第30話「ビター or スイート」のスキ魔



悪周期を迎えたナマエがバビルス教師陣を手玉に取るという騒動が発生した、その翌日。 朝の食堂内には、それはそれは深々と。 必死に頭を下げるナマエの姿があった。

「この度は、皆さまに多大なるご迷惑をおかけしたこと、心からお詫び申し上げます…」

そう言って、羽の付け根を捧げる勢いで腰を折るナマエ。 そんな彼女の姿に、目の前の教師陣は思わずポカンと間抜けに口を開ける。

しかしそれもほんの一瞬のこと。 すぐに彼らの顔は微笑ましげな表情へと様変わり。

「あはは! ナマエさん、めちゃくちゃ縮こまってる!」
「ナマエさんは悪くないですよ! それに誰も迷惑なんてかけられてないですし」
「そうそう! 悪周期になってまで食事を用意していただけるなんて、むしろ感謝したいくらいです!」
「皆さん…っ」

醜態を晒した自分に対し、何ともないように笑いながら優しい言葉をかけてくれる彼らに、ナマエの胸にはじぃんと熱いものが込み上げる。 もう一度きちんと彼らの目を見て謝罪しようと、ナマエが顔を上げた、その視線の先。

不安げな表情を浮かべるダリと、パチリと目が合った。

「ダリ、先生… あの、私…っ」
「よかった……っ」
「えっ、?」

彼にも随分と迷惑をかけてしまったと、ナマエは謝罪の言葉を口にしようとするけれど。 それよりも早く、ダリの口が開かれる。 彼の口から出たのは、心底安堵したかのような感情のこもった声で。 ナマエは思わず、呆気に取られた。

「いつもの、ナマエさんだ…」
「っ、ッ…!」

そう言って、嬉しそうに目尻を下げるダリ。 その甘い表情に、ナマエは頬にカアっと熱が集まってくるのを感じる。 何だか気恥ずかしい雰囲気に、咄嗟に俯いてしまうナマエだったが、ダリの甘い言葉は更に続くようで…

「クールな姿も素敵でしたけど… 僕はやっぱりいつものあなたが1番好きです」
「っ、なっ…ッ!」

サラリとそのような殺し文句を告げられて、冷静でいられる訳がない。 そんなダリから熱烈な愛情表現は、案の定。 ナマエの胸にズキュンと突き刺さったようだ。

「はいはい。 今日も変わらずお熱いことで…」
「くそ…っ! 見せつけてくれるなぁ…っ」
「ほらほら、イフリート先生。 今日のところは我慢して! 僕らは別室で朝食を食べますから! 邪魔者はさっさと退散しますよ〜」
「えっ!? ちょ、ちょっと、先生方…っ!?」

余程ナマエと過ごす時間が恋しかったのか。 今のダリにはもはや、周りの目など気にする余裕はなかった。

ここ最近。 多忙を極めていたダリの姿を知っているツムルたち。 今日のところはダリに譲ってやろうと気を利かせた彼らは、朝食が乗ったお盆を手に持ち食堂を後にする。 …若干1名、納得していない者がいるが、それはさておき。

「…いやぁ、さすがはツムル先生! 気の利いたことしてくれますねぇ」
「あ、あの、ダリ先生…? これは、一体どういう…」
「さて! 邪魔者もいなくなったことですし! 今日は思う存分… ナマエさんを堪能させてもらいますね」
「っ、! なっ、何を言って、きゃっ…!」

食堂には、ダリとナマエのふたりきり。 それはまさに、ダリがずっと待ち望んでいたシチュエーションだった。 気を利かせてくれたツムルたちに感謝しつつ… これ幸いと、ここぞとばかりにナマエを堪能すると宣言する。

とんとん拍子に進んでいく展開に、ナマエの頭は追いつき不可能。 自分の置かれた状況に困惑する彼女だったが、ダリはそんなこと構うものかと、ナマエの腰をグイッと抱き寄せる。 そしてそのまま流れるように、彼女の首元へ顔を埋めた。

「あー… ナマエさんの匂いだ…」
「ッ、! だ、ダリ先生っ、くすぐった、」
「んー ダメダメ。 今日はこれでもかってくらい、ナマエさんを構い倒すんですから…」
「そっ、そんな…っ! こんなところで… んっ、ゃっ…」
「………」

"ナマエさんの匂い" 。 そんな変態じみた言葉を呟きながら、自身の首元をスンスンと嗅ぐダリの姿に、ナマエは不覚にもドキッとしてしまう。 彼の息が首筋に当たるたび、何とも言えない感覚が押し寄せてきて、思わず身を捩らせる。 そんな彼女を決して逃しはしないと、ダリが首元に優しくキスをした、その時だった。

ナマエの口から出たのは、まるで感じているかのような甘い声。 ぴくんと身体を震わせるその姿に、ダリは思わずピシリと固まってしまう。

「…ねぇ、ナマエさん」
「…っ、? な、に…?」
「今すぐ僕の部屋に、連れてってもいい?」
「っ、なッ−−!!!」

こんな可愛い反応を見せられて、我慢などできる訳がない。 ムラムラと湧き上がる欲情。 朝っぱらから何とも情けない話だが、アッチの方もご無沙汰なのだ。 ダリが欲情してしまうのも無理のない話である。

しかし。 そんな彼の願いも虚しく…

「だ、ダメです…っ! まだ朝食の後片付けも残ってるし、お昼の準備もしないと…っ」
「………そう、ですよね」
「っ…!」

いくら休日とはいえ、自分には仕事が残っている。 ここで流されてしまってはダメだと、ナマエは自身の心に鞭を打つ。 しかしそんな彼女の態度に、しゅんと項垂れるダリ。 いつもはもう少し聞き分けが良いはずなのに、今日は何やら落ち込み方が尋常じゃない。

そんな彼の姿が耳を垂れさせた犬のように見えてきて、思わず胸をキュンとさせてしまうナマエ。 何だか可哀想… そんな気持ちが芽生えてくる。

「ダリ先生…」
「……はい、なんでしょう…?」
「…今すぐは、無理だから、その…っ」
「…? っ、ッ…!?」

もじもじと、恥ずかしそうに何かを伝えようとするナマエに、ダリは不思議そうに首を傾げる。 しかしその次の瞬間。 ダリの頬には、柔らかい感触。 それは昨日の朝と全く同じ。 ナマエからの、何とも可愛らしい頬へのキスだった。

「っ、今は、これで我慢してくれますか…?」
「ッ、っ、あー… もうっ、あなたは僕を、どうしたいんですかっ!」
「えっ!?」

悪周期だろうがなんだろうが、変わらない。 ナマエという女悪魔の魅力をこれでもかと思い知らされる、ダリなのだった。



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