「ナマエ! あなたにずっと聞きたかったことがあるのよ!!!」
「は、はい…っ! 何でしょうか…!」
今宵、ライムの自室で開かれている女子会。 ナマエが新たに加わったことで酒もどんどんと進み、皆が饒舌になってくる頃。ライムが唐突にナマエへと言葉を投げかける。 ガバッと掴みかかる勢いで身を乗り出して、向かいに座るナマエを見つめながら、ライムはその色っぽい唇をぷるんと開かせた。
「どうやって、あのダリ先生をおとしたの…っ!?」
「えっ…!?」
若い年頃の女が4人も集まれば、話題が下世話な恋愛話へと移り変わっていくのは最早、必然で。 興味津々とばかりにナマエに問い掛けるライム。 そんな彼女と同様、モモノキやスージーもナマエとダリのあれやこれやが余程気になるのか、待ってましたとばかりに瞳をキラキラと輝かせている。
「それは私も興味があります…! あの飄々として掴みどころのないダリ先生が、ここまで恋愛にのめり込むなんて…」
「ほんと意外でしたよぉ…! でもそれほどまでにナマエさんに惚れ込んでいるって言うのは、明白ですから…!」
「さぁ、さっさと白状なさい…! 一体どんな手練手管を使ったの!?」
「そ、そんな…! 私は何も…」
「っ、何も… して、ない… ですって…ッ!?」
さぁさぁさぁと、ナマエの言葉を待つ3人。 しかし、ナマエの口から飛び出したのは、まさかの "何もしていない" 発言で。
これには百戦錬磨のライムも、驚きを隠せなかった。 天然とは聞いていたが、まさかここまでとは… と、ライムは天然女子の無自覚の魅力に恐れ慄く。
「ナマエ、あなた… 本当に恐ろしい子ね…っ!」
「えっ? お、恐ろしい…?」
「か、カルエゴ先生も…! ナマエさんには心を許してると聞きました…!! 一体どんな方法を…っ!?」
「も、モモノキ先生っ!? ち、近い! 近いです…っ!」
「ちょっとちょっと、おふたりともぉ! 落ち着いて…」
ライムには何故か恐ろしい子呼ばわりをされ、モモノキには必死の形相で詰め寄られる、ナマエ。 彼女たちの暴走の理由に全く気づいていないナマエは、わたわたと慌てふためくことしか出来ない。
そんな彼女たち3人を呆れた様子で見守っていたスージー。 モモノキがナマエの腕をがっちりホールドして離さなくなったところで、助け舟を出したスージーだったが、ふと。 以前、ツムルたちから聞いた話を思い出す。
「そう言えば確か… ツムル先生たちから、"ダリ先生の猛アタックは突然始まった" って聞きましたけどぉ… 何かキッカケはあったんですか?」
「キッカケ、ですか…?」
スージーからの問い掛けに、ナマエは自身の記憶を思い返す。 暴走していたふたりも、この問いの答えには興味があるのか、大人しくナマエの様子を見守ることにしたようだ。
元々、新しく食堂スタッフに就任した当初から、ナマエに対して他の誰よりも優しく声を掛けてくれていた、ダリ。 それが仕事の延長線上で、ナマエが輪に溶け込むためのものだったとしても、彼女にとってありがたいものに変わりは無かった。
そんな彼が、突然あからさまに好意を示し始めたキッカケ。 ナマエには何故そうなったのかハッキリとした理由は分からないが… 思い当たる節が、ひとつだけあった。
「お付き合いする前に一度だけ、ダリ先生が夜中に食堂にやって来たことがあって…」
「…! へぇ…! それでそれでっ?」
ナマエが語り始めた話に、ライムはもちろん興味津々で食いついた。 モモノキとスージーもうんうんと頷きながら、ナマエの言葉の続きを待っている。 そんな彼女たちに応えるように、ナマエは話を続けることにした。
「あの頃は座学テストの準備に、皆さんかなり忙しくされていた時期で… 夜遅くまで仕事をされていたダリ先生が、夜食を取りに来られたんです。 その日は私も、遅くまで翌日の仕込みをしていて、そこでふたりきりで話す機会があったんですが…」
「ふぅん… 真夜中にふたりきり、ね…」
男女が真夜中にふたりきり。 そんなもの何も起こらないはずがないと、ライムはつい心を躍らせる。
「小腹が空いたとおっしゃったので、軽食を作ってお出ししたんですけど…」
「うんうん」
「何故かその翌日から、その…」
「…口説かれ始めたのね?」
「っ、は、はい……」
ぷしゅ〜っと湯気が出そうなほど、真っ赤になるナマエ。 そんな彼女の可愛らしい反応に、スージーとモモノキは微笑ましい気持ちになるけれど。 サキュバスであるライムは、ナマエの天然無自覚な誘惑術に驚きを隠せなかった。
「それって完全に、胃袋ガッチリ掴んでるじゃない…ッ!」
「そ、そうなんでしょうか…?」
「でも… 意外と単純だったんですね、ダリ先生って」
"男の胃袋を掴む" 。 それは単純なようで、意外と難しいのよ… と、モモノキの言葉にライムは心の中で自論を返した。
まず、そもそもの話。 意中の相手に自分の作ったものを食べてもらう機会なんて早々ないのだ。 理由もなくいきなりお弁当を渡すなんて、もっての外。 お菓子なんかも、イベントの時くらいしか渡せやしない。
毎日のように美味しい食事を提供してくれている状況の中、疲れた体を労るように、"自分だけに特別に" 出してくれた夜食。
そんなシチュエーション、誰でも好きになってしまうわ… と、ライムはしみじみと心の中で呟く。 それを何の下心も無くやってのける所もきっと、ダリの心に響いたのだろう。
「ちなみにその時出した料理って…」
「夜食だったので、本当に簡単なものでしたよ…? 確か、おかかのおにぎりと、お味噌汁だったはず…」
「シンプルが故に、余計に心に沁みちゃったのねぇ…」
一見、誰にでも作れそうな簡単なメニューだが、その選択も最適解だったのではと、ライムは心底感心する。 夜食という特殊な状況での食事。 手の込んだ料理を作る時間もなければ、脂っこい重たいものなども当然NGだ。 さっと作れて、食べやすい。 おにぎりと味噌汁は、まさに夜食に "ちょうど良い" メニューだった。
しかし、シンプルが故に美味しさを感じてもらいにくいのも事実。 だが、ひとつひとつ丁寧に。 愛情をたっぷりと込めて作るナマエの料理は、ダリの心を癒し、動かしたのだ。
「今日のこのシュークリームも、とっても美味しいですもんねぇ…」
「ほんとそれ! 女子寮は人数も少ないし、自分で作る子が多いから… スタッフは要らないってオトンジャさんに言っちゃったものね… もしナマエが来てくれていれば毎日こんなに美味しいもの食べられていたなんて、今更だけどすっごく後悔してるわ…」
サクッとしたシュー生地。 しかし中は、ふんわりと。 たっぷりと入った生クリームとカスタードは甘さ控えめで、夜中のデザートの罪悪感を薄めてくれる。
ナマエが持って来た箱の中には、ご丁寧に紙ナプキンやお手拭きも入っていて、そんな細やかな気遣いにもライムたちは心癒されていた。
"どうやってダリをおとしたのか?"
そんな疑問を不躾に投げ掛けたライムだったが、そんなもの。 全くもって無意味な質問だったということに今更ながら気がつく。 一緒に過ごせば分かる。 ダリはナマエという女悪魔が持つ沢山の魅力に、ただただやられてしまっただけなのだ、と。
「古今東西、男は胃袋を掴むのが手っ取り早いってことね…! そうだ! モモノキ先生も! 何か美味しいもの作って差し入れでもしてみたらどう?」
「えっ!? わっ、私ですか!? あっ、あの、わっ、私は、そんな…っ!」
「…! モモノキ先生、誰か好きな方がいらっしゃるんですか…っ!?」
「っ、!? あっ、いや、そのぉ…っ、私は…っ」
突然話を振られ、顔を真っ赤に染め上げるモモノキ。 そんな彼女の可愛らしい反応に、今度はナマエが瞳を輝かせる。
モモノキの意中の相手が誰なのか。 教師陣の間で、もはや知らない者などいないのだが… 普段のモモノキの様子を知らないナマエは、つい反射的に問いかけてしまう。
「す、すみません…! 不躾でしたよね…! もちろん無理に聞き出すつもりはないので、ご安心を…」
「そういえば! ナマエって、この間、問題児クラスの調理実習をしたのよね?」
「…!!!」
言い淀むモモノキを見て、失礼な態度を取ってしまったことを咄嗟に詫びるナマエだったが、そこでライムの助け舟が入る。
「はい! 先日、教師寮の食堂をお借りして、実施しました!」
「聞くところによると… カルエゴ先生も引率で一緒に来てたとか?」
「っ、ッ−−−−!!!!」
「そうなんです! 問題児クラスの担任の先生ですし、色々とご協力いただいて…」
そこで話題は、調理実習からカルエゴへ。 そしてカルエゴの名が出た途端、過剰に反応するモモノキ。 そんな彼女の様子を見て、ナマエは察した。 モモノキの意中の相手、それが誰なのかということを。
「…実はその時、カルエゴ先生にも私が作った分を食べてもらったんです!」
「っ、!」
「カルエゴ先生に美味しいと言っていただけた、その時のレシピ… 今ならなんと特別に! ここにいる皆さんにお教えしちゃいます!」
「ええっ!? ほ、本当ですかっ!? あ…っ」
カルエゴを唸らせたナマエのレシピ。 モモノキにとっては、喉から手が出るほど欲しいモノと言っても過言ではない。 ナマエの口車にまんまと乗せられたモモノキが、ハッと我にかえるも時すでに遅し。
周りを見渡せば、穏やかな笑みを浮かべるナマエたちが自分を見守っていて… カァっと頬に熱が集まってくる。
「そうだっ! 今度私たちでお弁当を作って、先生方に渡してみませんか?」
「あらぁ〜! それいいわね! すっごく楽しそう!!」
「ふぃっ! 美味しい山菜や野菜の準備はお任せくださいね」
「…っ、ご指導、よろしくお願いします、ナマエさん…っ!!」
ナマエからの提案に、心躍らせる女子3人。 …若干1名、やる気が段違いな者がいるが、それはさておき。
そんなこんなで夜はどんどんと更けていき、そして… いつの間にか彼女たちはすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てながら、眠りにつく。
こうして女子会は無事、幕を閉じたのだった。