第26話「休日とカフェと初デート」



「先生たち、本当に大丈夫でしょうか…?」

そう言って不安げに呟く、ナマエ。 その表情は心底心配だとでも言うかのように、情けなく眉を下げている。 そんなナマエの隣に立つダリは、彼女を安心させるかのように、いつもの軽い調子で口を開いた。

「そんなに心配しなくても大丈夫ですって! ナマエさんが来るまでは自分たちでどうにかしていたんですから!」
「そう、ですよね…」

ダリの言葉に同意しながらも、ナマエの表情は未だ納得していないようにも見える。 そんな彼女の表情を前に、ダリはどうしたものかと頭を悩ませるも、またもやすぐに元気な声で言葉をかけた。

「まぁまぁ、そのことは一旦忘れて! 今日は僕たちの "初デート" なんですよ? それなのに他の先生方のことを考えるなんて、妬けちゃうなぁ〜」
「っ、…! すみません…! 私ったら、つい…!」

ダリの言葉にハッとするナマエ。 そんな彼女にダリは思わず苦笑いを浮かべる。

先程のダリの言葉通り。 ふたりは今、魔界の繁華街 "マジカルストリート" へとやって来ている。 以前、 "ナマエの休日を独り占めできる権利" を賭けて行われた、オリアスたちとの魔雀勝負。 その勝負に見事勝利したダリが、今日。 念願のナマエとの "カフェ巡りデート" を決行しているというわけだ。

「もちろんそんな優しいところも素敵なんですけどね。 でも本当に、彼らのことは心配要りませんから! 今日はとことん楽しんじゃいましょう!」
「…そうですよね。 皆さん立派な大人なのに、私なんかがここまでお節介焼くのは、失礼ですもんね…!」
「いやぁ… むしろそこまで心配されて、バカみたいに喜んでるとは思いますけど…」

ナマエが寮に残してきた教師陣をここまで気にかけるとは思いもよらなかったダリ。 放っておくと碌な生活をしないと、オトンジャから伝えられていたナマエからしてみれば、彼らを心配するのは至極突然のことなのだが…

大の大人がただの小娘に心配されるなど気分の良いものではないだろうと、ナマエは自分のお節介に気づき考えを改める。 そんな少しズレているナマエの言葉に、ダリは若干、呆れ顔だ。

「…こんなこと言うと、さらに失礼かもしれないんですが、」
「…?」
「皆さんのことを見てると、何だか弟のように思えてしまって…」
「…! ふっ、くっ、あっはっはっ!」
「ッ!? だ、ダリ先生…っ?」

さらにここへ来て、彼ら教師陣をまさかの "弟呼ばわり" 。 これにはダリも思わず声を上げて笑ってしまう。 そんな彼の反応に、ナマエは驚き慌てふためくことしかできなくて。

「わ、私、そんなに可笑しなこと言いました…?」
「っ…だって、ナマエさんくらいですよ? バビルスの錚々そうそうたる教師の面々を "世話のかかる弟" 呼ばわりするなんて!」
「っ、な…ッ! そこまで言ったつもりは…っ」

もちろんナマエにはそのようなつもりは一切ない。 だがしかし… 気高く、尊敬の眼差しで見られることの多いバビルス教師陣。 位階ランクも高く、それはそれは憧れの的である彼らをそのように扱える弟扱い出来るナマエという存在が、ダリには面白くて仕方がなかったのだ。

彼はひとしきり笑ったあと、目尻に溜まった涙を拭う。 そして、これまた軽い口調でナマエに言葉を投げかけた。

「ごめんごめん! 冗談です!」
「…もうっ! ダリ先生が言うと、本気なのか冗談なのか分からないんです…!」
「そんなにぷりぷりしちゃって、もう。 可愛いなぁ」
「ダ リ せ ん せ い ?」
「あはは、信用ないなぁ〜 僕」

冗談だと笑うダリに、ナマエはぷんぷんと怒りを露わにするけれど… ちっとも怖くない。 むしろ可愛い、もっとやれ。 なんて、内心ではそんなことを思うダリ。 彼は呑気にデレデレとだらしない笑顔を浮かべた。

そんな彼に対して嬉しい気持ちがある反面、ナマエは揶揄われているのが少し悔しくて。 腰に手を当て、怒っていますとさらにアピール。 …それがまた、ダリの胸をときめかせる原因となっていることに気づかないところが、ナマエらしいと言えばそうなのだが。

しかしこれ以上は本当にナマエを怒らせてしまうかもと、ダリは少しだけ表情を引き締める。 そして徐にまた、その口を開いた。

「ちなみになんですけど…」
「? はい…?」
「その "弟扱い" に、僕は含まれてます?」
「えっ…?」
「僕的には、含まれていない方が嬉しいんですけどね?」
「…!」

唐突なダリからの質問に、ナマエは少し面食らう。

"含まれていない方が嬉しい" 。 その言葉の意味を、何となくだが察したナマエ。 その問いかけの答えは、彼女の頭の中にすぐに浮かんでいて。 その瞬間、頬に集まる熱。 正直に話すべきか、話さぬべきか。 少しの間、悩むナマエだったが…

「だ、ダリ先生は…」
「うんうん」

躊躇いながらも口を開くナマエに、ダリはわざとらしく大袈裟に、相槌を打つ仕草を見せる。

みんなに分け隔て無く接する、ナマエのことだ。 きっと初めは、他の男たちとの差なんて無く、"少し頼りになるひと" くらいにしか思っていなかっただろう… と、妙に冷静に耳を傾けるダリ。 だが、しかし。

「さ、最初から、他の皆さんとは違って… す、素敵な男性ひとだなって、思ってて…っ」
「…………へ?」

まさかのまさか。 顔を真っ赤に染めながら、とんでもなく可愛いことを口にするナマエ。 そんな彼女の言葉に、ダリは思わずぽかんと間抜け面を晒す。

「( …いやいやいや、ちょっと待て。 …は? 今の言葉が確かなら、ナマエさんは最初から僕のことを…… )」
「あ、あの… ダリ、先生…?」

不安げにダリを見上げるナマエ。 その頬はほんの少し、桃色に染まっていて。 その表情を見た、その瞬間。 言葉では表すことの出来ない感情が、ダリの胸をいっぱいにする。

嬉しい、なんてものじゃない。 ダリにとってナマエが放った言葉は、それほどまでに心を揺さぶるものだった。

しかしそれもそのはず。 彼女の言葉が本当なら、教師寮へとやって来た当初から、ナマエはダリのことを "男" として見ていた、ということになる。 これが喜ばずにいられるものか。

「…あー… どうしよう… 今すぐ抱きしめたいキスしたい」
「っ、なっ、ななっ、なに言っ… ッ、!?」

ダリの溢れんばかりの感情は、言葉では無く行動に出てしまったようで。 グイッとナマエの腰を引き寄せ、すぐさまギューッと抱きしめる。

その瞬間、ダリの鼻腔をくすぐったのは、いつもとは違う控えめな香水の匂い。 普段は料理の香りを邪魔するからと、香水なんてつけることはない。 服装も、今日のためにオシャレをしてきたと一目見て分かるほどに愛らしいもので。

敢えて触れなかったが今日のナマエは、それはそれは全てが可愛らしく、ダリは朝からずっと、これでもかと胸を熱くさせていたのだ。

「だ、ダリ先生…っ! ひっ、ひとがっ、見てますから…っ!」
「いやぁ… このような往来でこんな小っ恥ずかしいこと、今までしたことなかったんですけどねぇ。 すみません、気持ちを抑えられなくて…」
「っ、ッ〜〜!!」

『キスは、帰ってからの楽しみにしておきます』 そう言って、名残惜しそうに抱きしめる力を緩めるダリ。 そんな彼の甘い雰囲気に、ナマエはまだ何も食べていないはずなのに、胸焼け寸前、お腹いっぱい状態である。

デート開始早々、ダリから次々に与えられる "たっぷりの愛情" に、ナマエの胸はドキドキと音を鳴らすばかり。

さらには、『行きましょうか』 とサラッと手を繋ぎリードしてくれるダリの姿に、ナマエがときめきを抑えられる訳がない。 熱くなる頬をどうにか見られないようにと、少し俯くけれど… そんな彼女に、ダリが気づかない訳もなく。 彼はにっこり、大満足だ。

そんなふたりに出会してしまった周りの者たちは、のちに語る。 それはそれは、とんでもなくお熱いバカップルだったと。

そうしてふたりは、目的のカフェへ向かい、歩き出したのだった。




「っ、わぁあ…っ! すっごく美味しそう…!」

兼ねてからずっと行ってみたいと願っていたカフェの店内で、キラキラと瞳を輝かせながら、メニューを見つめるナマエ。 そのあまりに嬉しそうな表情に、ダリの顔にも自然と笑顔が浮かんでくる。

「あはは、すっごく良い顔してますね、ナマエさん!」
「す、すみません…! あんまり美味しそうで、つい浮かれちゃって…っ」

ふわふわとろとろのクリームがたっぷり乗せられたパンケーキ。 それに季節のフルーツがたっぷり使われたパフェ。 さらには、色んな種類のケーキまで。 そんな美味しそうなスイーツを前に、ナマエはついつい浮かれてしまう。

子供のようにはしゃいでいる自分に気づき、彼女は恥ずかしそうに俯いた。 …子供っぽいと思われたかな? そんな不安がナマエの頭によぎるけれど…

「浮かれ気分、大いに結構! 今日は楽しむために来たんですから、気の済むまではしゃいじゃってください!」
「…ふふっ! そうですね! よぉ〜し! それじゃあ、コレとコレ! ふたつ! 食べちゃいますっ!」

『あっ、でも…! こっちも捨て難いなぁ…! う〜ん、どうしよう…』 そう言って、またもやメニューに釘づけになるナマエ。 そんな天真爛漫な彼女を見つめながら、ダリは穏やかに笑うけれど… ふと。 思い出すのは先日の飲み会の一件。 あの日も本来ならば、今日のように共に楽しめていたはずなのに… と、ダリの胸には後悔の念が湧き上がる。

「…ナマエさん、この間は本当にごめんね」
「えっ…?」

突然のダリからの謝罪。 メニューを選ぶのに夢中になっていたナマエは、思わず呆気に取られる。 謝罪されるようなことなど何ひとつないはずなのにと、ナマエは疑問符を浮かべることしか出来なかったが… ダリはそのまま話を続ける。

「あの日、飲み会で一緒に楽しめなかったこと、本当に後悔してるんです…」
「…!」
「その代わりと言ってはなんだけど… 今日はナマエさんの行きたいところや、やりたいことに、とことん付き合うつもりですから!」
「ダリ先生…」
「まぁ、今日は元々、ナマエさんがお休みを満喫するための日なんですけどね…」

そう言って、あははと笑うダリだったが、その表情は少しだけ。 寂しさを含んでいるような気がして… ナマエの胸にはキュウっと締め付けられるような痛みが走る。 しかし、それも束の間。

今日は絶対に、ふたりで楽しんでやる!!
そんな強い気持ちが、すぐさまナマエの胸をいっぱいにしていた。

「実は私… 向こうの通りにあるカフェも気になってて!」
「…! ふむふむ、なるほど! ここを出たら次はそこに向かいましょう! 他にもどこか気になる所はありますか?」
「あとは… さっき通った雑貨屋さんの向かいのクレープ屋さんも、気になります…!」
「いいですね〜! そこもあとで行きましょう! それからそれから?」
「えっと、あとは… このカフェの姉妹店のパン屋さんがその先に… って、そんなに食べられませんってば!」
「っ、ふっ、くっ…! べ、別に、食べ物のお店じゃなくても、いいんですよ…っ?」
「あっ、それもそっか…! って… ど、どうして笑ってるんですかっ、ダリ先生…っ!」

しんみりとした空気を吹き飛ばすかのように、事前にピックアップしておいたお店をダリへと伝える、ナマエ。そんな彼女に、ダリはノリノリで言葉を返していく。

そのテンポの良いやり取りに、ナマエはついついツッコミをいれるけれど… 飲食店ばかりをあげていくナマエに、ついに笑いを堪えることが出来なくて。 あははと、大きな声を出して笑うダリ。 そんな彼の反応に、ナマエは困り顔だ。

「っ、はぁ…っ、ごめんごめんっ、食いしん坊なナマエさんが、可愛くてつい…!」
「ッ、もう…っ! 可愛いって言えば、何でも許して貰えると思ってませんっ?」

またしても自分を揶揄うような言葉に、ナマエは思わずプイッとそっぽを向く。 しかしそんな仕草もまた、ダリにとっては可愛らしい以外の何ものでもなくて。

「だって、本当に可愛いんですから。 仕方ないじゃないですか」
「っ、ッ〜〜!!!」

愛おしくて愛おしくて、仕方がない。 まるでそう言われているかのような。 とんでもなく優しい微笑みを浮かべるダリに、ナマエの頬は瞬く間に真っ赤に染め上がる。

「はぁ… ほんと、幸せだなぁ」
「…!」

ふたりきりの休日。 オシャレなカフェでの、まったりとした時間。 弾む楽しい会話。

そんなナマエとの幸せな時間を、これでもかと噛み締めるダリ。 しみじみと呟かれた言葉に、ナマエも深く頷く。

「私も… とっても、とっても。 幸せです」
「………あー… やっぱり今すぐ抱きしめたいキスしたい。 何ならそれ以上のことも…」
「ちょ、ちょっと! ダリ先生…ッ! 何言って、」

幸せだと言ってくれたことが、本当に本当に嬉しくて。 ダリの胸は痛いくらいにキュンと音を立てる。 またもやナマエに触れたい衝動に駆られたダリは、ナマエの耳元に唇を寄せ、それはそれは甘い声で、囁いた。

「今日は1日中、ナマエさんのこと。 独占していいんですよね…?」
「っ、ッ−−−!!!」

『帰ったら、僕の部屋直行で』 そう言って、ダリはナマエの耳へ触れるだけのキスをする。 そのくすぐったい感触と甘すぎる言葉に、ナマエは首元まで真っ赤っかだ。

つい先程まで、何を食べようかと悩んでいたのが嘘のように、頭の中がダリでいっぱいになるナマエなのだった。



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