ゴーン、ゴーンと鳴り響く鐘の音で、オレは長い眠りから目を覚ます。 まだ少しぼんやりとする頭を働かせ、薄目でチラリと辺りを見渡すけれど、人っ子ひとり見当たらない。 いーや、そんなはずはない。 きっともうすぐ、愛しい彼女が…
「睡魔さんっ!」
ほら来た。 オレの名を呼びながら駆け寄ってきたのは、可愛らしい女の子。 その慌てた様子に、毎度のことながら悪戯心がむくむくと膨れ上がってくる。 オレは薄く開いていた目をもう一度閉じ、スースーと嘘の寝息を吐き出した。
「ねぇ、睡魔さんっ、鐘が鳴ったよ? 起きて…?」
「すぅ… すぅ…」
耳元から聞こえる、柔らかい声。 そのあまりにも可愛らしい声に愛しくて堪らない気持ちが溢れてくるが、もう少しだけ。 意地悪を続けてやる。
「睡魔さーん… もう、早く起きてっ! 話したいことがいっぱいあるのっ」
「んっ… すぅ、すぅ…」
「ねえってば…! もうっ、早くおしゃべりしたいのに…」
少しいじけたような声色が可愛くて、思わず笑ってしまいそうになるが、グッと我慢。 きっとムスッと口を尖らせているに違いない… 彼女の表情を想像すればするほど、早く顔を見たいという気持ちが大きくなる。
「…睡魔さんの、ばか。 私ばっかり、睡魔さんのこと好きみたいじゃないですか…」
「そんなことないんだがなぁ…」
「ッ、っ!?!?」
ぼそり、と彼女の言葉に返事をするように呟く。 それと同時に目蓋を開ければ、目の前には大きな瞳を見開いて驚いた表情を浮かべる可愛い可愛い彼女の姿。
「す、睡魔さんっ、起きてたのっ!?」
「っ、ふっ、ククッ… そんなに驚いてくれるなんて、お前さんは本当に揶揄い甲斐があるなぁ」
「っ〜〜!!」
よいしょと体を起こし、柔らかい髪をよしよしと撫でてやると頬を染めて嬉しそうな表情を浮かべる彼女。しかしその表情はすぐにいじけたような表情へと早変わり。 その顔は先程まで想像していたものと全く同じで… 思わず笑いが込み上げた。
「くくっ、ふっ…!」
「っ、もうっ…! どうして笑うんですかぁっ」
「ふ…っ、いや、すまんすまん。 お前さんがあんまり可愛くてつい、な」
「ッ、っ〜〜!!」
またもやみるみる内に真っ赤に染まる頬。 この初々しい反応が堪らなく好きで… つい何度も何度も意地の悪いことをしてしまうのだ。
「……ずるいです、睡魔さん」
「ん?」
「睡魔さんが起きる時間が近づく度に、私ばっかりドキドキして… なのにっ、睡魔さんは余裕たっぷりで、」
「ナマエ」
「っ…なんです、っ、んっ…!」
ナマエがこちらに振り向いたその瞬間、いまだにいじけて突き出されている可愛い唇に口づける。 悪いが余裕など… 全くもってありゃしない。 もしオレがナマエの思うような大層立派な男なのだとしたら、このような衝動に任せた口づけなど、するわけがないのだから。
「んっ… ナマエ…」
「っ、んぅっ、ん…っ、睡、魔…さんっ」
名前を呼ぶとピクリと反応するところも、キスだけでとろんと涙目になるところも、キスをする時にギュッとオレの腕を掴むところも… 全てが愛おしくて、仕方ない。 そんな気持ちが伝わるように、何度もキスを繰り返す。 小鳥のように啄むような優しいキスに一生懸命応える姿が、本当にいじらしくて可愛くて… 胸にじんわりと温かい熱が広がっていくのを感じた。
「すっ、睡魔さん…っ、ストップ…っ!」
「……ん?」
高まる気持ちを抑えきれず、キスより先に進もうと考えた矢先。 ナマエから制止の声があがり、オレは仕方なく彼女の唇を解放する。 軽くキスをしただけなのに、少し息を乱れさせている姿にも可愛い… なんて思っている自分に 『これは重症だなぁ…』 と苦笑い。 しかしそれ以前に、目覚めたその瞬間からナマエのことばかりを考えているオレは… とっくの昔に彼女の虜となっていたな、と考えを改めた。
「…あ、あのっ! 私、お話したいことが…っ!」
「…そんなに慌てなさんな、あとでゆっくり聞いてやるから。 ほら、こっちにおいで。 ナマエ」
「っ、ッ〜〜!!」
甘く名前を囁いて、そっと優しく手を引いてやれば… 恥ずかしそうにしながらもオレの膝の上に素直に座ってくれるのが、堪らなく嬉しくて。 そんなナマエの頭を優しく撫でながら、オレは再度、彼女の唇に口づける。
「んぅっ… 睡魔、さん…っ、まってっ、んぅ…」
「それは無理な、お願いだなぁ… んっ」
きっと本当に、話したいことが沢山あるのだろう。 オレが寝ている間にあった出来事を、いつも嬉しそうに話してくれるナマエは、大変可愛らしいのだが…
「( 悪いな、ナマエ… オレもこの時間が楽しみで仕方ないんでな )」
ああ、本当に。 この目覚めた瞬間にしか味わえない、ふたりだけの時間が本当に幸せで。 いつも長い眠りを待ってくれている彼女には悪いけれど、もう少し。 ゆったりと心地よいこの時間を楽しませてくれ、そう思わずにはいられないのだ。