第41話「お弁当は腹ごなしのあとで!」のスキ魔



「からあげ、もーらい!」
「あっ、ちょっ、それ!! 僕のからあげ…っ!」
「この卵焼き、うんめぇぇ!!!」
「ほんのり甘くて、出汁が効いてて最高…って、イルマくん食べるの早すぎない!?!?」
「んっ、んぐっ… はぁっ、だって早く食べないと… 無くなっちゃうかもしれないでしょ!?」
「あのイルマくんがここまで積極的になるなんて…!! さすがナマエさんの手料理…! 恐るべし…っ!」
「っつーか、これ全部ナマエさんひとりで作ったんだろ…? やべぇ、尊敬するわマジで…」
「ほんとっ! 私たちがリクエストしたお料理みーんな、入ってるものね…! どれもこれも美味しくて、お箸を持つ手が止まらないわ

やいのやいのと騒がしく。 ナマエお手製の弁当を我先にと奪い合う問題児アブノーマルたち。

アガレスがリクエストした唐揚げをはじめとし、彩り豊かなおかずたちが大量に弁当箱の中に詰められている様は、まさに圧巻のひと言。

その料理の美味しさを噛み締めるかのように味わう者。 はたまたかき込むように大量に次々と平らげていく者…

今日も今日とて問題児アブノーマルたちは、馬鹿騒ぎ。 そんな彼らを見て、ハァとため息をつくのはもちろん…

「黙って食事も出来んのか、貴様らは…」

彼らの担任である、ナベリウス・カルエゴ。 貴重な休日を削られた挙句、落ち着いて食事も摂れやしない。 そんな踏んだり蹴ったりな1日を過ごそうとしている彼は、絶賛イライラモードに突入していた。

しかし、そんなカルエゴのことなどお構いなし。 問題児アブノーマルな彼らのテンションは上がっていく一方だ。

「こんなに美味しいお弁当を前にして、黙ってなんていられないって!」
「ほんっと、それ! そんなこと言って、カルエゴ先生も〜! さっきから箸、ずっと動いてるじゃーん!」
「…っ、本当に口の減らんガキ共だな!」
「ぎゃーーーっ!!! 暴力反対!」
「食事中に行儀が悪いですよ! 先生!!!」

コイツらは俺を苛立たせる天才か…? 思わずそんなことを思ってしまう、カルエゴ。 自身をからかうようにふざけてみせるジャズとリードに対し、ついに。 カルエゴは堪忍袋の緒が切れる。

ごちんと頭上から拳骨を落とされたリードは、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立て、それを見ていたジャズもまた、大袈裟なほどに声を荒げる。

そんな騒がしくもわいわいと盛り上がる彼らを、少し離れたところから。 見守るのは、引率である残りの2名。

「あははは! ほんと学習しないなぁ、リードくん」
「リードくん、たんこぶ出来てないかなぁ… すっごく痛そう…」

カルエゴに叱られるリードを見てゲラゲラと。 笑い声をあげるダリ。 一方、そんな彼とは対照的に、容赦なく拳骨を落とされた彼の頭を心配する、ナマエ。

全く違う感想を抱くふたりだったが、次第に笑顔に変わっていく問題児アブノーマルたちの表情を見た途端、ほっこりと。 温かい感情が、胸の中へ流れ込んでくる。

何だかんだと言いつつも。 カルエゴのことを慕い尊敬し、懐いている彼ら。 そしてカルエゴもまた、彼らを決して見放したりはせず、程良い距離感で見守る姿勢を保っていて。

そんな彼らの信頼関係を垣間見て、教師統括であるダリもご満悦。 ニコニコと笑顔を浮かべる姿に、ナマエは思わずクスッと笑いが込み上げた。

「さぁ、彼らの即興コントを見守るのはこれくらいにして! 僕らもお弁当、食べちゃいましょう!」
「はい!」

ついつい騒がしい彼らに意識を奪われていたが、今は昼食の時間。 自分たちもお弁当を食べようと、ダリのひと声にナマエは元気よく返事をする。

問題児アブノーマルたちに準備したものとは別に、自身とダリのふたり分を詰めた弁当箱を取り出して、ナマエはパカッとその蓋を開ける。

唐揚げ、卵焼き、ウインナー、ほうれん草の胡麻和えに、ミニトマト。 定番のおかずが所狭しと詰められている中。 ダリはある一点だけを見つめていた。

「このおにぎり…」
「ふふっ。 気づきました?」

綺麗に握られた、三角のおにぎり。 ダリはその姿に、とても見覚えがあった。

「ダリ先生が美味しいって言ってくれた、おかかのおにぎりです! あの時とは違って、冷めちゃってますけど…」
「覚えてて、くれたんですね…」

疲れた体を労るように、愛情をたっぷりと込めて作られた、あの日の夜食。 その美味しさと優しさに、ダリは一夜にしてナマエに心を奪われてしまったのだ。

ヒョイっとおにぎりを持ち上げて、ひと口。 口に入れた瞬間、あの日の思い出が蘇る。

ちょうど良い塩梅の塩気。 しっかりと握っているのに、柔らかくモチモチな米粒。 中の具は、やはり。 甘塩っぱいおかかで…

あの日と全く変わらない。 むしろさらに美味しいとさえ感じてしまう。 ダリの胸は、ぽかぽかと。 温かい気持ちで満たされていく。

「あの、ダリ先生…」
「ん? どうしました? ナマエさん?」

もぐもぐとその美味しさを噛み締めていたダリだったが、ふいにナマエから名前を呼ばれ、甘く優しい声で返事をする。

そんな彼が醸し出す柔らかな雰囲気に、思わず胸をドキッとさせてしまうナマエ。 ニコニコと嬉しそうに笑う姿にも、きゅんきゅんと胸は高鳴りっぱなしだが、今はそれよりも。

聞きたいことがあるからと、ナマエは何とか気を引き締める。

「わ、わたしの勘違いかも、しれないんですけど…」
「? うん?」
「 "あの日" から私のこと、その… す、好きに、なってくれたんでしょうか…っ?」
「っ、! …ゴホッ、げほっ」
「だっ、ダリ先生!? 大変っ、ま、魔茶…!」

ナマエからこのような質問をされるとは思ってもおらず… 思わず咽せる、ダリ。 そんな彼の背を優しく撫でながら、魔茶を差し出すナマエ。

奇しくも。 "あの日" と同じような展開になってしまった、この状況。 ダリが落ち着きを取り戻したところで、徐にその口を開く。

「あー… うん、まぁ。 そうなる、かな…」
「…! そ、そうだったんですね…」
「「………」」

珍しく照れた様子を見せるダリに、ナマエもつられて赤くなる。 何とも照れ臭くむず痒い、そんな空気がふたりを包む、そんな中。 先に口を開いたのは、ダリだった。

「…でも、」
「…?」
「それよりもずっと前から… ナマエさんのことは、素直で優しくて可愛いひとだなって。 そう思ってたんですよ?」
「っ、〜〜!!」

初めて明かされる衝撃の事実に、ナマエの胸はまたしても。 きゅんきゅんと激しく音を立て始める。 まさかそんな風に思ってくれていたなんて、と。 嬉しい気持ちが込み上げてきて、自然と緩む口元。 緩み切ったその表情は、恋する乙女そのものだった。

「…そんな風に思ってる相手から、仕事で疲れ切ってる時に出されたのが、あの "愛情たっぷりの夜食" だもんなぁ。 あんな優しくて美味しい料理を出されたら… 誰だって、好きになっちゃいますよ」
「そ、そんなことは…っ」

元来の明るく陽気な性格も相まって、軽い男だと思われがちであるダリだが、しかし。 誇り高きバビルス教師統括である彼が、そのように "ちゃらんぽらん" であるはずがない。

仕事に対する熱意は他の誰よりも強く。 教師という仕事に誇りを持ち、真面目に真摯に、向き合ってきた。

そんなダリからしてみれば、職場での恋愛などもっての外。 後々のことを思えば面倒でしかないと、そんな強い意志を持っていたのだが…

"あの日の夜食" は、そんな考えなど吹っ飛ばしてしまうほどの衝撃だったと。 ダリは、しみじみと思い返す。

「偶然だったけど、あの日… 食堂に向かったのが僕で、本当によかった…」
「ダリ先生…」
「もし違う先生が来ていたら… 今ここに居るのは、そのひとだったかもしれないから、」
「っ…! それは、ありえません!」
「…!」

あの日、あの時。 自分以外の者が、ナマエの夜食を食べていたとしたら…

こうして共に出かけることも、毎朝のふたりきりの時間も、自室で過ごす甘いひと時もなかったのだ、と。 そう考えるだけで、ダリの胸は切ない音を立てる。 だが、しかし。

ナマエはすぐに彼の言葉を否定した。 そんなことはあり得ないと、力強く。 その瞳は真剣そのもので。

「ダリ先生だから、私… ここまで好きになったんです…っ」
「っ、…!」
「初めて会った時からずっと、優しくて頼りになって、周りを明るくしてくれる… そんなダリ先生だから、私…っ」
「っ、ッ〜! ちょ、もう、ストップ! まって…っ! もう無理! これ以上はダメ!!」
「えっ?」

ナマエの口から次々とこぼれ落ちる、ダリへの気持ち。 どろどろに甘くて、中毒性のあるその言葉たちに、ダリの胸のトキメキはついに限界を迎える。

「何なの、今日のナマエさん… 僕のこと甘やかしすぎじゃない…っ!?!?」
「そ、そうでしょうか…?」
「もう本当に… 好きすぎて可愛すぎて…っ、どうにかなっちゃいそう…」
「っ、ッ〜〜!!」

いつもの余裕のある姿はどこへやら。 ぷしゅ〜っと湯気が出るんじゃないかと思うほど、顔を真っ赤に染め上げ、頭を抱えるダリの姿に、ナマエもまた。 つられて顔を真っ赤にする。

そんなバカみたいに甘い雰囲気を醸し出すふたりを、またしても。 ある者は羨ましそうに、ある者はきゃっきゃっと嬉しそうに、またある者は呆れたような表情で。 遠巻きに見つめるのであった。



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