第24話「女子会はスイーツと共に」



時刻は夜の22時。 教師寮の夕食の片付けと明日の仕込みを終えたナマエは、今。 とある扉の前に立っていた。

「( ここで、間違ってないよね…? )」

事前に伝えられた部屋番号を何度も確認し、ナマエは一度深呼吸をする。 緊張した面持ちでギュッと握り拳を作り、コンコンと数回ノックをすれば、"はーい" と陽気な声が部屋の中から聞こえてきて。 ナマエは思わずピシッと、姿勢を正した。

「いらっしゃぁ〜い!! 遅くまでお仕事お疲れさま! さぁ、早く! 入って入って!」
「わわっ…ッ!」

ガチャリと扉を開き、ハイテンションでナマエを出迎えたのは、悪魔学校バビルス、サキュバス誘惑学担当教師のライム。

部屋を訪れたナマエを視界に入れると同時、彼女はナマエの腕をキュッと掴むとそのまま部屋の中へと招き入れた。

今夜ナマエが訪れたのは、女性教師寮にあるライムの部屋。 ライムとスージーが、かねてからこっそりと計画を立てていた女子会が、ついに決行されたのである。

ベイビーちゃんナマエのご登場で〜す!」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます…っ!」

ライムに大袈裟に紹介をされ、まるで緊張を隠しきれない様子のナマエ。 そんなナマエの口から出たのは、それはそれは堅苦しい挨拶で。 その初々しさに、ライムは思わずクスッと笑いが込み上げる。

「やぁね〜! そんなに堅くならなくていいの! 楽しい女子会なんだから、もっと楽にして?」
「そうですよぉ。 リラックスできるハーブを使ったお酒もあるので、遠慮なく言ってくださいねぇ」
「私もそちらを頂いてるんですが… 本当にリラックス出来て美味しいですよ!」
「っ、皆さん… ありがとうございます…!」

ナマエの緊張をほぐすため、スージーやモモノキも笑顔で言葉をかけていく。 そんな彼女たちの優しさに、ナマエはこの部屋を訪れて早々、胸がいっぱいになった。

「あの、これ… 良かったら…」
「あらぁ…! ごめんねぇ、気を遣わせちゃって!」

今日は客人として、手土産を用意していたナマエ。 形式的な会話をしつつ、手にしていた紙袋から白い箱を取り出しライムへと手渡した。

「すみません、こんなものくらいしか用意できなくて…」
「何言ってるのよ〜! 持って来てくれるだけで充分! それより、この中身… もしかしてナマエの手作りスイーツ?」
「はい…! 今日は、シュークリームを作ってきました!」
「「「シュークリームっ!?」」」

ナマエの手作りと聞いた瞬間、ケーキやゼリーなどを予想していたライムたちだったが… まさかのまさか。 シュークリームを作ってきたと言う彼女に、3人は同時に驚きの声をあげる。 そんな彼女たちの反応に、何かまずいことしちゃった…? と不安になるナマエだったが、それも束の間。 ライムの瞳が瞬く間にキラキラと輝き出し、それはそれは嬉しそうに弧を描く。

「いやぁん! もう! 最高じゃないっ! 中、見てみてもいい!?」
「は、はいっ! もちろんです…!」
「どれどれ〜 …っ、すっごぉい! 見て見て! ふたりとも!」
「ふぃ〜っ! どこからどう見ても、シュークリーム…!」
「こ、これをナマエさんが…!? すごいです…っ!」

箱の中に詰められていたのは、ふっくら丸いフォルムが可愛らしい、クリームがたっぷり入ったシュークリーム。 あまりに見事なプロ顔負けの出来栄えに、女性陣のテンションは爆上がり。 キャッキャっとはしゃぎ出す3人を見て、ナマエはホッと胸を撫で下ろした。

「それじゃあ、さっそく! みんなで頂きましょ! ほらほら、ナマエも突っ立ってないで、座って座って!」
「は、はい! 失礼します…!」
「こぉら! そんなに堅くならないのっ! お酒は飲むわよねぇ? グラス取ってくるから、好きなの選んでおくのよ?」
「あっ、ありがとうございます…!」

ナマエをソファへ座らせると、ライムはグラスを取りにキッチンの方へと向かっていく。 そんな彼女の背に礼を告げたあと、ナマエは目の前のテーブルへと視線を向けた。

そこには、氷のたっぷり入ったアイスペール、多種多様なリキュールボトルの数々、ソーダ割り用の炭酸水のボトルなどが所狭しと並べられていて、ナマエはつい心躍らせる。

見た目に反して、お酒には目がないナマエ。 あまりの種類の豊富さについつい目移りしてしまうが、その前に。 ナマエには、やるべき事がひとつ。 ここへ来たら必ずしなければと心に決めていた事があった。 それは…

「あの、スージー先生…!」
「ふぃっ〜? どうしました? ナマエさん?」
「先日の飲み会の時… 失礼な態度を取ってしまって、本当に申し訳ありませんでした…っ」

スージーへの謝罪である。 あの日、ダリからの冷たい態度に耐えきれず、スージーにまで気が回らなかったナマエ。 そんな自分の冷静さを欠いた態度が申し訳なくて… ナマエはペコリと頭を下げた。

「ナマエさんっ!? あ、頭を上げてくださいぃ…!」
「で、でも…っ」

突然のナマエからの謝罪に、スージーは慌てふためいた。 すぐさまナマエに顔を上げるようお願いするけれど、彼女はまだ納得できていないようで… どうにか説得しなければと、スージーはあの日のことについて、語り始める。

「失礼な態度って、目が合った時のことでしょう? あんなの全く気にしてませんよぉ…! むしろ私の方こそ… いくら上司であるダリ先生からの頼みとはいえ、あんなことするくらいなら断れば良かったって、後悔していて…」
「ダリ先生からの、頼み…?」
「それについては、私から説明してあげるわ!」

何やら訳アリな様子のスージー。 "ダリからの頼み" という言葉にナマエが疑問を浮かべてしまうのも無理はないだろう。 そんな中、タイミング良くライムがキッチンから戻ってきて… スージーに替わり彼女は意気揚々と、事の詳細を語り始めた。

「あの日のダリ先生、それはもうウジウジウジウジと… ナマエが他の男と仲良くしてるのを見る度にため息ばっかり吐いててねぇ?」
「えっ…?」
「そんなに気になるならナマエのテーブルに行けば? って、何度も言ったのよ? それなのにダリ先生ってば、頑なに行こうとしなくって!」
「ど、どうしてでしょうか…?」
「"ナマエに飲み会を楽しめって言っちゃったから" ですって」
「えっ? そ、それだけ…?」
「あとはぁ… みんなで楽しくしているところを邪魔したくない… とかなんとか!」
「っ…!」
「正直、どの口が言うのかって感じだけどぉ… 女々しくごちゃごちゃと言い訳してたわ!」
「ライム先生、お口が悪いですよぉ…」
「いいのいいの! だって本当のことだし! それに、そんなことをぐちぐち言うくせに "本心" ではめちゃくちゃ独占欲丸出しでねぇ!? それはもう本当に、あなたのこと好きで好きで堪らなくて独り占めしたい!! って、感情爆発させてたのよ!」
「っ、ッ… そ、そうだったんですね…っ」

次々と明かされる、あの日の真相。 ダリからの冷たい態度の理由を "嫉妬に駆られたから" とだけ、伝えられていたナマエ。 普段の彼ならば、たとえ嫉妬に駆られようとも、あのような行動に出るはずはないのにと、密かに疑問を抱いていたのだ。

しかし、これで納得がいった。 飲み会に誘ってくれた、あの日。 "沢山飲んで食べて、楽しんでくださいね?" と言ってくれた彼を思い出し、ナマエの胸はキュッと音を立てる。

あの日交わした言葉のためだけに、ダリに我慢を強いてしまっていたのだと、ナマエはそんな答えに辿り着き、罪悪感が芽生え始めてくる。 しかしナマエからしてみれば、"飲み会を心から楽しむ" ためには、ダリの存在も必要不可欠だったのだ。

確かに他の教師たちとの時間も随分と楽しいものだった。 けれどやっぱり、ダリと過ごしたいという気持ちが常にあったのも事実で。 ナマエもまた、飲み会が始まってからずっと、ダリのことを気にかけてはいたのである。

「…こう言っちゃ悪いですけどぉ。 ダリ先生あのひと、ものすご〜く面倒くさいですよ…? ナマエさん、本当に彼で大丈夫なんですか…?」
「スージー先生も中々言うじゃなぁい! だけど私も、そう思うわ…! ナマエ、あなたモテるんだから! より取りみどりなのよ!?」

そう言って、ナマエを真剣な表情で見つめるふたり。 よくよく考えてみれば、何とも失礼な発言なのだが… 酒の入った彼女たちにはそんな事は関係ないようで。

まだお酒を口にしていない素面しらふのナマエだったが、ふたりが本気で心配してくれていることが痛いほど伝わってきて… ふたりからの問い掛けの答えを真剣に考え始める。 そんな3人の様子を、モモノキがどこか不安げな表情で見守る中、暫し考え込んでいたナマエがパッとその顔を上げた。 そして徐にその口を開く。

「よ、より取りみどり、というのはよく分かりませんが… 私は彼で大丈夫、というか… むしろ…」
「「むしろ…??」」
「今のお話を聞いて、正直、その… 面倒くさいどころか、すっごく嬉しい… なんて、思ってます…」
「「「………」」」

少し恥ずかしそうに。 ほんのりと頬を染めながら告げるナマエの仕草や表情に、ライムたちは呆気に取られた。 ナマエの言葉に対する驚きも少しは含まれているが… 彼女のあまりの可愛らしさに、女性である彼女たちでさえも、きゅんと胸を高鳴らせてしまったのである。

さらには 『皆さんにご迷惑をお掛けしているのに、こんなこと言っちゃって… ごめんなさい…』 としゅんと肩を落とすナマエの姿には、庇護欲を掻き立てられ…

「何だか、男どもがみ〜んなナマエを気に入っちゃう理由が、分かった気がするわ…」
「えっ…?」
「同感ですぅ…」
「っ、あ、あの…っ」
「これは… 守ってあげたくなっちゃいますね…」
「っ、!? も、モモノキ先生まで…!?」

各々感想を述べ始める、3人。 それはそれは慈愛で満ちた表情で見つめてくる彼女たちに、ナマエはタジタジだ。

そんなナマエの様子を見兼ねた、ライム。 焦るナマエの姿は可愛らしいが、そろそろ本題に戻ろうと、彼女はまた説明を再開した。

「…まぁ、そんなこんなで! ダリ先生も色々と我慢していたみたいなんだけどぉ、ナマエがイフリート先生の背中を撫でてるところを見たら… 一気に雰囲気が変わっちゃってね?」
「そこで私に、白羽の矢が立った、という訳ですぅ…」
「な、なるほど… だからあの時、ふたりで…」

ここへ来てようやく、あの日の一連の流れを把握したナマエ。 ダリが取った行動の理由を知ることが出来たからか、彼女の顔はどこかスッキリとしている。

「まさか先日の飲み会で、そんなことが起きていたなんて…」
「ふふっ。 モモノキ先生はモラクス先生にしっかりバリケードしかれてたものねぇ〜!」
「本当に、お恥ずかしい限りです…」

一方、そんなことが起きていたことなど知る由もないモモノキ。 彼女の祖父であるモラクスによって、男性との接触を禁じられていた彼女は、ハァ、と大きなため息を吐いた。

「さぁさぁ! この話はこのくらいにして! 他にも話したいことがたっくさんあるんだから! …特にナマエ!」
「へっ!? わ、私ですか…っ?」
「ふふっ、あなたには聞きたいことが山程あるのよ! 根掘り葉掘り、聞かせてもらうから… 覚悟しておきなさい!」
「はっ、はい…っ!!」

ライムの力強い言葉に若干押されつつも、素直に返事をするナマエ。 そんな彼女たちの様子を見て、今夜は眠れそうにないなぁ… と、スージーとモモノキは徹夜を覚悟する。

そんな彼女たちの夜は、まだまだ始まったばかり。



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