第22話「いつもより少し苦めのハイボール」のスキ魔



「二次会参加組はこちらでーすッ!!!」
「ちなみに二次会も理事長持ちなので、懐のご心配はなさらず!! どんどんご参加くださーい!」

飲み会を終え、ぞろぞろと店から出てくるバビルス関係者たち。 今回の幹事であるロビンとマルバスが、店先にて二次会参加者を募る姿を見て、イフリートはポツリと呟いた。

「ナマエさん… 本当に参加しなくていいの?」
「はい、私はここで! 明日の朝食の準備もありますし!」
「でもせっかくの機会なんだしさ! どうせなら二次会も一緒に楽しんじゃいましょうよ!」

二次会に参加する者たちが次々とロビンたちの元へと向かう中、ナマエは不参加の意を示す。

すでに時刻は22時過ぎ。 今から二次会に参加してしまっては、明日の仕事に支障をきたしてしまう。 正当な理由を述べるナマエだったが、ツムルは更に粘りを見せる。 こんな機会は早々無いのだからと、ナマエを誘う彼だったが…

「お誘いはすごくありがたいんですけど、その… さすがにこれ以上は、耐えられない… と言いますか…」

そう言って、ナマエは二次会参加者たちのいる場所へと視線を向ける。 そこにはニコニコと楽しそうに笑うダリ。 そしてその隣には、これまた楽しそうに笑顔を浮かべるスージー。 近くにはライムやイチョウ、モモノキ、他にも沢山の者がいて、会話が弾んでいる様子が見てとれる。

"お疲れさまです"
笑顔も何もない、そんな素っ気ない言葉を掛けられて以降、一度も彼と会話をすることなく飲み会を終えたナマエ。 あれからずっと気にしないようにと意識していたナマエだったが、どうしても。 彼女の視線は無意識のうちに、ダリを追いかけてしまっていた。

ニコニコと、いつもと変わらない笑みを浮かべるダリ。 その笑顔が自分ではなく、スージーやライムに向けられている光景を視界に入れる度、ナマエの胸は悲鳴をあげる。

明日の準備など、建前で。 今はただひたすらに、この場から離れたい。 それがナマエの本心だった。

「…勝手なことを言って、ごめんなさい。 おふたりは私に構わず、楽しんできてくださいね!」

自分に合わせる必要などないと、ナマエは笑顔でツムルたちに告げる。 彼らに楽しんできて貰いたいのは本心で、それは心の底からの笑顔だった。 しかし…

「なんか今日は疲れたし、僕も帰ろうかな」
「俺もー」
「えっ!?」

そんなナマエの健気な姿に、彼女のことが大好きなツムルたちが、心動かされないわけがない。 元々ナマエの居ない二次会など、それほど興味がないふたり。 このような飲み会は定期的に開かれるのだ。 彼らにはまた、機会がある。

「っ、ダメですよッ! おふたりは参加してください…!」
「いやぁ〜 俺もう食べすぎちゃってさ、お腹パンパン!」
「そうそう。 さすがにこれ以上は僕も無理!」

しかしここは、ナマエも黙ってなどいられない。 ツムルたちが自分に合わせてくれているのは、明白。 自分の私情に巻き込むことなど出来ないと、説得を試みるけれど。 彼らはそれを、軽くかわしてしまう。

そんな彼らの態度を嬉しく思う反面、申し訳ない気持ちが更に膨らんで、ナマエは必死で言葉を探した。 しかし彼らを納得させる理由など、そう安々と思い浮かぶはずもない。 そうしてナマエが言葉を思いつくよりも先に、ツムルがこれまた陽気な声で、言葉を投げかけた。

「それにさ、これ以上飲んで二日酔いになっちゃったら… ナマエさんが作る絶品朝ごはんを、美味しく味わえないじゃないですか!」
「うんうん! さすがツムル先生! よぉく分かってる!」
「っ、ツムル先生… イフリート先生…」

わざとらしいほどに、熱弁するツムル。 そして大袈裟に頷く、イフリート。 そんな彼らの優しさに、ナマエの胸にはじんわりと温かい気持ちが溢れ出す。

今のナマエにとって、とびきり明るく振る舞ってくれるふたりの存在は、何よりも大きく、ありがたかった。

「本当に… ありがとう、ございます…」
「え〜? 俺たちなんにもしてないのになぁ。 ねっ、イフリート先生?」
「そうですよ。 僕たちは "ナマエさんとの楽しい飲み会" を終えて、ほろ酔い気分で家に帰る… ただそれだけですから」

そう言って、楽しくおどけてみせるふたり。 彼らの優しさをこれでもかと身に受けて、ナマエは感謝してもしきれない。

しかしここでお礼を告げても、また軽く受け流されるだけだろう。 それならば…

「…明日の朝ごはんは、何がいいですか? 特別に、おふたりのリクエストをお受けしちゃいます!」
「うぉっ、マジ…っ!?!?」
「えっ? えっ!? どうしよう… 食べたいものありすぎて、逆に困るんだけど…!!」

ナマエからの突然の提案に、一気に盛り上がりをみせるふたり。 笑顔で沢山の案を出し合うふたりを見て、ナマエの心はゆっくりと、温かさを取り戻していく。

「卵焼きか、目玉焼き… イフリート先生はどっちがいいと思う?」
「僕は断然! 卵焼き派です! ナマエさんの卵焼き、ほんと絶品ですから…!」
「だよな…! それじゃあ、和食で固めないと! 味噌汁は絶対だろ? それから…」
「焼き魚も欲しいですよね! 皮をパリパリに焼いたやつ!」
「おお…! それ採用! …ナマエさん! 焼き魚って、明日作れます!?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。 味噌漬けしてあるものがあるので、それをお出ししますね!」
「…! 味噌漬けって、あのうっまいやつ…っ!?」
「…あー、想像したら、お腹空いてきたかも」
「…確かに」

そう言って、お腹をさするイフリート。 そんな彼を見て、ツムルも同じ仕草をみせる。 すると、どこからともなく、"ぐ〜っ" 腹の虫が鳴る音が。

「…俺じゃないから」
「…僕でもないですよ」
「ふっ、ふふっ…! あははっ」

そのあまりに間抜けな音とやり取りに、ナマエは思わず笑いが込み上げる。

あははと大きな口を開けて笑うナマエ。 その表情には、悲しみの感情は見当たらない。 ナマエを笑顔に出来たこと… それがただ嬉しくて嬉しくて。 彼らの表情も自然と笑顔へと変わっていく。

「卵焼きは甘いのと甘くないの、どちらがいいですか?」
「俺、甘くないの!」
「僕も甘くない方がいい!」

そうして、楽しげに朝食のメニューを考えながら、3人は帰路に着いたのだった。



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