「このシュークリーム… マジで美味いんだけど…!」
「こんなものまで作れるなんて… ほんとナマエさん無敵じゃない?」
「そこらの店より断然美味しいですもんね…」
ナマエたちが女子会を楽しんでいたその頃。 男子寮の食堂には、ナマエが作ったシュークリームを頬張るツムル、イフリート、マルバスの姿があった。
外はサクッと中はふんわりのシュー生地に、たっぷりのクリーム。 甘さ控えめの味付けは、彼らにはちょうど良く、食後のコーヒーのお供にはもってこいのデザートで。
そのあまりの美味しさにそれぞれが感嘆の声を上げる中、あるひとりの男が彼らの前に立ち上がり、影を落とした。
「呑気に食べてるとこ悪いけど… 君たち!」
「「「はい…?」」」
大きな声で叫んだ彼の名は、毎度おなじみダンタリオン・ダリ。 腰に手を当て怒りの感情を露わにする彼だったが、その理由に全くの心当たりがないツムルたちは、頭に疑問符を浮かべる。
そんな彼らの態度が気に食わなかったのか、ダリはまたもや苛立ちを隠さずにその口を開いた。
「はい…? じゃないですよ、全く…! 先日の飲み会での件について! あなたたちに話があります!」
「「「先日の飲み会の話…?」」」
「まず… 僕の大人げない態度で空気を悪くしてしまったことを謝罪します。 …申し訳ありませんでした」
「うわっ、ダリ先生が頭下げてる…!」
「超レアじゃね…!?」
「っ、あのねぇ…!」
怒りを抑え込み、誠意を持って謝罪しているというのに、ふざけたようなこの態度。 これにはさすがのダリもご立腹。 …すでに腹は立てていたのだが、それはさておき。
ここへ来て、ダリの不満はついに爆発。 溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、彼は溢れる感情をぶちまけた。
「僕のいないところで、ナマエさんとイチャこらイチャこらと…! 随分と楽しんでいたみたいじゃないですか! 甲斐甲斐しく背中まで撫でられて…! 本当に、はらわたが煮えくり返るところでしたよ…!」
「いや… 煮えくり返ったから "あんなこと" しでかしたんでしょ」
「っ、…ッ!」
自分の怒りの理由を、それはそれは熱く語るダリ。 その言葉にはこれでもかと感情が込められていて、その怒りの度合いが伝わってくる。
しかし、ツムルたちも黙ってはいられない。 あの日の悲しみに満ちたナマエの表情を思い浮かべると、ひと言申さないと気が済まない、そんな気持ちが溢れてきたのだ。
最初に立ち上がったのは、イフリート。 痛いところを突いてくる彼の言葉に、ダリは思わず舌を巻く。
「そ、そうだそうだ! そんなに気に食わないなら、ダリ先生も最初から一緒に飲んでいれば良かったじゃないですか…!」
「そ、そうですよ! ナマエさん、口にはしなかったけど… ダリ先生のことずっと、気にしていたんですよ…?」
「っ、そう、言われても…」
ダリが怯んだのをいいことに、ツムルとマルバスも続けてそれぞれの主張を繰り出した。 彼らの言葉は意外にも、どれもこれもが正論で、ダリは返す言葉が見つからない。
珍しく、言葉に詰まるダリ。 そんな彼を更に追い詰めるかのように、ツムルたちは勢いそのままに、その口を開く。
「まさかダリ先生… 飲み会は仕事の場だから〜 とか、そんな理由でナマエさんに遠慮してたんじゃ…」
「っ、!」
「確かに、公私混同は良くないことですけど…」
「それでナマエさんに当たってちゃダメじゃないですか…」
「君たち、ほんと遠慮が無くなりましたね!? …傷に塩塗るのはやめてくださいよ!」
ツムルたちの遠慮ない棘のある言葉の数々に、ダリの傷は痛みを増していく。 ナマエには本当に悪いことをしてしまった。 それを重々理解しているからこそ、こんなにも胸が痛む。
ツムルたちの言葉はもっともで。 最初に距離を取ったのは自分。 それなのに最後の最後には我慢できずに、彼女を傷つけるような態度をとってしまったことを、ダリは心の底から後悔しているのだ。
「…僕たちもね、ナマエさんを泣かしたこと。 ものすごく、怒ってるんですよ?」
「うんうん」
「ほんと、それですよ」
「………」
大切な仲間である彼女を泣かせた罪は重いと、イフリートは奮い立ち、面と向かってダリに言い放つ。
あからさまな冷たい態度で、ナマエを傷つけたこと。 辛いだろうに、健気に明るく振る舞う姿には、あの場にいた誰もが心打たれていたのだ。
「まぁ… ダリ先生を妬かせるようなことをした手前、あんまり偉そうなことは言えませんが…」
「いや、もうかなり偉そうなこと言ってるけどな!?」
「僕たち、ヤバいんじゃないですか…? 統括であるダリ先生に、生意気なこと言っちゃって…」
つい先程までの威勢の良い姿はどこへやら。 ダリへの失礼な態度の数々を、今更になって後悔し始めるツムルたち。 いくら正論とは言えここまでハッキリとものを申す必要はなかったのでは…? と、マルバスが弱気な発言をした、その直後。
「皆さん」
静かに。けれどどこか芯の通った声で、ダリが呟く。 自然とダリへと向けられるのは、3人の視線。 そこには真剣な表情を浮かべたダリが、まっすぐ彼らを見つめていた。
「あの日、ナマエさんを泣かせてしまったこと… 心の底から後悔しています。 傷ついた彼女を励まし、寄り添ってくださり、本当にありがとうございました…」
「! ダリ先生…」
ダリの真摯な態度に、ツムルたちは思わず感慨に耽る。 ダリがここまで自分たちに真剣に向き合ってくれるとは思ってもみなかったのだ。
それにダリの言い分も、男として全く理解できない訳ではない。 もし自分がダリと同じ立場だったなら… 彼と同じようなことをしていたかもしれないと、そんなことを考える。
やっぱり少し言い過ぎたかも… と、自分たちが放った言葉の数々をツムルたちが後悔し始めた、その時だった。
「だけど、ねぇ…?」
「「「………んんっ?」」」
「それと君たちがナマエさんにちょっかいを出すこととは、全く別の問題だよね…?」
「「「っ、…ッ!!!」」」
それはまるで背筋の凍るような。 そんな恐ろしさを含んだ声。 いつもと何ら変わりはないはずなのに、ツムルたちは冷や汗が止まらなかった。
「皆さんそれぞれに言いたいことが山程ありますが、まずは… イフリート先生!」
「ぼっ、僕ですか…っ!?」
「僕ですか? じゃないですよ! …最近ちょっと調子に乗りすぎてません?」
ニッコリと。 それはそれは驚くほど、にこやかな笑みを浮かべるダリ。 その笑顔が今は恐ろしくて仕方がない。 仕方がないのだが… イフリートにも言い分がある。 どうにかダリを納得させようと、彼は必死に言葉を探した。
「い、いやぁ…! 僕も自重しようとは思ってるんですよっ? 思ってるんですけど…! それ以上に、ナマエさんの言動が可愛いのなんのって…っ」
「い、イフリート先生…? その発言、逆効果なんじゃ、」
「……これはまた、お説教が必要みたいですね? 皆さん?」
「「「………」」」
それから、ダリの長い長い説教が開始された。 くどくどと喋り続ける彼を見て、ツムルたちは思う。
やっぱり、ダリ先生を怒らせるのは、やめておこう…
そんなことを肝に銘じる、彼らなのだった。