第23話「酒は飲んでも絶対に!呑まれるな!」のスキ魔



ダリからの真摯な謝罪によって、無事に仲直りをしたナマエとダリ。 ふたりを包む空気は、仲違いをする以前と変わらず、いや… 更にお熱いものになっていそうだが、呑気にイチャこらしている場合ではないと、ナマエは朝食作りを再開していた。

ほわほわと湯気が立ち昇る大きな寸胴鍋からは、ほうれん草と豆腐の味噌汁が上品な出汁の香りを漂わせ、先ほどお皿に盛り付けたさわらの味噌漬けは、パリッと皮まで香ばしく焼かれている。 そしてすぐそばの小鉢には、ツヤツヤと照り輝く蓮根のきんぴらが添えられていて、残すは、あと一品。

ツムルたちご所望の、あの卵料理である。

「ずっと秘密にしてたんですけど、私…」
「う、うん…?」

先程出汁を加えてよく掻き混ぜた卵液を、ナマエが熱した卵焼き器に流し込む。 ジュワッと弾けるような音が響いたその直後、何やら意味深に呟き始める、ナマエ。

"秘密" 。 その言葉に少し身構えつつも、平然を装い続きを促すように相槌を打つ、ダリ。 一体何を明かされるのだろうか… 内心ひやひやしながらも、ダリはナマエの言葉の続きを待つ。

そんなダリの心情を知ってか知らずか。 焦げてしまわないように、くるっと忙しなく卵を巻いていくナマエの口は、なかなか開く様子はない。

その焦らされているような感覚が、妙に落ち着かないダリ。 しかし、それも束の間。 ひとつ目の卵焼きを焼き終えたナマエは、くるりとダリに向き直る。 そして…

「卵焼きは、"甘くない派" なんです」
「へっ?」

それは予想外過ぎる、カミングアウト。 まさかのまさか。 卵焼きの味付けの好みの話をされるとは思いも寄らなかったダリ。 思わずぽかんと口を開け、間抜け面を晒してしまう。 そんな彼の表情が可笑しかったのか、ナマエは控えめにクスクスと笑っていて、ダリの体から一気に力が抜けていく。

「すみません、今まで黙っていて…」
「い、いや、それは全然構わないですけど… いつも甘いのばかりだったから、てっきりナマエさんも好きなのかと…」

ダリが朝食やお弁当の時に食べる卵焼きは、いつもほんのりと甘い味付けだった。 優しくてあたたかい、心がほっこりとするような味付けは、まるでナマエそのものを表しているようで。 ナマエの作る卵焼きは、ダリの大好物のひとつだったのだ。

しかし、まさかの "甘くない派" 宣言。 拍子抜けしたものの、意外ではある。 どうしてわざわざ甘い卵焼きを作っていたのか、それが不思議で仕方がなかった。 しかしその疑問は、すぐに解消されることになる。

「ダリ先生が、美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて」
「っ、ッ−−!!」

照れくさそうに笑いながら告げられる言葉に、ダリの胸は一瞬で、ものの見事に鷲掴みにされてしまった。 他の誰でもない、自分の好みを最優先にしてくれていたという事実に、どうしようもなく嬉しさが込み上げる。

「だけど今日は、先約があって…」
「先約…?」

ナマエの細やかな気遣いに、嬉しさを噛み締めていたダリだったが… 遠慮がちなナマエの声に意識をこちらへと引き戻す。 "先約" と言ったナマエの表情は、少し申し訳なさそうに眉を下げていて、またしても疑問が浮かんでしまうダリ。 不思議そうに首を傾げれば、ナマエはその疑問に答えるかのように、ゆっくりと口を開き始めた。

「昨晩は、ツムル先生とイフリート先生が二次会に参加せずに、私を寮まで送ってくださったんです。 そのお礼として朝食のリクエストをお聞きしたんですけど… 卵焼きは甘くない方がいいっておっしゃっていて…」
「……な、なるほど」

ナマエの口から語られる、自分の預かり知らぬところでの出来事に、再びモヤっとした感情が芽生え始めるダリ。

今回ダリは自分の行いを、それはそれは後悔し、猛省をした。 しかしそれは、"ナマエに酷い態度を取ってしまったことに対して" である。

ここ最近のツムルたちのナマエに対する態度は目に余るものがあると、ダリは常日頃から感じていたのだ。

「だから今日は、"甘くない卵焼き" なんです。 すみません…」
「ナマエさんが謝ることじゃないですよ…! 僕は気にしませんから…」
「…私が、リクエストをしてほしいって、彼らにお願いしたんです。 だからツムル先生たちを、怒ったりしないでくださいね…?」
「っ、うッ…!!」

正直なところ。 嫌味のひとつくらいは言ってやろうと、そう思っていたのだが。 ナマエにここまで言われてしまえば、そんなこと出来るはずもない。

「…今日のところは、我慢します」
「ふふっ、いい子いい子」
「っ、〜〜!!」

今回だけは見逃してやろう。 そんな気持ちで渋々納得するダリだったが、その直後。 目一杯背伸びをして、頭を優しく撫でてくれるナマエ。 そんな愛らしい姿に、嫉妬にまみれたダリの心は一気に浄化されていく。

やはり、ナマエには敵わない…
そう実感する、ダリなのであった。


前の話 目次に戻る 次の話








- ナノ -