それって、…」

これは全く想像していなかった。 まさかまさか、こんな展開になるなんて。 先程よりも何倍も何十倍も大きな期待が、私の胸に膨らんでいく。

頬に触れていたはずの彼の手は、いつのまにか私の両手を握りしめていて。 その大きくて温かい手の平に、ドキドキと胸の鼓動は加速していくばかりだ。

そして真剣な表情の彼と目が合った、その次の瞬間。

「 "私と恋人だから" 。 それを理由にするっていうのは、どうかな…?」
「っ、ッ−−−!!」

少し頬を染めながら告げられた言葉に、私は胸がいっぱいで、思わず涙が溢れそうになるけれど。 今は何とか必死で堪える。 彼に会いにいく理由が、最高の形で手に入ったことに感謝しながら… 私は力いっぱい、頷いた。


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