第20話「飲めや騒げや」



「今週末に飲み会があるんですけど、ナマエさんも一緒にどうですか?」
「! 飲み会ですか…!」

ナマエが夕飯の片付けを終えたあとの、ふたりきりの時間。 それがナマエとダリの1日の楽しみとなっている、今日この頃。

今日も今日とてお喋りを楽しんでいたふたりだったが、楽しい時間はあっという間に過ぎていき、夜も更けてきた頃。 明日の仕事に影響が出る前にそろそろお開きにしましょうかと、ナマエが口にしかけたタイミングで、ダリが新たな話題を振ってきた。

"今週末に飲み会"
その何とも魅力的なお誘いに、ナマエの胸は自然と踊りだす。

「幹事はロビン先生を中心に若手の先生たちに任せているんですけど、ナマエさんには僕から声を掛けるよう言われていてね」
「私がお邪魔してもよろしいんでしょうか…?」
「もちろんですよ〜! ナマエさんもバビルスの一員ですし! それに教師以外の職員の方たちにも声を掛けていますしね」

ダリの返答を聞き、ホッと胸を撫で下ろすナマエ。 しかしそこでまた、ある問題がナマエの頭に浮かび上がる。

「飲み会に参加されない先生方の食事は…」
「あぁ、それなら大丈夫! 寮住まいの先生方は全員参加予定ですので!」
「そうなんですね! 良かった…」

またもやホッと安心した様子で息を吐きだす、ナマエ。 続けて『帰ってきてご飯がなかったら、寂しいですもんね…』 と、自分のことよりも真っ先に他者の心配をする彼女の姿に、ダリは胸がじんわりと温かくなるのを感じる。

「あぁ… ナマエさんが恋人で、本当に良かったなぁ」
「えっ?」
「だって… こんなに思いやりのある素敵な女性、中々いませんよ」
「っ、ッ−−!」

そう言って、ダリはナマエを抱き寄せた。 その瞬間、ナマエの髪からふわりと香るのはシャンプーの匂い。 それに混じって、炒め物や揚げ物の油の匂いが、ダリの鼻腔をくすぐる。

「ダリ先生…っ! 私、揚げ物をしてすごく汗をかいたから…っ、離し、」
「そんなこと、僕が気にするとでも?」
「っ、で、でも…っ」

それは彼女が懸命に働いている証。 毎日毎日、汗水流しながら沢山の料理を作ってくれる彼女を、愛おしく思わないはずがない。 流れる汗でさえも愛おしいと、ダリは抱きしめる力を更に強くする。

「いつも本当にありがとうございます、ナマエさん」
「…! い、いえ…っ、そんな…!」
「今度の飲み会… 沢山飲んで食べて、楽しんでくださいね?」
「っ、!」

それはダリなりの、ナマエへの気遣いだった。 いくら料理が好きだとは言っても、たまにはゆっくり羽を伸ばしたいだろう。 そんなダリの優しさにナマエもまた、じぃんと胸を熱くさせる。

「ありがとうございます… ダリ先生」
「いえいえ。 それにお礼は僕じゃなく、当日の支払いを全て担ってくれる太っ腹な理事長に言ってあげてください!」

ナマエが心から感謝を込めてお礼を告げれば、いつも通り。 何でもないように笑う、ダリ。 ナマエが気を遣わないよう、おどけてみせるその姿にもまた愛おしさが込み上げる。 幸せな気持ちが溢れ出し、ナマエの口は自然と動き出していた。

「…私も。 ダリ先生が恋人で、本当に良かったです」
「っ、ッ! あぁ、もう…っ! そんなこと言われたら、部屋に帰したくなくなるじゃないですか…っ!」

これでもかと浮かれるようなことを言われて、ダリはたまらずナマエの体を更に強く抱きしめる。 そんな彼からの熱烈な愛情を受け、ナマエもダリへの想いは膨らむばかり。 その大きな背中に腕を回し、ギュッと抱きしめ返す。 そして、甘くて切ない声で、ナマエはそっと囁いた。

「私も、今日は帰りたくないです…」
「ッ、なっ…ッ!?!?」
「ダリ先生のお部屋に、行ってもいい…?」
「っ、ッ〜〜!!!」

ナマエからのとんでもなく可愛らしいお誘いに、ダリの体は一気に熱を帯びていく。 抱きしめる力を弱め、慌ててナマエの顔に視線を向ければ… 頬を赤く染め、瞳はとろんと潤ませていて。 その扇状的な表情を前に、ダリが我慢など出来るわけがない。

そのまま指を絡ませ合い、手を繋ぎながら食堂を後にするふたり。 向かう先はもちろん… 別館奥のダリの部屋だ。

明日の仕事に支障が出るから… なんて考えは、すっかり頭の中から消え去り、たっぷりと愛し合ったふたり。 翌日、痛そうに腰を押さえるナマエと、るんるんとそれはそれは上機嫌なダリの姿があったそうな。

こうして、ダリからの誘いで週末の飲み会に参加することとなったナマエ。 お酒の席なんていつぶりだろう… と、つい胸を踊らせる。 それに何といっても、あのダリも一緒なのだ。 楽しくないわけがない! と、はやる気持ちを何とか抑え込み、ナマエはその日を心待ちにするのだった。




「本日はお忙しい中、お集まりいただき誠にありがとうございます。 このような場を開くことができるのも、ひとえに皆さまの日々のご協力あってのこと… な〜んて、長々とした建前は以上! 今日は無礼講です! 思い切り騒いじゃってください! それでは皆さん…ッ!! でビ〜ル… かんぱ〜いッ!!!!」
「「「「「かんぱーーーーいっ!!!!」」」」」

陽気なダリの乾杯の音頭を皮切りに、次々とジョッキをあおる大人たち。 ぷはあっ、と美味しそうに息を吐き出したマルバスは開口一番、心底嬉しそうに声を上げた。

「っ… いやぁ! やっぱり冷えたビールは最高ですねぇ!」
「仕事終わりの一杯! さいこーーッ!!!」
「皆さん、いつも本当にお疲れさまです」

開放的な気分で、喜びを露わにする教師陣。 そんな彼らに労いの言葉をかけながら、ナマエは 『こちらをどうぞ』 と取り分けたサラダを次々と手渡していく。

ちょこんと、自分たちに混ざり共にテーブルを囲むナマエ。 その姿を改めて視界に入れた教師陣。 そんな彼らは誰からともなく、それはそれはしみじみと、呟き始めた。

「ナマエさんだ…」
「ほんとにナマエさんがいる…」
「本物、だよな…?」

今このテーブルを囲っているのは、マルバス、ツムル、イフリート、そしてナマエの4人。 毎度お馴染みのメンバーであるのだが、いかんせん。 ここはいつもの食堂とは全く雰囲気の違う、居酒屋。 そんな周りの空気も相まって、ナマエが飲み会に来ているという事実を改めて噛み締める3人。 そんな彼らが可笑しくて、ナマエは思わずクスリと笑いをこぼした。

「ふふっ、はい。 "本物のナマエさん" ですよ?」
「っ、ぅぐ、ぅ…っ!!!」
「な、なん、それ…っ、かわいすぎ…っ」
「お、おい…っ! 気持ちは分かりすぎるほどに分かるけどっ! しっかりしろッ、お前ら…ッ!!」

それはそれは、可愛らしく。 こてんと首を傾げながら、答えるナマエ。 100点満点、いや… 120点満点をつけたくなるほどの愛らしいその仕草と表情に、マルバスとイフリートは胸をこれでもかときゅんきゅんさせ、悶えまくる。 そんな中、さすがは精神医学担当教師、ツムル。 ナマエの無自覚の魅了に対して何とか平静を保ち、ふたりに冷静になるよう声をかけている。

…何ともバカっぽいやり取りだが、そこはご愛嬌。 ここは酒の席。 こういった "ノリ" もまた、飲み会の楽しみのひとつなのだ。

そしてそんな "ノリ" に意外にもしっかりと乗ってくれるナマエ。 飲み会という陽気な集まりでの振る舞い方を自然と身につけているのだから、男性陣はたまったもんじゃない。 彼女が纏う空気はいつも以上に柔らかいものになっており、それが彼女の魅力を更に引き出していた。

「…何をやっとるんだ、アンタたちは」
「あっ、カルエゴ先生! お疲れさまです!」

『どうも』そう言って軽く会釈をしながらナマエに返事をしたのは、問題児アブノーマルクラス担任のカルエゴ。 調理実習をして以来、ナマエの印象がガラリと変わった彼からは、余所余所しさがすっかりと抜けている。 そんないつもの彼らしからぬ態度に、ツムルたちは驚愕の表情を浮かべた。

「あ、あのカルエゴ先生がこんなに気兼ねなく話しかけてくるなんて…!」
「ナマエさん… まさかあなた、カルエゴ先生までも…!?」
「?? それはどういう…?」
「あなた方が考えてるようなことは一切ありませんのでご安心を」

意味を理解していないナマエはさておき… 驚きから震えるツムルたちに、カルエゴはキッパリと否定の言葉を言い放った。 そんなカルエゴのハッキリとした態度に、彼らはホッと安堵の息を漏らす。

そんなことだから、ダリあのひとに目をつけられるのだと、今のツムルたちを見てカルエゴはハァと呆れのため息をひとつ吐く。 面倒なことにならなければいいが… と、ダリの居るテーブルへとチラリと視線を向ければ、他の教職員と楽しそうに酒を酌み交わしている彼の姿が見えて、カルエゴは胸を撫で下ろした。

「あの、カルエゴ先生…」
「…何です?」
「あちらの方は…?」
「あぁ、すっかり忘れていた。 …おい、シチロウ。 そんなところにいないでさっさとこっちへ来い」

ダリに気を取られていたカルエゴだったが、ナマエの遠慮がちな声に意識をこちらへと引き戻す。 "あちらの方" とナマエが丁寧に手の平で指し示すのは、テーブルから少し離れた先で突っ立っている大柄で猫背の男。 ナマエたちの様子をそわそわと窺っていた彼だったが、カルエゴの声におずおずとそばまでやって来る。

「あ… えっと… どうも、初めまして。 バビルスで教員をしている、バラムと申します」
「! あなたが、バラム先生…!」
「どうぞ、よろしくね」

カルエゴと共にナマエたちの元へとやって来ていたのは、バラム・シチロウ。 以前、ダリからバラムの話を聞いていたナマエは、彼の登場に瞳をキラキラと輝かせた。

ダリ曰く、バラムは "変わっているけれど、心優しいひと" とのこと。 確かに見た目は大柄で、口元がマスクで隠れて表情が読み取りにくそうに見えるが… 自己紹介の物腰の柔らかさや言葉遣い、よろしくと言った後の目尻の下がり方。 そういった節々に彼の優しさが垣間見え、ナマエはあの日のダリの言葉に、すぐに合点がいった。

「( ダリ先生の言う通り… とっても優しそうなひとだなぁ )」
「…おーい、ナマエさん? 大丈夫?」
「バラム先生、見た目はこんなだけどめちゃくちゃ優しいから、怖がらなくても大丈夫ですよ!」
「えっ? あっ… す、すみません…! 不躾に見つめてしまって…!」

イフリートとマルバスの声にハッと我にかえる、ナマエ。 咄嗟に謝罪の言葉を口にすれば、バラムは何でもないとでも言うかのように、これまた優しい笑みを浮かべた。

「いえいえ、気にしないでください。 …それにナマエさん、僕のこと怖がっていないでしょう?」
「そんな…! 怖がるだなんて、とんでもない…っ! むしろ笑うとクシャって目尻が下がって、すっごく優しそうなひとだなあって思って、その…」
「ふふっ、なるほどね」

必死になって自分の気持ちを伝えるナマエの姿に、バラムは自然と笑顔が浮かぶ。 今まで自分を前にした者の怯えた表情を幾度となく見てきたバラム。 そんな彼だからこそ、ナマエが自分を怖がってなどいないことをすぐに察することが出来たのだ。 そして更には、ナマエの "嘘偽りない" 真っ直ぐな言葉。 その言葉に、バラムは何かに納得したような表情をみせる。

「先生方が、あなたを気にいる理由が分かりました」
「えっ?」
「ナマエさんはとても、 "正直者" なんですね」

ダリを始めとする、教師寮に住まう教師たち。 彼らがこぞってナマエを気に入り、それはそれは嬉しそうに彼女のことを話す姿を、バラムはここ最近何度も見かけていた。

"ナマエさんって一体、どんな悪魔なんだろう…"

生物学担当のバラムがそんな疑問を抱いてしまうのは、至極当然の流れだった。 そしてたった今、彼はその疑問の答えに辿り着く。

ナマエの素直で真っ直ぐな心が、皆を自然と笑顔にさせているのだと、バラムは身をもって実感した。 得心がいって満足したのか、彼はひどく穏やかな笑顔を浮かべている。 そんな彼に呆れる男がひとり。 ペシっとバラムの頭をはたき、ハァと大きなため息を吐くのは…

「…馬鹿者。 このような場で能力を使うんじゃない」
「あはは。 ごめんごめん、カルエゴくん」
「能力…?」

バラムの同級生である、カルエゴ。 彼からのお叱りの言葉にバラムは笑いながら謝罪の言葉を口にした。

そんなふたりの親しげな様子と、さらにはカルエゴの口から出た "能力" と言う言葉。

この僅かな間に一体何が起こっていたのか。 何が何やら分からないナマエは首を傾げることしか出来ない。 そんなナマエの素直な反応にもまた、バラムは好感を抱く。

「僕の家系能力は、嘘が見抜けるんです。 だからナマエさんが僕のことを怖がっていないって、すぐに分かったんですよ」
「嘘を見抜くなんて、すごい能力ですね…!」
「ふふふ、ありがとう。 あ、もちろん普段は使ってないから安心してね」

バラムの能力の有能さを知り、ナマエは素直に感心する。 ナマエの純粋さを知った今、能力を使わずともその言葉にも嘘偽りなどないだろうことは容易に想像できて、バラムはにっこり、笑顔を浮かべた。

こうしてバラムとの初対面が無事にひと段落ついた頃。 ここに来て、ナマエはある重大なことに気づく。

「すっ、すみません! バラム先生…!」
「え?」
「申し遅れました…っ! 私、ミョウジ・ナマエと申します。 普段は、教師寮の食堂スタッフをしていて、それから…っ」
「ふふっ、そんなに畏まらないでください。 それに、ナマエさんのお噂はかねがね… 色んな先生方からお話を聞いていますよ」
「えっ? 私の話を、ですか…?」

名乗りもせずにいたことを思い出し、慌てて自己紹介を始めるナマエ。 そんな彼女を落ち着かせるように、バラムは優しい声で言葉をかけた。

バラムの言葉通り、普段からナマエの話は様々な方面から聞こえて来る。 ナマエの恋人であるダリはもちろんのこと、今テーブルを共にしている彼らからも、それはそれは熱烈な言葉を聞かされていて…

「ナマエさんの料理が美味しいって言うのは、みんなが口を揃えて言っているんだけどね。 どこかの誰かさんは、"いつもおっとり優しくて癒される" だとか、」
「っ…!? ちょ…っ、バラム先生!?」
「またまた違う誰かさんは、"笑顔がめちゃくちゃ可愛い" だとか、」
「っ…、ストップストップっ! 止めてくださいっ!」
「またまたまた違う誰かさんは、 "鼻唄が少し音痴なところが推せる" だとか、それから…」
「わぁあああ!! バラム先生ッ!! それ以上は、シーッ! お口チャックです…っ!!!」

突然始まる暴露大会に焦るツムルたち。 バラムの言う "誰かさん" に思い当たる節があり過ぎる彼らは、これ以上余計なことを言われる前にと、必死にバラムの口を閉ざそうと声を荒げた。

「? どうしてです? …あ、そっか。 ダリ先生に聞かれちゃまずいですよね」
「それもそうですけど…!」
「ナマエさん本人を前にして、こんなの公開処刑ですよ…っ!!」
「いや僕、名前は出していないんだけど…」
「「「あ。」」」

バラムは敢えて名前を出さずにいたのだが。 あそこまできっちりと反応してしまっては、 "自分が言っています" と公言しているようなもの。 そんな彼らの反応に、カルエゴはまたもや呆れたようにため息をひとつ。 そして、当のナマエはというと…

「ふっ、ふふっ! 皆さん、私のことそんな風に思ってくださってたんですね! ありがとうございます!」
「えっ!? あっ… その… どう、いたしまして?」

それはそれはニコニコと。 心底嬉しそうに笑顔を浮かべているナマエ。 てっきりまた上手く伝わらないパターンかと思っていたのだが… 彼女の予想外の反応に、ツムルは動揺を隠せなかった。

確かにナマエは無自覚の天然ではあるが、決して鈍感なわけではない。 ここまでの流れで、ツムルたちが自分のことをいかに(同僚として)大切に思ってくれているのかということを実感し、素直に感謝の気持ちを告げたのだ。

「あっ、でも… 鼻唄は恥ずかしいから、これからは聞かないようにしてくれると嬉しいです…」
「「「っ、ッ〜〜〜!!!」」」

少し照れ臭そうにえへへと笑うナマエ。 そんな彼女にツムルたちは性懲りも無く、ガシッと胸を掴まれる。 ダリという恋人がいると頭では分かってはいても、男のさがなのか… ナマエの愛らしい言動に、心は正直に反応してしまうようだ。

そんな風に悶える彼らを見て、バラムはまたクスリと笑いをこぼす。 そして、今日まで秘めていた胸の内をゆっくりと語り始めた。

「…とまぁ、こんな具合にね。 ナマエさんのことを話すひとたちはみんな、"全く嘘がなくて幸せな表情をしてる" から。 皆さんをそんな表情にさせるあなたに会ってみたいと、そう思っていたんです」
「バラム先生…」

普段から大袈裟なほど感謝の気持ちを伝えてくれるダリたち教師陣。 そんな彼らからの信頼をより一層感じることが出来るエピソードを聞き、ナマエの胸はじぃんと熱くなる。 感謝の気持ちを伝えずにはいられなくなって、ナマエはそのままツムルたちへ向き直る。 そして…

「皆さん… 本当に、ありがとうございます!!!」
「ナマエさん…」
「僕らの方こそ、いつも本当にありがとう」

ぺこりと頭を下げながら、ナマエは心の底から感謝の言葉を口にした。 お酒の勢いもあるかもしれない。 だけど、皆を想うこの気持ちは間違いなく本物で。そんなナマエの真っ直ぐな言葉に、マルバスとイフリートは感動した様子。 彼らを包む空気はとても温かく、それでいて少しむず痒いものとなってしまい… 皆が口を閉ざした、そんな時。

「っ、さぁさぁ! お喋りはこれくらいにして! せっかくの料理が冷めちゃいますよ!」

空気を読んだツムルが、底抜けに明るい声で話題を変える。 その頬はほんのり赤く染まっていて、まるで嬉しさを隠しきれていなかったが、そこに触れるのは野暮と言うものだろう。

「ナマエさんは、いつもめちゃくちゃ働いてくれているんですから! 今日くらいは飲んで食べて、ゆっくりしてくださいね! って、どの口が言うんだって感じですけど!」
「ふふっ。 ありがとうございます、ツムル先生」
「っていうかナマエさん、もうジョッキ空じゃないですか! 次、何飲みます?」
「あっ、すみません…! それじゃあ、えっと… どうしようかなぁ…」
「バラム先生とカルエゴ先生も、飲みたいものがあればどんどん注文してください! 今日は理事長持ちなので、いくらでも…」
「大黒魔境、千年もの悪の雫。 ボトルで」
「ま、また流れるように1番高い酒を…っ!」
「それ度数めっちゃ強いやつでしょう…? ボトルなんかで頼んじゃって大丈夫です…? 」

すっかり話題は、お酒の話に。 空になったナマエのジョッキを見て、イフリートはメニュー表をナマエへと手渡す。 沢山の酒の名がずらりと並ぶメニュー表を見つめ、暫し考え込むナマエ。 そんな彼女を待つ間、マルバスが何気なく放った一言に、すぐさま反応するカルエゴ。

普段、散々に自身を振り回すサリバンへの意趣返しにと、この店1番の高価な酒をあろうことかボトルで注文しようとする彼に、周りは皆、呆れ顔だ。 しかしそんな彼らの呆れは、すぐさま驚きへと変わることとなる。

「大黒魔境… すっごく美味しそうですね! 私も一緒に飲んでいいですか…?」
「「「えっ!?!?」」」
「おっ。 もしかしてナマエさん、いける口?」
「ふふっ、はい。 実は私… お酒、大好きなんです」
「「「えぇーーッ!?!?!?」」」

本日1番の叫び声が、店内に響き渡った。 そのあまりの盛り上がりに、他のテーブルに居た者たちも何事かと視線を彼らに向ける。 そんな中、ナマエは少し照れ臭そうに笑っていて。 あんぐりと、暫く開いた口が塞がらないツムルたちなのであった。



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