第28話「お弁当のお届けです!」のスキ魔



「アズくん、クララ… ごめんね。 僕の用事に付き合わせちゃって…」

そう言って、眉を下げる少年。 彼は鈴木入間。 悪魔学校バビルス、問題児アブノーマルクラスに所属する、男子生徒だ。

「何を仰いますかイルマ様…っ! イルマ様と共に過ごせるのであれば、例え火の中水の中! どこへでも着いて行く覚悟は出来ておりますとも!!」
「わたしもわたしも!! イルマちとならどこへ行っても、たっのしいもんね!!」

申し訳なさそうにする入間に対し、大袈裟なほどのリアクションを返すのは、アスモデウス・アリス。 そんな彼に続き、楽しそうな笑顔を見せる彼女は、ウァラク・クララ。 彼らは入間のクラスメイトであり、そして… "シンユー" でもあった。

「ふふっ。 ありがとう、ふたりとも」

ふたりの熱のこもった返事が少しこそばゆくて、入間はほんのりと頬を染める。 キラキラと瞳を輝かせるふたりに、入間もこれまた嬉しそうにえへへと笑顔を返すと、3人は仲良く並んで、目的の場所へと向かい、歩き出した。




「はい、確かに! イルマくんのプリントは受取済み… っと」

そう言って、提出者リストと書かれた用紙に赤い丸をつけるのは、教師統括のダンタリオン・ダリ。 赤いペンのフタをカチッと閉めると同時、ニコッと笑顔を浮かべる彼に、入間はペコリと頭を下げた。

「すみません、ダリ先生…! 提出が遅くなっちゃって…」
「いやいや、いいんだよ〜! 特に期限は無かったしね。 気にしない気にしない!」

魔界歴史学で出された課題のプリントを提出するために職員室へとやって来た入間たち。 提出が遅れてしまったことを詫びれば、何でもないようにあははと陽気に笑うダリの優しさに、入間はホッと胸を撫で下ろす。

無事にプリントを提出し終えた今、ここに用はない。 忙しい教師陣の邪魔にならないよう職員室を後にしようとした入間だったが、そこで "あるもの" が視界に入る。

「…あのっ、ダリ先生!」
「ん? どうしたんだい、イルマくん?」

一度、気になってしまったが最後。 その "あるもの" の正体をどうしても確認したい入間は、意を決してダリへと声をかけた。 そんな彼の突然の行動を、そばにいたアスモデウスとクララは不思議そうに見つめている。

「もしかして、"それ" って…」
「それ…? あぁ! これはね〜…」

"それ" 。 そう言って入間が指差したのは、ダリのデスクの隅っこに置いてある、キュッと蝶々結びされている巾着袋。 食べ物への興味が人一倍強い入間には、その中身が何なのか、直感的に分かってしまったようで…

入間からの問い掛けに対し、ふふんと得意げに笑みを浮かべながら、ダリは上機嫌で巾着袋へと手を伸ばす。

「じゃーん! なんとなんと! 袋の中身は、ナマエさんの手作り弁当でーす!」
「…! やっぱり…!」
「ナマエさんの手作り弁当… それは絶品なこと間違いなしですね…! イルマ様…!」
「うん、絶対美味しいよね…!」
「おちゃらか先生! お弁当の中、見せて見せて!」
「えぇ〜? 仕方ないなあ。 少しだけだよ?」

ダリが巾着の紐を解き中から取り出したのは、ナマエ特製の手作り弁当。 それはまさに、入間が予想した通りのものだった。

ナマエの料理の腕前を知っている入間とアスモデウスは、それはそれは羨ましそうに、弁当箱を見つめる。 一方、クララは弁当の中身が気になるのか、ぴょんぴょんと元気に飛び跳ねた。

そんな彼らの反応に、満更でもない表情を見せるダリ。 クララからの要望を聞き入れた彼は、入間たちに見えるようにデスクの上に弁当箱を置くと、慣れた手つきでパカッと蓋を開けた。

「わぁああ…っ! 見て見てイルマち!! めっちゃ美味しそう…っ!!」
「ほんとだ…… すっごく、美味しそう……」
「い、イルマ様っ、お口から涎が…!」
「っ、ご、ごめん…っ、つい…っ」

今日のメインは、にんじんとピーマンが彩り豊かなボリューム満点の野菜の肉巻き。 そして、ダリが大好きな甘めの卵焼きに、ブロッコリーとじゃがいものミニグラタン。 鮭とわかめの混ぜ込みご飯は、綺麗な俵形に握られている。 隅っこに添えられているミニトマトは、念子ねこのキャラクターのピックに刺されていて、それがなんとも可愛らしい。

その食欲をそそるビジュアルに、クララはキラキラと瞳を輝かせ、入間は思わずたらりと涎を垂らしてしまう。

「あははは! 相変わらず、イルマくんは食いしん坊だねぇ! …でも、ざーんねん。 これは絶っっ対に、分けてあげない」
「えーっ、おちゃらか先生のケチんぼ!!」
「ははは、何を言っても無駄だよ〜? 今の僕には、痛くも痒くもないからね」
「ぐぬぬぬぬ…っ」
「…イルマ様。 何やら今日のダリ先生は、いつにも増して機嫌が良いみたいですね…」
「そうだね… 何かあったのかな?」

クララと楽しそうに話すダリを見て、アスモデウスは違和感を抱いた。 "今の僕には" そう言ったダリの言葉が、どうにも引っ掛かる。 いつもより陽気な雰囲気が増しているダリを前にして、入間も同じ疑問を抱いているようだった。

「さっきまで、ナマエさんが来てたんだよ」
「っ、ッ!?!? …ま、マルバス先生!?」

そんなふたりの後ろから、ふいに掛けられる声。 あまりに突然の出来事に、ビクッと驚く入間。 すぐに後ろを振り向き声の主を確認すれば、穏やかに笑うマルバスの姿があった。

「ダリ先生、今日お弁当持ってくるの忘れちゃったみたいでね。 ナマエさんが職員室ここまで届けてくれたんだ」
「なるほど…! それで…!」
「だからあんなにも、嬉しそうなのですね」

未だクララと楽しげに話すダリを見て、入間とアスモデウスは心底納得する。 "ナマエに会えたから" 。 それはナマエに惚れ込んでいるダリにとって、最高の "ご褒美" でしかない。 まさに今のダリは "ご褒美" をもらった直後の、最も浮かれている状態だったのだ。

「しかし折角なら、ナマエさんにご挨拶をしたかったですね、イルマ様…」
「うん、そうだね…… って、あれ?」
「イルマ様…?」
「? どうかした? イルマくん?」

ナマエが来ていたことを知ったふたりは、ついつい寂しさを覚えてしまう。 もう少し早く来ていれば…と思った、その時だった。

「あ、あそこにいるのって、ナマエさんじゃ…?」
「「えっ?」」

"あそこ" 。 そう言って入間が指差す方向には、職員室の扉から遠慮がちに中を覗く女性の姿。 それはまさに今、話題に上がっていた "ナマエ" 本人。 まさかのまさか。 本当に彼女に会えるとは思わなかった入間とアスモデウス。 驚きからポカンと間抜け面を見せるふたりとは裏腹に、ナマエを視界に入れたクララは、いち早く彼女の名を叫ぶ。

「っ、ナマエち!? ナマエちだぁーー!!!」
「…! クララちゃん…っ! それにイルマくんに、アスモデウスくんも…!!」
「っ、こんにちは! ナマエさんっ!!」
「ご無沙汰しております…!」

『こんにちは、久しぶりだね!』 そう言って微笑みながら、入間たちの元へやって来るナマエ。 そんな彼女を前にして喜びを隠しきれないのか、入間とアスモデウスの頬はほんのりと赤く染まっている。

そして相変わらず、ナマエに人一倍懐いている、クララ。 対面した途端、甘えるように腰にギュッと抱きついてくる彼女があまりにも可愛くて、ナマエはよしよしと優しく頭を撫でた。

そんな微笑ましい光景と、またしてもナマエに会えたことに心癒されるダリだったが、のほほんとしている場合ではないと我にかえる。 帰ったはずの彼女がここにいる理由が分からず、ダリは単刀直入に問い掛けた。

「ナマエさん、どうしてまたこちらに…?」
「何度も押しかけてごめんなさい、ダリ先生…! すぐに帰るつもりだったんですけど、もうひとつ渡したいものがあったのをすっかり忘れてて…」
「渡したいもの、ですか…?」
「あの、こちらなんですが…」
「? これは…?」

手提げのバッグからナマエが取り出したのは、四角い缶の箱。 手渡されたその箱はそこそこに重みがあり、一体なんだろうかとダリは首を傾げる。

「中身は、クッキーです。 今日のおやつに食べようと思ってたんですけど、うっかり作りすぎちゃって…」
「クッキー!?!?!?」
「っ! わわっ、クララちゃん…っ!」

クッキーと聞いた途端、目の色を変えるクララ。 彼女はダリが持つ箱をキラキラと瞳を輝かせながらジッと見つめていて。 そんな彼女の仕草を見て、ナマエはふふっと笑顔を浮かべる。 そんな微笑ましい女子ふたりの様子に、またもや胸をほっこりさせつつも… ダリは、箱の蓋をパカッと開けた。

「ひゃぁああ…っ! すっっごい! 美味しそう…っ!」
「ふふっ。 沢山あるので良かったら、皆さんで召し上がってください」
「なになに!? ナマエさんのクッキーだって!?」
「いや、ほんと… マジでうっまいんだよなぁ…!」
「種類も沢山ありますよ…! チョコチップに抹茶、こっちは紅茶かな…?」

ナマエのクッキーと聞くや否や、わいわいと集まり始める教師陣。 ダリが持つ箱の中を覗き込んでは、各々に感想を述べ始める彼らに、ナマエは嬉しい反面、少し照れ臭くて。 えへへと恥ずかしそうに笑顔を見せた。

そんな彼女の愛らしい仕草にキュンと胸を高鳴らせる男性陣。 しかしそんな癒しの時間も、束の間。 『ねぇねぇ!』 と、クララの大きな声が響き、皆が彼女へと視線を向ける。

「先生たちは食べたことあるんでしょ? だったら、私たちにもちょーだいっ!!!」
「あー、ダメダメ! 君たちだけエコ贔屓は出来ませーん!」
「そうだぞ、ウァラク! それにお前たちに手渡したら、最後… 俺たちの分まで食べてしまう未来しか見えない…!」
「…食い意地を張りすぎなのでは? 大人のくせにみっともないですよ」
「君はほんっとーに生意気だな、アスモデウス!! もう少し遠慮ってものを覚えなさい!!」
「あ、あの、皆さんっ! たくさんありますから、そこまで揉めなくても…… ってダメだ…! 全然聞こえてない…!」
「あはは! ナマエさんの作るものは本当にどれも美味しいですからね〜! 争奪戦になるのも頷けますよ」
「っ、もう…! 何呑気なこと言ってるんですか…! 早く皆さんを止めないと…」

ぎゃあぎゃあと騒がしくなる職員室内。 皆を宥めようとナマエが声を掛けるけれど、興奮した彼らには全く届かない。 そんな中々にカオスな状況の中、隣に立つダリは呑気に笑っていて。 ナマエはどうすれば良いのかとオロオロするばかりだ。

「大丈夫大丈夫。 もうすぐ、厳粛で陰湿なこわ〜い先生が戻って来るから!」
「えっ?」

ダリがそう言った、その直後。 バンッと大きな音を立てて開かれる扉。 その大きな音に、皆が職員室の入り口へと視線を向ける。 そこに立っていたのは…

「…揃いも揃って、一体何の騒ぎですか」

眉間に皺を寄せ不機嫌丸出しの、カルエゴだった。 突然の彼の登場に、入間たちはもちろん、教師陣も動きを止めるけれど、それも一瞬のこと。 またもや、わいわいがやがやと喧しくなる職員室。 あまりに騒がしいその様子に、カルエゴの眉間の皺は更に深まっていく。

そして、その僅か数秒後。 カルエゴの怒号が、職員室内に響き渡るのだった。



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