第42話「秋の味覚が大集合!」



「わぁあ…っ」

キラッキラに瞳を輝かせながら。 それはそれは嬉しそうに感嘆の声をあげる、ナマエ。 今、彼女の目の前には、まさに "夢のような光景" が広がっていた。

「これっ、光速キノコ… ですよねっ? こっちは、肉食花っ? それにこの綺麗に脂が乗ったお肉はもしかして…っ、暴飲暴食ウサギ…っ?」

食堂のテーブルに山積みにされた、沢山の食材たち。 それは今日までの約4日間、休むことなく行われていた "収穫祭" の成果の一部だった。

毎年食べ切れないほど大量の食材を収穫する、この行事。 今年から食堂スタッフとしてナマエが食材を管理していることもあり、余らせてしまうくらいならと。 教師寮にも食材のお裾分けをしてもらった、というのが、ここまでの経緯である。

そして、そのどれもこれもが希少価値のある、珍しいものばかり。 滅多にお目にかかれない食材を前にして、やはり料理人のさがなのか。 いつもよりかなり、テンションが高めでウキウキとするナマエ。 キャッキャッとはしゃぐその姿はまるで。 少女のように愛らしくて。

「なぁ…」
「……何ですか、ツムル先生」

食材を見てはしゃぐナマエの姿を眺める、教師陣一行。 その中のひとり。 ツムルが、徐に口を開く。

そんな彼の呟きに、反応を示したのはイフリート。 ツムルの言いたいことにおおよそ見当が付いている彼だったが、念のため。 どうしたのかと、問い返す。

そして、ツムルから返ってきた言葉はやはり。 イフリートの予想通り…

「食材見てはしゃぐナマエさん… 尊すぎない?」
「「「「激しく同意」」」」

"ナマエが尊い"。 それはまさしく、この場に居る誰しもが考えていた言葉であった。

「何なのあの反応…!? めっっっっちゃくちゃ! 可愛いじゃん…っ!」
「これでもかってくらい、瞳キラッキラさせて… やばい、超可愛い…」
「それにめちゃくちゃ食材に詳しいですよね…! 一目見ただけで何なのか分かるって… さすがだなぁ…!」

未だ嬉しそうに食材を見つめるナマエを横目に入れつつ。 こちらもナマエ同様、いつもよりテンション爆上がりな様子を見せる、ツムル、イフリート、マルバス。

少女のようにはしゃぐナマエの反応は、案の定。 彼らの胸を鷲掴んで離さないようで。 それぞれが思い思いに、溢れる感情を熱く語り始める。

そしてその後も暫しの間。 食材を嬉しそうに眺めるナマエを、これまたデレデレと嬉しそうに眺めていたツムルたちだったが…

「……皆さんっ!!!」
「「「「っ、ッ〜〜!!」」」」

突如として、ナマエが彼らの方へと振り向いた。 そんな彼女の表情はもちろん。 どろどろに甘い極上の笑顔。 その瞳は未だキラキラと輝き続けている。

そのあまりに眩しい笑顔に、思わず赤面する、教師陣。 大の男が揃いも揃って情けない話だが、今のナマエを前にしてはそれも致し方ないことだと、各々が心の中で言い訳をこぼす。

「っ、? どうしたの、ナマエさん?」
「何か気になるものでもありました…っ?」

ナマエからの呼びかけに、いち早く我にかえり反応を示したのは、イフリート。 彼に次いでマルバスも、慌ててナマエに言葉を投げかける。

「気になるものどころか…っ! ここにある食材ぜーーーんぶ! すっごく貴重なものばかりですよ…っ? 手に入れるがすっごく大変なのに… やっぱりバビルスの子たちって、強くて博識で… 優秀なんですねっ!」
「「「「「…………」」」」」

"強くて博識" 。 "優秀" 。 これまたキラッキラと瞳を輝かせながら、バビルスの生徒を褒めちぎる、ナマエ。

そんな彼女の言動に、ピシリと。 一切の動きを止めて、固まるツムルたち教師陣。

しかし、それも束の間。 何とか気を持ち直し、初めに口火を切ったのは、やはりこの男。

「……ちなみにだけど、そこのメロンスワニ。 僕なら一撃で仕留められるよ」
「「「「っ、ッ!?!?」」」」

ナマエガチ勢でおなじみ、イフリート・ジン・エイト。

まるで "褒めてくれ" と言わんばかりの、わざとらしい口ぶりに、驚きを隠せない教師陣だったが…

「わぁあ…っ! 本当ですかっ? すごいですっ、イフリート先生っ!」
「っ、ま、まぁ、それほどでも、ないけどね?」
「「「「( こ、コイツ…っ!! )」」」」

イフリートの言葉の裏に込められた "下心" に、もちろん。 ナマエが気づくわけもなく。

彼の言葉を額面通り、そっくりそのまま受け取った純粋無垢なナマエは、彼を心の底から褒めちぎる。

もちろん、イフリートの言葉に嘘はない。 …ないのだが。

「っ、そんなの俺だって余裕だっつーの! 何ならそっちのベッコウベコ!! それも俺なら一発KOだね!」

イフリートに張り合うようにして声を上げたのは、ムルムル・ツムル。 つい先日、出前の件でナマエを傷つけてしまった彼。

自分もナマエに褒められたい。 そしてあわよくば、自身の名誉も挽回できるかも…

そんなことを考えた彼は、声高らかに。 "俺の方が強いぞ" と言わんばかりに必死にアピールを開始する。

「あの巨大な魔獣のベッコウベコを一撃で…!? す、すごい…っ」
「…! そ、そう…? 俺って、すごい?」
「はいっ! すっごく!! お強いんですね…っ!」
「っ、ッ〜〜!!」
「つ、ツムル先生…?」

一切、疑う素振そぶりも無く。 真っ直ぐに尊敬の眼差しを向けてくるナマエのその表情の破壊力に、ツムルの胸は一瞬にして撃ち抜かれる。

そのあまりの衝撃に、胸を押さえ何かに耐えるように蹲るツムル。 そんな彼を不思議そうに見つめるナマエだったが…

「ぼ、僕だって!! そこのアメヒゲトラ! 何頭かかって来ようと倒せる自信がありますよ!!」
「そんなの余裕に決まってるでしょ! それに僕は魔獣だけじゃなくて、珍しいキノコや山菜、果物の見分けだってつくけど?」
「はぁ〜〜?? そんなん俺だって余裕だし!」

ツムルに続いてマルバスも。 僕も僕もと声を張り上げる。 そしてそれを皮切りに、やいのやいのと騒がしく大声で張り合い始める、バビルス男性教師陣。

一見くだらないように思えるこのやりとりだが… 彼らは、本気も本気、大真面目。

"ナマエに賢く強い男だと思われたい…" 。 その一心でお互いに蹴落とし合い、自身の心証を良くしようと必死なのである。

その後もしばらくの間、誰が最も強く、最も聡明なのかを明らかにするため、自身のアピールを続けていた彼らだったが…

「皆さん、本当にお強くて博識で… さすがです…っ!」
「ぜーっ、はー…っ」
「…っ、さ、さすがにもうっ、ネタ切れですよ…っ」
「ってか…っ、どんだけ必死なんだよ、俺たち…っ」

何故か。 苦しそうに肩で息をしている、ツムルたち。 口頭でのやりとりだったはずなのに、どうしてこんなにも疲れ切っているのか。 甚だ疑問であるが、それはさておき。

さすがの彼らもこれ以上。 自慢できるような話は残っていないのか、一時休戦を余儀なくされる。

「よし… ここは一旦、協定を結ぶとしよう……」
「そうですね… これじゃあ埒が明きませんよ…」
「でも、まぁ… ナマエさんのあの笑顔が見れたなら、それだけで充分価値が…」
「いや〜 みんな! 収穫祭、お疲れ様〜!!」

ツムルたちが無事、互いに協定を結んだその直後。 何とも間延びした、陽気な声が食堂に響き渡る。 皆を労うように声をかけながら現れたのは…

「ダリ先生っ! お疲れ様です!」
「ありがとう、ナマエさん! 収穫祭の後処理でバタバタしちゃってさ、遅れちゃってごめんね?」
「いえいえ! 本当に遅くまで、お疲れ様でした!」

言わずと知れたナマエの恋人、ダンタリオン・ダリ。 教師統括である彼は、収穫祭終了後の対応に追われ、他の者よりも帰宅が遅くなっていた。

遅れて来たことを申し訳なさそうに詫びるダリに対し、何でもないように笑顔を返すナマエ。 そんなナマエの表情を見れば疲れも吹っ飛んでしまったのか。 ダリは意気揚々と、テーブルの上に並べられた食材を見上げて語り始める。

「今年の1年生も優秀でね〜! すごいでしょう、この食材たち!」
「はい…! すごく貴重なものばかりで…っ!」
「あはは、嬉しそうだねぇ! ナマエさん!」

相変わらず、食材を見てはキラキラと瞳を輝かせるナマエに、ダリも自分のことのように嬉しそうに笑顔を見せる。

そんな彼に対し、ナマエはおずおずと。 再度、確認のためダリへと質問を投げかけた。

「本当にこんなにも貴重な食材… 私が使っちゃってもいいんでしょうか…?」
「もちろんですよ! 生徒たちが獲ってきたものだけど、毎年たくさん余っちゃって! 捨てちゃうのは勿体無いし、ナマエさんにかかれば美味しくなること間違いないですから!」

ニコニコと笑顔でそう口にする、ダリ。 教師寮へ余った食材を提供することは、理事長であるサリバンにも報告済み。 遠慮なく使ってくれと、ナマエをさらに安心させるように告げてくれる彼の優しさに、ナマエはほっこりと胸が温かくなる。

「それでは、ありがたく…! 使わせていただきます!」
「うんうん。 じゃんじゃん使っちゃって! …あ、そうだ! これも一緒にお願いしていいかな?」
「…? これ…?? っ、ッ−−!?!?」

"これ" 。 そう言って、はいどうぞと。 ダリが差し出したのはうっすらと金色に輝く、それはそれは大きな果実。

それを視界に入れたナマエは、ピタリと。 一切の動きを止める。 そのまま沈黙が続くこと、数秒。 我にかえった彼女は驚愕の表情を浮かべながら、口を開いた。

「こ、これって、まさか、もしかして…っ」
「百フラリンゴの、フラリンゴ。 ジャングルから帰る途中、偶然出会してね〜 襲いかかって来たからパパッと、やっつけちゃったんだけど…」

『ナマエさんが喜ぶかと思って、持って帰ってきちゃった!』 そう言って、呑気に笑うダリに、ナマエは目が点。 間抜けにも、口を開けて呆けてしまう。

「ふ、フラリンゴを、パパッと、ですか…っ?」
「?? うん、そうだけど…」
「………」
「…ナマエ、さん?」

通常ならば。 倒すことは非常に困難。 まさに "ボス級" である百フラリンゴを、パパッと。 まるで "帰宅のついで" だと、サラリと言ってのける、ダリ。

ナマエはそのまま。 暫し俯き、黙り込む。 ぷるぷると体を震わせるその姿に不安になったダリが、声をかけた、その瞬間。

「っ、すごいっ、すごいですっ! ダリ先生っ!」
「っ、…!!」
「あの百フラリンゴをっ、そんなにも簡単に倒せるなんて…! きっとお強いんだろうなとは思ってましたけど…っ、本当に、本当に…っ、かっこいいです…っ!!」
「えっ!? そ、そうかな? あ、あはは、何だか照れるなぁ…っ」

キラッキラの笑顔。 興奮しているのかその頬はうっすらと桃色に染まっていて。 さらには "かっこいい" というひと言。

そんなナマエからの溢れんばかりの賛辞に、デレデレと鼻の下を伸ばす、ダリ。

フラリンゴを使って何を作ろうかと悩むナマエを見て、それはそれは幸せそうに笑っている。

「…なぁ、」
「………分かります。 分かりますよ、ツムル先生。 あなたの言いたいことが、痛いほどに…!!」
「…さっきまでの時間は一体何だったんでしょう」

ダリとナマエのやり取りを、当初は微笑ましく眺めていたツムルたちだったが…

良いところを全て掻っ攫っていったダリに、何とも言えない感情を抱く彼ら。

先程までの時間は何だったのか… そんなマルバスの呟きは、騒がしい食堂内に、儚く消えていくのであった。



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