「わざわざごめんね、アザゼルさん… 本当にありがとう…!」
「いえ、これも生徒会長である私の務め。 それに私のクラスは自習時間ですので! 職員室までの案内はお任せください!」
そう言って眩しいほどの笑顔を見せるのは、悪魔学校バビルス生徒会長である、アザゼル・アメリ。 そんな彼女の頼もしい姿に、隣を歩くナマエもつられて笑顔を浮かべる。
急遽自習となった今の時間。 生徒会として校内の見回りをしていたという、アメリ。 途方に暮れていたナマエに対し、快く職員室までの案内を申し出てくれたのだ。
「でも、本当にアザゼルさんが来てくれて助かったよ…! どうやって中に入ろうかと途方に暮れてたから…」
「バビルスの警備体制は万全ですからね… 偶然とはいえ、校内の見回りをしていて、本当に良かったです」
「ふふっ。 こう言ったらなんだけど… 自習にしてくれた先生にも、感謝しなくちゃね?」
校門前で衝撃の出会いを果たしたふたりだったが、職員室へと向かう道すがら。 それはそれは随分と、仲が深まったようで。
すっかり畏まった様子が解け、おどけたように笑顔を見せるナマエ。 そんな彼女のほんわかとした雰囲気に、アメリはつい癒される。 これだけ可愛らしい女性なのだ。 あの掴みどころのないダリが、惚れてしまうのも頷ける。
「ダリ先生とは、いつ頃ご結婚されたんですか?」
「…えっ?」
その問い掛けはほぼ無意識に、アメリの口から溢れていた。 わざわざ弁当を届けるほどの、間柄。 まさかダリが既婚者であるとは思わなかったが、ふたりはきっと夫婦であるに違いない。 アメリはそう考えていた。 しかし…
ナマエの反応は、思っていたものとは程遠く、ポカンと口を開け、間抜けな表情で呆気に取られている。 まるでそのような質問をされるとは思ってもみなかったと、彼女の表情が物語っていた。
「ナマエさんは、その… ダリ先生の、"奥様" なんですよね…?」
「っ、おっ、おお、奥様ぁ…っ!?」
「ッ、!?」
"奥様" 。 その言葉に過剰な反応を見せるナマエ。 彼女のあまりの驚きっぷりに、質問したアメリ自身もつられてビクッと驚きに体を震わせる。
まさかアメリがそのような勘違いをしているとは、露ほども想像していなかったナマエは、訂正しようと慌てて口を開いた。
「アザゼルさんっ、違うの…! ダリ先生とは、その…っ、お、お付き合いしてるだけでっ、結婚してるわけじゃ…っ」
「えっ!?!? そうなんですかっ!? …すっ、すみません、早とちりを…っ」
「で、でも、そうだよね…っ、お弁当を届けにきたなんて言ったら普通、そう思っちゃうよね…」
『も、ももっ、もちろん…っ、そうなれたらいいなとは、思ってるけど… って、わたし、何言ってんだろ…っ』
どもりながらも早口で喋ってしまうのは、おそらく照れ隠しなのだろう。 頬を真っ赤に染めながら、要らぬ事まで話してしまうナマエの姿を見て、場違いながらも、アメリは心の中でしみじみと呟く。
「( 本当に、すごく… 愛らしいひとだな… )」
「アザゼルさん…っ! 今のは聞かなかったことにしてもらえると…」
「それは… 難しいお願いですね?」
「っ、! あ、アザゼルさぁん…っ」
庇護欲を掻き立てるナマエの言動を前にして、少しからかってやりたい気持ちが芽生える、アメリ。 意地悪な言葉を投げ掛ければ、彼女は何とも情けない声で泣きついてきて。
そんな彼女の姿に、アメリはふふっと柔らかな笑みを浮かべるのだった。