「それで? このダリ先生は、どうして熟睡してるのかしらぁ?」
「ライム先生、彼は "仮にも" 上司なんですから。 そんな呼び方可哀想ですよぉ〜」
ガタゴトと揺れる馬車の中。 女性陣のトゲのある言葉が次々と炸裂する。 その言葉の矛先である男は、隣で呑気にいびきをかいていて、イフリートは思わず苦笑いを浮かべた。
『げんこつや魔』での飲み会を終え、酔っ払いであるダリの為に馬車の迎えを用意した、イフリート達。 酔っ払った成人男性を運ぶのは決して楽ではなく、四苦八苦しながらも何とか馬車へと乗り込んだのがつい先程のこと。 にも関わらず。 ダリはひとり呑気に夢の中。 これにはイフリートとダリの向かいに座る女性陣、ライムとスージーも黙ってなどいられなかったのだ。
「かなりお疲れだったんでしょうね… ダリ先生、割と早くに酔いが回っていたみたいです」
「もぉ〜 大の男が、だらしないわねぇ…!」
苦笑いを浮かべつつも、イフリートは同じ男として、そして上司であるダリを立てる為、すかさず彼のフォローに回る。 けれど、そんなことなど知ったこっちゃないと、ライムはそれを見事に一蹴。 そんなライムに同意するように、スージーも隣でうんうんと頷いていて… 女性陣の手厳しい態度に、イフリートは心の中でダリに同情した。
「まぁまぁ、そう言わず。 ダリ先生、ここのところ学校に泊まり込みで働いてましたし…」
「ここ数日のダリ先生、ベイビーちゃんに会いたい会いたいって、ほ〜んとうるさかったわよねぇ」
「ふぃ〜! ダリ先生があそこまで女の子に熱を上げるとは思いもよりませんでしたよぉ」
恋愛話となるや否や、きゃっきゃとかしましくはしゃぎ始めるライムとスージー。 どうして女性はこうも恋バナが好きなのか… イフリートは目の前のふたりにバレないよう、小さく息を吐き出す。 こうなれば、イフリートに出る幕はない。 自分は沈黙に徹しようと、彼は窓から見える景色に視線を向けた。
「そうよねぇ! まさかあの掴みどころのないダリ先生をおとしちゃうなんて…! 一体どんな技術を使ったのかしら…?」
「ナマエさんって、見かけによらずやり手なのかもしれないですねぇ…」
我関せずを装っているイフリートだったが、しっかり聞き耳は立てている。 『とんだ小悪魔ちゃんだわ』と興味深そうに呟くライムに "いやいやいや、ナマエさんはそんなんじゃないだろ…" と彼は無意識のうちに心の中で反論を返していた。
"ナマエさんはただ純粋に、僕たちの健康や生活のためを思って、食事を作ってくれているだけだ"
いつもの献身的なナマエの姿を思い浮かべれば、自然とそんな感情が湧き上がる。 まるでナマエを打算的な女とでも言うかのようなライムの言葉に、イフリートは不快感を感じずにはいられなかったのだ。
そんなイフリートの心の声を、ライムは直感的に感じ取る。 僅かに感じたピリッとした空気に、女の勘が働いた。
"さてはこの男も、ナマエのことを…"
「( 面白くなってきたわね… ) ところでぇ… イフリート先生は、どう思います??」
「…どう、とは?」
突然話を振られたイフリート。 自分を試すかのような物言いに、彼はライムの問い掛けの真意を探る。 そんな彼のことなどお見通しなライムは、ニッコリと余裕の笑みを浮かべていた。
「もちろん、ベイビーちゃんのコ・ト! どうやってダリ先生をおとしたと思う?」
「…あのナマエさんですからね。 何の下心も無く、無意識のうちに、ダリ先生の心を掴んだんだと思いますよ」
少しの間を置いて、イフリートは嘘偽りのない自分の考えを真っ直ぐそのままライムにぶつけた。 そんな彼の態度や声色に、ライムは思わず心の中で呟く。
"ビ〜ンゴ"
「うふふ…っ! イフリート先生にそこまで言わせるなんて、すっごく興味が湧いちゃった♪ ベイビーちゃんには、たっぷりお話を聞かなくっちゃね? スージー先生っ! 今度、みんなで女子会しましょ」
「あらぁ〜! それはとっても楽しそうだわぁ〜! ぜひぜひ! モモノキ先生も誘って、集まりましょ〜」
またもやきゃっきゃとはしゃぎ始める女性陣。 張り詰めた空気が一気に和らぐのを感じて、イフリートはハッとした。
"まんまと、嵌められた……"
そもそもライムには、ナマエを貶す気など端からなかったのだ。 そうとも知らず、ムキになっていた自分が恥ずかしい… と、イフリートは肩身が狭くなる。 そんな彼を横目に、あれよあれよという間に女子会の予定は立てられていく。 楽しげなライムたちの声は、馬車の音と共に夜道へと溶けていくのだった。