第29話「はちみつみたいに甘く」のスキ魔



「…はぁ〜 落ち着いた。 やっぱりナマエさんの淹れてくれる魔茶は最高に美味しいですね」
「ふふっ、ありがとうございます」

ナマエのダーリン呼びにより、悶えていたイフリート。 ナマエが淹れ直してくれた温かい魔茶を飲み、やっとのこと落ち着いたのかホッと息を吐く彼を見て、ナマエは柔らかに笑顔を浮かべる。

「ったく… 呑気なもんだよな。 自分だけちゃっかりダーリン呼びされちゃってさ」
「本来なら、僕たちだって呼んでもらえるはずだったのに…」

呑気にズズズと魔茶を飲むイフリートに対し、不満をたらたらと漏らすのはツムルとマルバス。 明らかにテンションが下がっているふたりだったが、ナマエに悟られるわけにはいかないと、ネチネチと責めるように小声で話す姿は何とも言えない物悲しさがあった。

そんな彼らの不満など知る由もないナマエ。 イフリートが無事落ち着きを取り戻したところで、彼女もひと息つこうと魔茶の入った湯呑みに口をつける。

温かい魔茶が喉を通り過ぎていく感覚に、ナマエも思わずホッと息を吐き出す。 イフリートにばかり気を取られていたが彼女もまた、ダリの話題によって少なからず心を乱されていたようで。 先程イフリートと行った練習を思い浮かべながら、ナマエは改めて考える。

練習でさえ、あれほど緊張したのだ。 ダリ本人を前にして、平常心を保っていられる自信がない、と。

これは一旦保留かと、半ば諦めかけたその時。 ふと、ある疑問が浮かび上がる。

「あ、あの… ちなみになんですけど…」
「? はい? どうしました?」
「ダーリンって呼ばれた時のダリ先生の反応って、どんな感じなんでしょうか…?」
「「「えっ?」」」

イフリートの反応は些か大袈裟な気もするが、"ダーリン" という言葉には、男性を惑わせる魅力がたっぷりと詰まっているのだろう。 ここまでの流れで、ナマエはそんな考えに至っていた。

若い女の子に "ダーリン" と呼ばれることを、ダリ自身、喜んでいるのでは? そう思ったと同時、ナマエの胸にはチクリとした痛みが走る。

彼女からの思いがけない問い掛けに、揃ってぽかんと口を開けるツムルたち。 しかしそれも束の間。 ナマエが発した言葉に明らかな "不安" の感情が含まれているのを察した彼ら。 分かりやすくヤキモチを妬く彼女が微笑ましくて、思わず笑みを浮かべてしまう。

「あはは、いくら生徒相手でもそりゃあ気になりますよね」
「っ… す、すみません… こんなことで嫉妬するなんて、みっともないですよね…」
「いやむしろ、そんな風に素直にヤキモチ妬いてくれて、ダリ先生ほんと羨ましすぎるというか…」
「えっ、?」
「あぁ、いや、こっちの話…」

生徒にまで嫉妬してしまう自分が情けなくて、ナマエはしょぼんと縮こまる。 しかしそこで黙っていないのがイフリート。 些細なことでヤキモチを妬き、さらにはそれを可愛らしく態度に示すナマエの素直さに、彼は愛おしさを感じずにはいられなかった。

ダリが心底羨ましい。 そんな心の声が思わずポロリと漏れてしまうイフリートだったが、何とか平静を装い上手くかわす。 そんな彼に、全く懲りない奴だと呆れた視線を向けるツムル。 しかしここで文句を言っても仕方ないと、話を本題へと戻すことにした。

「ダリ先生の反応は普通… だよな?」
「当たり障りない笑顔で対応してる、って感じですね」
「そうそう。 でもダリ先生、愛想が良いからたまに女の子たちにキャーキャー騒がれてるよね」
「そ、そう、なんですね…」

これまたチクリと、痛む胸。 誰にでも分け隔てなく接することのできる大人な男性… それがダリの良さであることは重々承知しているナマエだったが、それが自分以外の女性にも向けられていることを実感した途端、漠然とした不安がドッと押し寄せた。

自身と同じように、そういった彼の良さを素敵だと感じる女性は沢山いるわけで。 例えそれが彼の教え子だったとしても、とても心穏やかではいられない。 年齢など関係なく、自分よりも綺麗で素敵な女性なんて、この世には沢山存在しているのだ。

この僅かな時間で、かなり深く考え込んでしまったナマエ。 分かりやすくしゅんと肩を落とす彼女の姿に、ツムルたちはまたしても。 思わず笑いが込み上げる。

「ごめんごめん、意地悪言っちゃいましたね」
「そこまで気にする必要はないですよ!」
「うんうん。 ダリ先生に他意がないのは確かだし、彼がナマエさんに惚れ込んでいるのは一目瞭然だしね」
「っ、ほ、惚れ込んでるって、そんな…っ」
「…まぁ生徒の中には、本気でダリ先生のこと好きだって子はいるかもしれないですけど」
「…っ、!」
「コラ! マルバス先生! これ以上不安にさせるようなことは言うなっての!」
「いやぁ、すみません… ナマエさんの不安そうにしてる顔があまりにも可愛くて、つい…」
「ドSなところ、出ちゃってるじゃん…」

不安そうにするナマエを励ますように声を掛けるイフリートとツムルだったが、ここでマルバスの "悪い癖" が本性を現した。

普段は穏やかで優しげな印象のあるマルバスだが、忘れること勿れ。 彼の担当は、拷問学。 相手の悲しむ姿や恐れる姿を、ついつい楽しんでしまう傾向があるようで。

生徒に本気で慕われているかもしれない… そんなマルバスの発言に、これまた分かりやすく心揺さぶられる様子を見せるナマエ。 ツムルが慌ててフォローに入り注意をすれば、マルバスは素直に非を認め謝罪するけれど… そのドSっぷりにイフリートは思わずツッコミを入れる。

「まぁ生徒相手に僕たちがどうこうなるってことは、絶対にあり得ないけどね」
「そうだよなぁ。 可愛いなって思う子は沢山いるけど、不思議なことに手を出そうと思ったことは一度もないわ、俺」
「"大事な宝" ですからね。 それにやっぱり、まだまだみんな "子ども" ですし」
「子ども…」

子どもと言う言葉に、ナマエの頭にふと浮かんだのは問題児アブノーマルクラスの女子生徒たちだった。 確かにクララのような元気いっぱいの女の子相手なら、そう思ってしまうのも分かる気がするが、問題は。 エリザベッタやケロリのような女子たちだ。

エリザベッタは、もはや子どもとは言えないほどの色気を放ち、成熟した身体つきをしている。 ケロリも、認識阻害の魔具を着用しているようだが、その素顔はきっととても可愛らしい女の子に違いないと、ナマエの女の勘が囁いていた。

そのような逸材が沢山いるであろう、バビルス校内。 教師と生徒という関係とは言え、本を正せばただの男と女。 まだまだ子どもだと、侮るなかれ。 何も起きないとは言い切れないのではないか… ナマエはやはり、そんな不安を感じずにはいられないようで。

「…私ももっと、女を磨かないとですねっ!」
「「「……っ、ッ〜〜!!!」」」

不安を感じた彼女が出した結論は、まさかの "自分を磨くこと"。 両手の拳を握り、頑張るぞとやる気を見せるナマエ。 その健気で可愛らしい発想は毎度のことながら、ツムルたちの胸をこれでもかと鷲掴む。

「もうさぁ…っ!! 何なのその破壊級の可愛さは…!」
「やばい… 可愛すぎてまた悶え死にそう…」
「こんなの可愛い通り越して尊いですよ…ッ! それでもあなたは悪魔ですか!!!」
「わ、わたし、そんなに可笑しなこと言いましたか…っ?」
「「「 うん、(可愛いことだけ) 言ってる」」」
「え、えぇ…っ?」

次々と思い思いに語りだすツムルたち。 ただ素直に気持ちを言葉にしただけだというのに… ナマエからしてみれば、散々な言われようである。 本当に悪魔かとまで言われ、思わず言葉を返すけれど、彼らはうんうんと頷くばかり。

「これ以上魅力的になっちゃったら、ダリ先生… 悩み増えすぎて禿げるんじゃ…?」
「え…っ? は、禿げる、…?」
「いやあり得ない話じゃないですよ、マジで」
「まだまだ若いのに… 御愁傷様です…」

3人は揃ってちーんと、合掌ポーズ。 さすがのナマエもここまで来れば彼らが悪ノリをしていることに気がついたようで。 思わずくすりと笑いが込み上げる。

「ふふっ、それじゃあ… 禿げさせちゃうくらいの気持ちで、頑張りますね!」

3人の悪ノリに、可愛らしく言葉を返すナマエ。 その愛らしさに、またもや性懲りも無く胸をときめかせるツムルたち。 そして近い将来、とんでもないナマエからの攻撃誘惑を喰らうだろうダリに向け、彼らは思う。

「「「( ダリ先生、マジで御愁傷様… )」」

心の中で、またしても手を合わせるツムルたちだった。



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