第27話「配達はお任せを!」




ナマエさん、すみません…
お弁当持って来るの忘れちゃいました…
夜に食べるので、絶対に捨てないでくださいね…!


了解しました!
今日のお昼はどうされるんですか…?


購買でパンでも買おうと思います…
ナマエさんのお弁当が恋しいです…









ナマエのス魔ホの画面に映るのは、MINEでのダリとのやり取り。 バビルスにて仕事中である彼とこのやり取りをしたのは、30分ほど前のこと。

早く返事をすべきなのは重々理解しつつも、何と返事をしたものか… ナマエはひとり、頭を悩ませていた。

「( 購買のパン、かぁ… ほんとにそれだけで済ましちゃいそうだなぁ… )」

忙しい身である、ダリのことだ。 普段はナマエの弁当があるから良いものの、ゆっくりと校内の食堂で食事を摂るとは考えにくい。 ナマエとしてはしっかりと栄養のあるものを食べてほしいという気持ちが大きいのだが、それを無理強いする訳にもいかず…

「( お弁当… 届けちゃダメかなぁ… )」

チラリと時計を見れば、時刻は10時を過ぎたあたり。 学校の昼休憩には、まだまだ間に合う時間帯だ。 平日である今日、ナマエも夕飯の準備を始める夕方頃までは、時間に余裕がある。

迷惑かもしれない、だけど… と、何度か脳内で自問自答を繰り返す。 しかしついに決心したのか、ナマエはス魔ホを持ち直し、真剣な表情でMINEの画面へと視線を向けた。

「( "今からお弁当、届けてもいいですか?" …送信っ、あぁ…っ、送っちゃった…! )」

送信ボタンを押した直後、ドキドキとうるさいくらいに胸が音を立てる。 断られたらどうしよう… やっぱり迷惑だったかも… そんな後ろ向きなことばかりが頭の中に浮かんでくるけれど、それもほんの一瞬のこと。

送ったメッセージは、すぐに "既読" に。 そして僅か、約1分後。 ポンっと可愛らしい通知音と共に、送られてきたのは…




「( マジか…… )」

バビルス職員室にて。 ダリはス魔ホの画面を、呆然と見つめていた。

今から30分ほど前。 MINEでナマエとのやり取りをしていたダリ。 自身がメッセージを送った後、ナマエからの返事が途絶えていたことを気にしていたダリだったが…

今、新たなメッセージが彼の元に届いたのだ。

「( "今からお弁当、届けてもいいですか?" って… もうそれ、完全に "奥さん" じゃん… やばい、ニヤける。 ほんと可愛いことしか言わないなナマエさんは )」

ス魔ホを見つめ、デレデレと。 だらしなく頬を緩ませるダリ。 今の時間帯、担当する授業がなく職員室で書類仕事をしていた彼だったが、教師統括ともあろう男がとんだ職務怠慢である。

しかしこれがニヤけずにいられるものかと、ダリは心の中で言い訳をひとつ。 …たった一行のMINEの文面にここまで愛おしさを感じている彼もどうかと思うが、それはさておき。

「( わざわざ持ってきてもらうのは、すごく申し訳ないけど… )」

ナマエさんにひと目でも会えるなら… そう思わずにはいられない。 それに昼食はやっぱり、彼女のお弁当が食べたい。 それは紛れもないダリの本心だった。

そして、ダリの指がス魔ホの画面をタップする。 申し訳ないと思いつつも、溢れる想いは止められなくて…


ナマエさん、すみません…
お弁当持って来るの忘れちゃいました…
夜に食べるので、絶対に捨てないでくださいね…!


了解しました!
今日のお昼はどうされるんですか…?


購買でパンでも買おうと思います…
ナマエさんのお弁当が恋しいです…


今からお弁当、届けてもいいですか?


すごく、嬉しいです。
よろしくお願いします!







ダリからのMINEの返事を受け、急ぎ準備に取り掛かったナマエ。 オトンジャへの外出の報告、その際にダリへ弁当を届けることも伝えれば、何故か泣いて喜ばれたことは、ひとまず置いておいて…

ダリが忘れた弁当を鞄に詰め込み、寮を出てナマエが向かった先はもちろん、悪魔学校バビルス。 教師寮とはそこまで離れておらず、羽を使えばものの数分で到着する距離だ。

弁当を傾けないよう、慎重かつ速やかに移動をするナマエ。 数分後、彼女の視界には大きな建物が映り込んでくる。 スタッと地面へと降り立ったナマエを待っていたのは、大きな大きな校門。 昼前という中途半端な時間帯ということもあり、校門は当然の如く、固く閉ざされていた。

「( どうしよう… 関係者用の入り口とかあるのかな…? オトンジャさんからは、入場許可証は貰ったけど… )」

ナマエの首には、オトンジャから受け取った関係者用の入場許可証がぶら下がっている。 これがあれば校内に入ることが出来ると聞いていたが… 目の前には自分の力では到底開きそうにない巨大な門。 辺りを見渡してみても、他に入り口は見当たらない。

「( ダリ先生にどうすればいいか確認すべきかな… でも、次の時間は授業だって言ってたし、もし邪魔になったら… )」

門の前をウロウロと。 あっちへ行って、こっちへ戻って。 同じところをぐるぐると回りながらナマエは思考に耽る。 ダリの邪魔をすることは出来ない。 彼が授業中にス魔ホを見るなんて馬鹿なことをするとは思えなかったが、万が一ということもある。 ナマエはどうしたものかと、またもや頭を悩ませた。

「( オトンジャさんに連絡してみる…? ダメだ… オトンジャさんも、今の時間は寮の掃除や点検で忙しいはず… うぅ、どうしよう… )」

ああだこうだと考えるけれど、良い案は中々浮かんでこない。 どうしよう… とナマエが途方に暮れた、その時だった。

「あの… どうかされましたか?」
「っ、…えっ?」

後ろから遠慮がちに掛けられた声に、ナマエはくるりと振り返る。 燃えるように赤い、長い髪。 スラリと高い身長に、引き締まった美しい体。 そんな素敵な女の子に見つめられ、ナマエの体はピシッと固まってしまう。

「あの…?」
「っ、わぁあっ、ごめんなさい…! あんまり綺麗な子だったから、つい見惚れちゃって…!」
「っ、な…っ!?」

我に返ったナマエは、咄嗟に本音をポロリとこぼした。 しかしそれは、完全に不意打ちで。 突然掛けられる褒め言葉に、顔を真っ赤にするのはアザゼル・アメリ。 2年生でありながら、ここ悪魔学校バビルス生徒会の会長を務めている、まさに生徒たちのトップに立つ悪魔だ。

純粋無垢なナマエからの言葉に、彼女は暫し唖然とする。 しかしさすがは位階6ランクヴァウの若き優秀な悪魔。 何とか気を持ち直した彼女は、当初の目的を果たすため、再度ナマエに問い掛けた。

「…っ、な、何やらお困りのようでしたのでっ! 声を掛けたのですが…」
「…! ありがとうございます…っ! 私、バビルス教師寮で食堂のスタッフをしている、ミョウジ・ナマエと言う者なのですが…」
「ミョウジ… ナマエ…?」

しかしアメリが気を持ち直したのも、ほんの束の間。 "ミョウジ・ナマエ" という名前に、彼女はピクリと反応を示す。 それは以前、入間の口から聞いたことのある女性の名で…

「あ、あなたはもしや…っ、イルマに食事を作ったという、あの…っ!?」
「えっ…? あっ、もしかして…! イルマくんのオトモダチ?」
「おっ、オトモダチ… というか、そのっ、イルマは私の… と、というか! それよりも…! 今日はどういったご用件で…っ!?」

話があらぬ方向へ向かいそうなことに気づいたアメリは慌てて軌道修正を試みる。 ナマエに詮索するつもりは元より無かったからか、そのまま話題は本題へと戻っていった。

「あっ! そうでした…! 実は私、ダリ先生に用があって…」
「ダリ、先生…?」

もしや入間に用があるのでは…? と少しだけ。 勘繰っていたアメリ。 しかし彼女の予想は見事に外れた。

予想外すぎる人物の名前の登場に、彼女はポカンと口を開ける。 一体彼に何の用が…? そんな考えが顔に出ていたのか、ナマエが遠慮がちに口を開いた。

「あの、お弁当を…」
「お弁当…?」

お弁当。 これまた予想外な単語の登場に、アメリはオウムのように同じ言葉を繰り返す。 そんな彼女の反応に、ナマエの頬にはカアっと熱が集まってきて。 しかし、ここで帰るわけにはいかないと、何とか奮い立つ。 そして…

「お弁当を、ダリ先生に… 届けにきたんです…っ」
「っ、ッ!!」

頬を染め、恥じらいながら告げられる言葉に、ピシャーン。 アメリの頭に雷が落ちるような衝撃が走る。 そしてアメリは、確信した。

「( もしや…っ "愛妻弁当" というやつか…ッ!? )」

ダリが妻帯者だったこと。 そしてその相手がナマエだということ。 その事実に、アメリは驚きを隠せない。 …もちろん、それは彼女の完全なる勘違いなのだが。 今のこの状況では、そう思ってしまうのも無理はない。

驚きの表情を浮かべながら黙り込むアメリを前に、ナマエは戸惑うことしか出来ないのであった。




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