coworker ≠ crush / P様リクエスト



「のろいのパティシエに任命されたぁ!?」

ただでさえ大きな瞳をこれでもかと見開きながら大声で叫ぶのは魔王城でオレの同期に当たる、女魔物のナマエ。 そのあまりに大きな声にオレは咄嗟に耳を塞ぐ。 周りの魔物たちも何事かとこちらの様子を伺っているのが目に入り、めんどくさいことこの上ない。 『なんでもないから!!』 とオレが大きな声で主張すると、ざわついていた周りの魔物たちは散り散りにこの場から離れていった。

「声デカいって、ナマエ…」
「ご、ごめん… でもっ、驚くのも無理ないよ!! だってそれって… 新しい役職ってことでしょ!?」
「まぁ… でも、ほんと勘弁してほしいって言うのが本音。 マジでウチの幹部たち、呑気すぎるでしょ」
「のろくん… それは嫌味ですか…?」

ジトっと目を細めながらこちらを見つめるナマエの表情に、思わず吹き出しそうになるけれど、グッと我慢。 …笑うと怒るんだよね、ナマエって。 まぁ、それも可愛いところのひとつではあるんだけど…

「私なんて魔王城就職以来、なんの役職も貰ってないんだよ…!?」
「…いいじゃん。 楽そうで」
「きぃーーっ!!! 腹立つ!! そんなこと一度でいいから言ってみたいよ…!!!」
「っ、ちょ、ほんと笑かすのやめてくんない…っ?」
「えっ!? 今のどこに笑う要素があったの!?」
「っ、いやっ、笑いどころしかないでしょっ? …本当にきぃーって言う奴初めて見た…っ 」
「…っ、もう!! 笑いすぎだよ!!」

コロコロと変わる表情や声色が可笑しくて、オレはついに我慢の限界を迎えた。 思わずぶはっ、と吹き出してしまったオレにぷりぷりと怒りを露わにするナマエの姿が、さらに笑いを掻き立てる。 …あー、ほんと。 ナマエと一緒にいると飽きないわ。

「っ、はぁ… あー… 笑い疲れた」
「そりゃあ、それだけ笑えばね!!!」
「悪かったって。 ほら、デザートのケーキ。 分けてあげるからさ」

『…ケーキなんかでごまかされないんだから!』 そう言いながらも、オレの手から皿を奪い取るナマエにまたもや笑いが込み上げてくるが、何とか堪える。 今までの経験上、これ以上機嫌を損ねれば後々が面倒になるのは目に見えているのだ。 だからオレはケーキを口いっぱいに頬張るナマエを黙って見守ることにする。 …あーあ、口の端にクリームついてるし。 ったく、世話の焼ける…

「んぐっ、…なぁにっ?」
「クリーム。 ついてる、口に」
「ありがとっ! ふふっ。 のろくん、お母さんみたい!」
「……ナマエの母親とか、絶対やだわ。 オレ」
「えぇ〜!! なんでよーっ!!」

不満そうに唇を尖らせているナマエには悪いが、これだけは譲れない。 こんなに世話の焼ける娘なんて絶対に願い下げだ。 というかオレは、保護者なんかじゃなくて、 ナマエの…

「それにしてもさ!」
「っ、な、何…?」

ナマエの元気な声にハッと現実に引き戻され、オレは慌てて返事をする。 少しどもってしまったのがとんでもなく恥ずかしいが… 当の本人は全く何も気づいていない様子だったので、オレは咄嗟に何事も無かったかのように装った。 …ほんと鈍感だよね、ナマエって。

「 『のろいのおんがくか』 に 『のろいのないかい』、『のろいのしかいし』 それに 『のろいのパティシエ』 でしょ…? やばいよ…! 一体どれだけ働くつもりなの!?」
「…オレは全くそんなつもりないんだけど。 幹部の人たちが勝手に仕事振ってくるだけだし」
「ふふっ、それでも "ちゃーんと" 引き受けるんだもんね?」
「…そりゃ、城のトップに頼まれたら断れないでしょ」

周りよりも優れているという自負、自分への期待に応えたいという気持ち。 そういったものが、オレの中に存在しているのは確かで。 何だかんだと文句を言いつつも、彼らの無茶振りに応えてしまう自分の世話焼きな性格を、ナマエには見抜かれているのが、嬉しいような恥ずかしいような。 …どうしてこういところだけは、鋭いんだか。

「のろくん、責任感もあるんだもんなぁ〜! そりゃあ色んな仕事を任せられるわけだよ」
「まぁ、要領良いしね。 オレ」
「くそぉーっ! 何でも出来るのろくんが羨ましい…!!」
「うん、否定はしない」

『この万能男め…!』 そう言って悔しそうにこちらを見つめるナマエ。 こんな何気ないやりとりが、オレの密かな楽しみとなっていることに彼女は全く気づいていない。 だが、それでいい。 ナマエはきっと、オレのことなど男として見ていないだろうから…

「…でもさ! きっと、のろくんのお嫁さんは幸せだろうね!」
「っ、! なっ、何、いきなり…」

唐突なナマエからの言葉に、驚きを隠せない。 今しがた考えていた事が筒抜けだったのではないかと思う程のタイミングで放たれたその言葉に、オレは情けなくもどもってしまう。 …っていうか、いつも突拍子のなさすぎるんだよ…!

「えーだってさ、甲斐性もあって、何でも器用にこなして… すっごく頼りになるもん!」
「っ、!」

正直なところ… ナマエにそんな風に思われているとは思ってもみなかったオレとしては、ぶっちゃけ、うん… めちゃくちゃ、嬉しい。 今まで "同期" として共に過ごしてきたけれど、こういうことを言われるのは初めてのことだった。 …これってもしかして、オレのことを意識させるチャンスなんじゃ?

「………じゃあ、なってみる?」
「へっ?」
「オレのお嫁さん。 ……ナマエなら、その、貰ってやってもいい、けど」
「わたしが、のろくんの… およめ、さん…?」

一か八か。 オレは勝負に出た。 いつもは勝てると分かりきってる勝負しかしないはずなのに… なんて考えるけれど、もう後戻りは出来ない。 よほど驚いたのかポツリと呟いたあと、黙りこくったままのナマエ。 そんな彼女を前に、オレの心臓はどっくんどっくんとうるさいほどに音を鳴らしている。

「……っ、何か、言ってよ」
「っ、えっ!? あっ、え、えっと、その…っ! ……ほ、本気、だよ、ね?」
「……知ってるでしょ。 オレが冗談でこんなこと言わない性格だってこと」
「そっ、そうだよねっ! あ、あはは…!」

痺れを切らしたオレが話しかけたところでようやく事態を把握したのか、顔を真っ赤に染めて困惑した表情を見せるナマエに 『完全にタイミング間違えた…』 と内心穏やかではいられないオレだったが… 次の瞬間、遠慮がちにナマエの口が開かれた。

「あ、えっ、と…っ」
「うん…」
「まっ、まずは…っ! お、お付き合いから、でも、いい…?」
「え? ……あ、そうか」

焦るあまり見落としていたが… 話の流れがあったとはいえ、オレは 『お嫁さん』 と口走ってしまったのだ。 それはつまり 『結婚しよう』 という意味で… 自身の間抜けっぷりを理解したその瞬間、思わずカアっと体が熱くなる。 …うわぁ、オレ、めっちゃはずいことしてるじゃん…っ!

「ふっ… ふふっ! もしかしてのろくん、テンパってた…?」
「っ〜〜!! わ、悪いっ!? オレだって… 慣れないことのひとつやふたつくらい、あるし…っ」

ナマエのからかうような態度に、ついムキになってしまう自分のなんと恥ずかしいことか。 いつもオレにからかわれているナマエは、こんな気持ちだったんだな… なんて考えて、今までの彼女への態度を改めようと心の中で決意した、のだが…

「慣れないことしてまで、言ってくれたんだ…?」
「……もう、ほんと勘弁してくんない? …マジで恥ずかしいからっ」

やっぱり前言撤回。 追い討ちをかけるかのように、楽しそうに笑いながらオレをからかうナマエにオレの決意は跡形もなく消え去る。 …あとで見てなよ、ナマエ?

「ふふっ、ごめんごめん。 …これから、よろしくね? のろくん」
「っ、…あー、うん。 …よろしく、ナマエ」

ほんのりと頬を染めながらオレを見上げるナマエが、いつもより何倍も可愛く見えて、うまく言葉が出てこない。 何とか絞り出せたのは 『よろしく』 というありきたりな言葉だった。 もっと気の利いたこと言えないのかよ…! なんて自分を責めるけれど、ちらりと盗み見たナマエは、今まで見たこともないほど嬉しそうに微笑んでいて。

「( あーもう、無理。 こんなの… 可愛すぎでしょ )」
「? のろくん? どうしたの?」
「…なんでもない」
「えー! 絶対何か考えてたでしょ! 気になるじゃん〜!」
「…ほら、もう仕事いくよ。 ナマエとは違ってオレは忙しいんだから」
「あっ! はぐらかしたなぁ! って、ちょっと待ってよっ! のろくん〜!!」

熱くなる頬とドキドキとうるさい心臓… それに気づかれたくなくて、オレはその場から立ち去ろうと歩き出す。 オレの名前を呼ぶナマエの声が辺りに響き渡るのをBGMに、オレはアトリエへと向かったのだった。



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