第26話「休日とカフェと初デートと」のスキ魔



「それでは皆さん、行ってきます…!」
「僕たちが留守の間、よろしくね〜」
「「「「お気をつけて…」」」」

申し訳なさそうに眉を下げるナマエと、ニコニコとご機嫌な様子を隠そうともしないダリ。 そんなふたりが教師寮から出ていく姿をボーッと眺める男が数名。

「あーあ、行っちゃったかぁ…」
「今日はナマエさんのご飯抜き…」
「ついこの間まで、これが普通だったんですけどね…」

何とも言えない侘しさを含んだ声で呟いたのは、上から順に、イフリート、オリアス、マルバス。 仲良く並んで歩くナマエたちの背を見つめるその姿は、まさに虚しいのひと言に尽きる。

「っていうかさぁ、今日のナマエさん…」
「「「………」」」

そんな彼らの虚しい呟きをスルーして、口を開くツムル。 遠ざかって行くナマエを見つめる彼の瞳は、どこかギラギラと熱いものが光っていて。 彼の言葉続きを静かに待つ、3人。 少しの間を置いたあと、ツムルは真剣な表情で、再度その口を開いた。

「…めっっっっちゃ、可愛いかったよな」
「「「いや、ほんとそれな」」」

改まって何を言うのかと思えば、まさかのまさか。 ナマエが可愛い、ただそれだけの言葉で。 しかしツムルのその言葉には、この場にいる全員が全力で同意。 先程まですぐそばにいたナマエを思い浮かべ、彼らはそれぞれ思い思いに感想を述べていく。

「ワンピース姿、超可愛かった…」
「清楚な感じが逆にすっごくそそられますよね… それに、気づきました? いつもはつけてない、香水!! ほんのりと香って、めちゃくちゃ良い匂いしましたよ…!」
「特別感あったよね… デートの為に色々オシャレしたんだろうなぁって思うと、更に可愛く見えてくるし… そんなことされて喜ばない男なんかいないでしょ」
「分かる…ッ! マジ何なの、あの可愛さは…!! ダリ先生羨ましすぎない!?!?」
「「「激しく同意」」」

ダリとのデートの為にナマエが張り切って準備をしたことにも、目敏く気がついていた彼ら。 今日のナマエの愛らしさについて、それはそれは熱く語り始める。

淡いブルーのストライプ柄のワンピースは、清楚なナマエのイメージにピッタリで、オリアスの好みにどストライクだったようだ。 仄かに香る控えめな香水の匂いは、これでもかとマルバスの男心を擽る。 そしてそんな特別感が堪らないと、イフリートもそれに同意。 そんな彼らの意見に対し、ツムルが出した答えは "ダリが羨ましい" 。 そのひと言だった。

「あの時、魔雀で勝ってればなぁ…」
「過ぎたことをごちゃごちゃ言うのはどうかと思いますけど、こればっかりは悔やまれますね…」
「今日、ナマエさんと一緒に出掛けてたのは俺たちの誰かかもしれなかったってことだろ…? うわぁ… マジであの時勝ってればなぁ…っ!」

魔雀をしたあの日のことが心底悔やまれる、3人。 オリアスに至っては、直前まで1位をキープしていたのだ。 どうしたって後悔の気持ちばかりが湧き上がる。 しかし… ここでとある問題が。 魔雀大会が行われた、あの日。 談話室には存在しなかった、男がここにひとり。

「というか、僕はその勝負に参加すら出来ていないですけどね…」
「「「あっ…」」」

そう、あの魔雀大会にマルバスは参加していなかった。 元々、魔雀を打つ機会があまりないマルバス。 ダリから声は掛けられたものの、自身の拷問器具の手入れなどもあり、あの日は誘いを断っていたのだ。

「ほんと寝耳に水ですよ…ッ! ナマエさんも誘われてるなんて知らなかったですし、それに…! まさかそんな大事な大勝負が行われていたなんて…!」
「い、いや、俺たちもそんなことになるとは思っても見なかったんだよ… な、なぁ? イフリート先生?」
「う、うん、そうそう! 確かあれは… オリアス先生! そう! オリアス先生が突然、ダリ先生を煽り出して…」
「っ、ぅっ… た、確かに、煽ったのは僕ですけど、でも…! ツムル先生もイフリート先生も、ノリノリで参加してたじゃないですか…!」

ジトッと恨めしげな視線を向けてくるマルバスから逃れようと、3人は必死に取り繕う。 しかし話は平行線。 誰もが責任を押し付け合う結果に、マルバスは呆れ顔だ。

確かに "ナマエを独り占めできる" というキッカケを作ったのは、オリアスだ。 しかし、そんな彼の案に乗ったのは紛れもなく、ダリを含め、ツムルとイフリート、この3人である。

「いや、まぁ… そりゃあ、なぁ?」
「ナマエさんとデートに行けるなら、参加しないって選択肢は無いでしょ」
「うわぁ、開き直った…! しかも即答…! 最近のイフリート先生、ほんと遠慮がなくなって来ましたよね…」
「それは俺も思ってた」
「そんなんだから、ダリ先生に目をつけられるんですよ…」
「飲み会の日もかなりナマエさんに甘えてましたもんね…」

先程までの態度が嘘のように、開き直りを見せるイフリート。 そんな彼の態度に、ツムルたちは皆、言いたい放題。 更には飲み会でのことまで引っ張り出してくる始末。 しかしあの日のことは、イフリートも少しは反省しているようで…

「あれはさすがに、僕も調子に乗り過ぎたと反省してる。 だけど… 後悔はしていない!」
「それ絶対反省してないやつじゃん…っ!!」
「でもまぁ… あの日はナマエさんが一緒だからか、み〜んな気分良く飲んでましたからね… 特に、カルエゴ先生…」

背中を撫でてもらった、あの時。 自分の欲を出しすぎてしまったと、イフリートはほんの少しだけ。 反省していた。 しかし本当に後悔はしていないと、それはそれは清々しい態度で言ってのける彼に、ツムルとマルバスは呆れ顔を浮かべる。

だがあの日、あの場にいた皆が浮かれていたのは紛れもない事実。 そう、あのカルエゴでさえ、いつもとは様子が違っていたのだ。

「あー… ほんと、アレにはビックリしたわ…」
「あそこまで饒舌になるカルエゴ先生なんて、マジで見たことないですよね…」
「それにバラム先生にも、ものすごく気に入られてたし…」
「カルエゴ先生にバラム先生までも、ですか…」
「そういやあの日、オリアス先生は違うテーブルだったもんなぁ」
「いや、ほんと驚きの連発だったから!」
「まず、ナマエさん… あの見た目で "ザル" でね?」
「えっ!?!? そうなんですか…!?」
「…あはは、ビックリするよね」
「それでお酒に強いバラム先生とも意気投合しちゃって。 それにほら、ナマエさんめちゃくちゃ純粋だから、全く言葉に嘘がないとかで…」
「あぁ、なるほど… バラム先生には、全部お見通しってことですね…」
「そりゃあ、そんな子がいたら気にいっちゃうわな」

次々と語られるあの日の出来事に、オリアスは驚きを隠せなかった。 カルエゴとバラムに気に入られているということにも驚きだが、それよりも。 ナマエがザルというまさかの事実。 これにはオリアスも思わず大きな声をあげてしまう。

しかしそんなギャップもまた、彼女の魅力なのだろうと、すぐにそんな考えに至るオリアス。 …そのように考えている時点で、彼もまたナマエの虜になっているということなのだが、それはさておき。

「…それでみんなで仲良く飲み食いしてたら、ダリ先生がキレちゃった、と?」
「「「…そうでーす」」」
「うわぁ… ナマエさん、かわいそ…」

ツムルたちの話を聞く限りでは、ナマエに非があるようには思えない。 とんだとばっちりだったんだなと、ナマエへの同情を込めて呟いたオリアスだったが…

「いやいや、でもねっ? ナマエさんも、ナマエさんなんだよ!」
「そうそう! あんなに可愛いことされたら、そりゃあ誰だってデレデレしちゃうって!」
「それじゃあ… ナマエさんに冷たくされた方が良いってことですか?」
「「………それは絶対嫌だ」」
「矛盾してるじゃないですか…」

ナマエが可愛いのがいけないんだ! そう強く主張する、イフリートとツムル。 つまり、誰彼構わず愛想を振り撒くナマエにも非があると、そう言っているのである。

しかしオリアスの言葉を受け、よくよく考えてみれば。 ダリ以外に対して、冷たい態度を取るナマエなんて想像もつかない。 というか想像したくもない。 そんなの絶対に嫌だ。 と、即、そんな結論に至るツムルたち。 そんな彼らにオリアスは、ため息交じりに呆れるしかなかった。

「でも… ナマエさんに怒られる、っていうのも、ちょっとアリ? とか思ったりして…」
「…あー… 分かるかも。 …怒っても絶対可愛いもんな、ナマエさん」
「確かに。 …ぷんぷん怒るとこ見てみたいです」
「もう、末期ですね…」

全く懲りないツムルたちの発言に、今度こそ本気で呆れるオリアスなのだった。



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