第20話「飲めや騒げや」のスキ魔



「この大黒魔境…! さすがお値段が高いだけあって、とっても美味しいですね!」
「うんうん…! 普段の生活では、中々味わえないお酒だよねぇ!」
「甘口でコクがあるので、ぬるめの燗で飲むともっと香りを楽しめるかも…! おつまみは、魚の煮付けやイカの塩辛… 味付けがしっかりしたものと相性が良さそうかなぁ」
「おぉ…! さすが調理スタッフ! そういう角度からもお酒を楽しめるんだね!」

飲み会も中盤に差し掛かった頃。 わいわいと店内が盛り上がる中、とあるテーブルの一角にて。 何故か酒の論評を交わすふたりの男女の姿が見える。

ひとりは、バラム・シチロウ。 滅多に口にすることのできない高価な酒の味を、これ幸いと存分に堪能しているようだ。

そしてもうひとり。 これまた美味しそうに酒を口に含み、幸せな表情を浮かべる彼女の名は、ミョウジ・ナマエ。 料理人という立場から、どのような料理との組み合わせがベストなのかを考えるその姿に、思わずバラムは感心の声を上げていた。

「…お前たち、随分と楽しそうだな」

そんなふたりの様子を、ワイングラス片手に呆れた表情で見つめるのはいつもお馴染みのこの男。 ナベリウス・カルエゴ、そのひとである。

「いやぁ、ナマエさんが中々面白い視点でお酒を飲むものだから、つい興味が湧いちゃって…」
「職業柄、どうしても料理のことを考えちゃうんですよね…」
「でも確かに、ナマエさんの意見は的を射ているよ。 大黒魔境も塩辛と合わせたらすっごく美味しくて、さらにお酒が進んじゃうし」

そう言ってバラムは、マスクの隙間からストローを差し込み、ジューっと酒を吸い上げた。 その表情は美味しいですと言わんばかりにニコニコと目尻を下げている。

「カルエゴくんも一杯どう? すっごく飲みやすいよ?」
「…私はまだワインでいい。 それにそのペースだと、お前たちだけで空けてしまうだろう」
「す、すみません…! カルエゴ先生が注文したのに…!」
「あはは。 ナマエさん、気にしなくても大丈夫だよ。 カルエゴくん、理事長に少し嫌がらせしたいだけだから」
「?? 嫌がらせ…?」
「ふん… どうせならもう一本、空けてもいいのだぞ」

この飲み会の間ですっかり打ち解けた様子のバラムとナマエ。 普段は厳格なあのカルエゴも酒の影響か、いつもより若干饒舌になっている気がしないでもない。 何だかんだと楽しげに会話をする3人に、同じテーブルを囲うツムルたちは、興味津々だ。

「あのカルエゴ先生の眉間に皺がない… だとっ?」
「呆れたような物言いばかりですけど… 何だかんだで今日、めちゃめちゃ機嫌良いですよね…」

コソコソと。 カルエゴに聞こえないように、小さな声でツムルが呟く。 それにいち早く反応を示したのはマルバス。 散々ナマエやツムルたちに呆れながらもこのテーブルから決して離れることのないカルエゴに対し、彼は率直な意見を述べた。

そもそもの話。 カルエゴが飲み会に来ること自体が稀である。 今回の飲み会に参加した理由は定かではないが、目の前の彼を見ていると、どうしても勘繰ってしまうのだ。

"カルエゴ先生、ナマエさんが来るから参加したんじゃね?" 、と。

もちろん、そんな言葉を口にしたが最後。 カルエゴからの陰湿で厳粛な粛清が下されるのは間違いない。 彼らは頭に浮かんだ言葉を、胸の奥にしっかりと閉まっておくことにした。

「というかナマエさん… 本当に "いける口" なんですね…」
「えっ? 私ですか…?」

これ以上この話題に触れないようにと、イフリートは意識をナマエへと向けた。 突然話を振られたナマエは、きょとんと疑問符を浮かべることしかできなかったが、それも束の間。 イフリートの言葉に賛同したツムルとマルバスが、物凄い勢いで言葉を続けていく。

「いや、ほんとそれな…! 大黒魔境もそうだけど… 乾杯前に "とりあえず生" って言ってたの聞いて、思わず二度見しちゃったもん」
「ナマエさんが言わなさそうなセリフランキング、5本の指には入りそうですね…」
「もっとカシオレとかカルーアミルクとか… そういうフワフワしたものを飲むのかと…」
「えぇっ? 私って、そんなにほんわかしてます…?」

イフリートの口から聞かされる、ナマエのイメージ。 その言葉にナマエは思わず、口を挟んでしまった。 ナマエ本人としてはそのようなつもりは毛頭ないのだが…

「してる」
「してます」
「してるね」

見事なまでに揃う、3人のセリフ。 そんな彼らの反応に、ナマエは少し面食らう。 しかし、それも束の間。

「…ふふっ! それじゃあこれからは… そのイメージはナシの方向でお願いしますね?」
「「「っ、ッ−−−!!!」」」

こてんと首を傾げながら、物腰柔らかく話すナマエ。 更には、おまけとばかりに可愛らしい微笑みまで添えられているのだから、男性陣は黙ってなどいられない。

「いや、現在進行形でほんわか癒しキャラ丸出しですから…!」
「それで酒豪キャラとか、ギャップえぐいですね…」
「それにこれだけ強い酒を飲んでも全くいつもと様子が変わらないなんて… やっぱりナマエさん、かなり強いんじゃ…?」
「………」

ナマエの無自覚天然な可愛らしい仕草が炸裂し、胸をきゅんきゅんさせながらも、飲みの席だからと彼らは好き勝手に言いたい放題。 しかしそれも無理はない。

ニコニコと柔らかく笑うナマエの右手には、おちょこ。 そして彼女の目の前には『大黒魔境』のボトル。 普段のおっとりした彼女とのあまりのギャップに、ツムルたちは突っ込みを入れざるを得なかったのだ。

そんな彼らの勢い有り余る言葉に、ナマエは何か思うところがあったのか… 暫しの間、黙り込む。 そんな彼女を不思議そうに眺めながらも、グイッとジョッキを傾けビールをあおる、ツムルたち。 ゴクっと冷えたビールを喉に流し込んだ… その時だった。

「やっぱりみなさん、お酒に強い女性は嫌いですか…?」
「「「っ、ぶっ…!」」」
「っ、わぁあっ! だ、大丈夫ですかっ!?」

眉を下げ、こちらを窺うような表情で上目遣い。 その何とも男心をくすぐる表情に、ツムルたちは一斉に噴き出した。 そんな彼らの奇行に、ナマエは驚きの声をあげるものの、すぐにおしぼりを手に取り彼らの元へと駆け寄っていく。

「ッ、げほっ、ごほ…っ」
「…っ、ちょっ、ナマエさん…っ! 今のは反則…っ」
「っ、あー… マジでヤバかった…っ」
「えっ? え? いったい、何が…」

一体この手のやり取りを何度繰り返すつもりなのか。 そろそろ彼らにも、ナマエへの耐性が付いても良さそうなものなのだが… 咽せて咳き込む自分たちを心底心配した表情で覗き込んでくるナマエを前にしては、それも到底無理な話なようで。

またしても、ハァ… と大きなため息がひとつ。 その出所は、もちろんカルエゴ。 そんな彼の隣で、微笑ましげにナマエたちを眺めるバラムの姿があったそうな。



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