第19話「あま〜い飴と、あま〜い鞭?」



「きのこは水で洗うと風味が落ちるので、汚れはキッチンペーパーなどで拭き取ります。 しいたけはこんな風に包丁で細切りに、しめじと舞茸は一口サイズに手でさいてください」
「おぉー…! すげぇー」
「さっすがナマエち! めちゃくちゃ速いね!」

皆の前で説明をしながら、手本を見せるナマエ。 さすがは、調理師免許を持つ料理人。 慣れた手つきでしいたけを刻み、しめじと舞茸を次々とさいていく。

そんな彼女の料理する姿に、ジャズは感嘆の声を上げ、クララは素直にナマエを褒めちぎる。 他の者はその流れるような手捌きにほうっと見惚れていた。

「ふふっ、ありがとう。 みんなはゆっくり、慌てずにね?」
「「「「はーい!」」」」
「それじゃあ… ここまでの説明で、何か質問のあるひとはいるかな?」
「はいはいはーい!」

きのこの下処理の方法を伝えたナマエは、質疑応答の時間を設けた。 これもサリバンたちとの打ち合わせ時に決めた調理実習におけるルールのひとつ。 生徒たちの疑問や不安を取り除くために、定期的に行うようにとナマエが発案したものだった。

料理を目一杯楽しんでもらいたい。 ナマエはその一心で、今回の調理実習に臨んでいる。 積極的に元気いっぱい手をあげてくれるリードに対して、嬉しい気持ちが溢れるのは致し方ないことだろう。 自然とニコニコ笑顔になってしまうのも、無理はない。

「はい! リードくん! どうしたのかな?」
「ナマエさんは今、恋人はいますかー?」
「っ、!」

しかし、ナマエのその喜びはすぐに萎んでしまうことになる。 リードが口にした言葉は、今回の調理実習とは全く関係のないもので。 ナマエの胸には、残念な気持ちがじわじわと膨らんでいく。

「…実習に関係のない質問には答えませんっ!」
「え〜っ!ケチ〜! あっ、もしかして… 教師寮に住む先生たちの誰かだったりして…?」
「っ、なッ−−!?」

キッパリと。 答えないと言い切った、ナマエ。 しかしそれぐらいのことで諦めるような、リードではない。 彼らはなんてったって、問題児アブノーマル。 強い興味を抱いたことには、とことん拘る者たちの集まりだ。

リードはほんの軽い気持ちで、 "教師の中の誰か" と言い放った。 冗談のつもりで言ったその言葉に、ナマエは思いのほか反応を示してくれて… "もしや図星なのでは…?" と、更に彼らの興味を引いてしまう。

「もしかして… ビンゴ?」
「もしそれが本当なら… 同じ屋根の下で暮らしてるってことだよな?」
「同じ屋根の下… ふたりは毎夜、こっそりと逢瀬を重ね…」
「ぬおおお…っ! なんと羨ましい生活…ッ!」
「こ、こらッ! なに言ってるの! もう…っ!」

勝手な妄想で沸き立つ、男子生徒たち。 そんな彼らを冷ややかな目で見る、ケロリとクララ。 エリザベッタに関しては、あらあらまぁまぁと言った具合に、のほほんと様子を眺めている。 もちろん、ナマエ信者であるアスモデウスや、ナマエの恋人が誰であるかを知っている入間が、会話に参加することはない。 何なら殺気立つアスモデウスを、入間は必死に押さえつけている。

たわい無い子どもの冗談だと、ナマエも充分に理解はしているのだが… 彼女はあくまで、ただの調理スタッフ。 料理教室の先生でも無ければ、教師でも無い。 思春期の子供たちの悪ふざけを上手に受け流す方法を、彼女は知らなかった。

「でもさでもさ! 同じ屋根の下とか、マジでちょっとエロ…
「はいはい、ストップ。 これ以上はだーめ。 ナマエさんを、困らせないように!」
「ダリ先生…!」

これ以上のプライベートへの踏み込みは許さないと判断したダリが、ついに口を挟んだ。 そんなダリからの助け舟に、ナマエは無意識のうちにホッと安堵の息を吐き出す。 しかし、問題児アブノーマルたちを侮るなかれ。 未だブーブーと文句を垂れる、リードたち。 突然の大人の乱入に、彼らは不満たらたらだ。 そしてその不満は当然の如く、ダリへと向けられる。

「えー! ダリ先生ノリ悪いよっ!! 今からが良いところだったのにぃ…!」
「僕は女性の嫌がることはしないんだよね〜! それに… しつこい男は嫌われるよ? リードくん?」
「…ちぇーっ、」

いつもの調子でリードたちの悪ふざけを軽くいなす、ダリ。 ナマエに嫌われるかもしれないと言われてしまっては、リードもこれ以上の追求は出来なかった。 彼は、渋々諦める。

「( …やっぱりさすがだなぁ、ダリ先生。 私とは違って、みんなの扱いに慣れてる。 …今のすっごく、かっこよかっ、)」
「ちなみに、ナマエさんの恋人は僕だから」
「「「「「「えっ?」」」」」」
「っ、な…ッ!」

ダリが場を収めてくれたことに感謝し、改めて惚れ直していたナマエだったが… 彼が発した言葉にピシリと体を固まらせる。 そしてそれは問題児アブノーマルたちも同じ。 皆が口をぽかんと開け、固まったままダリの方を見つめていた。

「ダリ、先生が…」
「ナマエさんの、恋人……?」
「うん、まさにその通り!」
「「「「「「はぁあああッ!?!?」」」」」」
「あははは。そんなに驚く?」

ダリがナマエの恋人。 驚愕の事実に問題児アブノーマルたちは、叫ばずにはいられなかった。 ダリはそんな彼らを、呑気に笑いながら眺めている。

「ダリ先生…っ! 何もわざわざ、言わなくても…」
「えぇ〜? みんな知りたがっていたんだし、いいじゃないですか〜! 別に隠すことでもないですし。 それにイルマくんにはもうバレてますから! ね? イルマくん?」
「えっ!? あ、はい…っ、そう、ですね…!」

わざわざバラす必要は無いだろうにと、ナマエは若干照れながらも、困った顔でダリに声を掛ける。 そんな顔も可愛いな… なんて、内心デレッとしながらも、ダリはいつもと変わらない態度でペラペラと言葉を返した。 そんな中、突然話を振られた入間はタジタジだ。

もちろん。 ふたりの関係を知っていた入間のことを、あの問題児アブノーマルたちが黙って見過ごすわけがない。

「えぇッ!? イルマくん、知ってたの!?」
「知ってたなら、どうして教えてくれなかったでござるか!?」
「っ、! だ、だって、プライベートなことだしっ、勝手にバラすのもどうかと…!」
「それなのにナマエさんのフリフリエプロン見たいとか言ってたの? うわぁ〜やっぱイルマくんはスケールが違うなぁ… 大した男だよ」
「プルソンくんっ!? それは言わない約束…っ」
「ふ、フリフリ、エプロン…?」

突然現れた "フリフリエプロン" という謎のワードにナマエは困惑の表情を浮かべる。 見事、自分たちに向いていた意識を入間へと向けることに成功したダリも、何やらいかがわしいその言葉に、ピクリと反応を示した。

「 "ナマエさんに" フリフリエプロン… ねぇ?」
「「「「「っ、…!!!!」」」」」

とても穏やかで優しい声のはずなのに。 今のダリの声はゾクっと身の危険を感じるほどの恐ろしさを含んでいて。 さすがの問題児アブノーマルたちも、これにはビクッと体を震わせる。

そんな雰囲気の中、ダリの顔を盗みを見れば… ニコニコと。 いつもと変わらないあの表情。 しかし、この場に居る全員が確かに感じ取っていた。

"ダリ先生、めちゃくちゃ怒ってんじゃん" と…

すでにご存知だと思われるが、ダリは勘が良く、視野の広い男である。 そして、言わずもがな… 誰よりも嫉妬深い男でもある。

問題児アブノーマルたちの会話を聞き、すぐに事情を察するダリ。 更にはクララが後ろ手に隠し持っている白いエプロンの存在にまで気づくのだから、本当に大した観察眼の持ち主と言えるだろう。 …ただ単に目敏いだけなのかもしれないが。

「はーい、実習に関係のない物は没収〜」
「あー!!! 私のフリフリエプロンッ!!!」
「ナマエさんメイド化計画がぁ…っ!!!」
「わ、私のメイド化、計画…?」

そこからの、彼の行動は早かった。 ニコニコと笑みを浮かべたまま流れるように魔術を使い、ダリはクララからエプロンを取り上げる。 ふわりと浮き上がるエプロンを見て、リードは思わず叫んでしまった。 …心底恥ずかしい、己の企みを。

そんなリードの叫びを聞き、やはり碌なことを考えていなかったなと、ダリは呆れ、ナマエは困惑の表情を浮かべる。

「何やらよからぬ事を考えていたようだけど… ごめんね、みんな。 "ナマエさんは僕の恋人" だから、彼女に対する恋愛関係の質問は今後一切禁止! しっかりと実習に励むように!!」
「「「「「はい…」」」」」

明るくにこやかに話すダリだったが、纏う空気は "恐ろしい" のひと言に尽きる。 そんな彼の有無を言わせない雰囲気に、問題児アブノーマルたちは、ついに諦めの意を示す。 素直に返事をし、調理実習へと集中するのだった。




「よし…っ! のこり、最後のひとつ…っ!」
「「「「「「ッ……!!!」」」」」」

入間がメインの皿の隅っこに、ポテトサラダを盛り付ける様子を、後ろから覗き込む問題児アブノーマルたち。 そしてついに13枚目… 最後のお皿。 ズシッと乗せられたポテトサラダを見て、彼らは思わず叫び声をあげた。

「「「「「「出来たぁーーーッ!!!!」」」」」」
「いや〜 料理がこんなに大変だとは思わなかった…!」
「でも… 完成した時の達成感、半端ないな…ッ!!」
「うむ…! 我ながら中々良い出来ではないか!」
「みんな、本当にお疲れさまっ! よく頑張ったね!」

出来上がった料理を見て興奮を抑えられないのか、皆が嬉しそうにはしゃいでいる。 そんな彼らの様子を見たナマエも、胸がいっぱい。 何だか無性に感動してしまって、心の底から労いの言葉をかける。

しかし、ゆっくり感傷に浸っている暇はない。 料理は出来立てが1番。 熱々のうちに食べるのが最も美味しいと、ナマエは誰よりも理解している。

『綺麗にお皿を並べて、お箸と飲み物を用意して! 終わったらすぐに席につく!』 テキパキと配膳の指示を出し、皆をテーブルにつかせる。 準備が整った頃合いを見て、ナマエは大きく息を吸い込んだ。 そして…

「それじゃあ、みんな! 手を合わせて…」
「「「「「「いただきまーす!!!!」」」」」」

ナマエの大きな掛け声に、問題児アブノーマルたちも負けじと元気に挨拶をする。 待ってましたと言わんばかりに、大きな口を開けて、皆が一斉にパクリとひと口。 今日のメイン料理、豚の生姜焼きを口に入れた。

「「「「「「っ、…ッ−−−!!!!」」」」」」
「ふふっ、自分で作った料理のお味はどう?」

たったひと口。 口に入れた瞬間に、広がるのは生姜の爽やかな香り。 下準備をしっかりと行った肉は簡単に噛み切れるほどに柔らかく、それでいてしっかりと噛みごたえもあるのだから、驚きである。 そしてなんと言っても、甘辛い濃厚なタレ。 とろりと肉によく絡み、炒めた際の香ばしさが更に食欲をかき立てた。

「うっまい…! 美味すぎるよこれ…!!」
「俺、箸止まんねぇわ…!」
「これぞまさに美味っ!! 次期魔王たるうぬに相応しい料理ではないか!!」
「これを私たちが作ったなんて、信じられないわ…っ」
「ほんと、ほっぺが落ちそう…!」
「こんなの出されたら、食いしん坊なイルマちじゃなくても、そりゃメロメロになるわな!!!」
「そっ、そうだよね…! "誰でも" メロメロになるよね…って、アズくん!? どうして泣いて…っ!?」
「っ、ッ…! イルマ様があれほど美味しいと言った、ナマエさんの料理の腕前…っ! しかと、この身で味わっているのです…っ」

ガツガツと掻き込む勢いで、料理を平らげていく男子たち。 女子たちもよほど美味しかったのか、感動しながらも箸が止まる様子はない。 クララもそのあまりの美味しさに、改めて入間の気持ちに納得をする。 アスモデウスに関しては… 感動のあまりダラダラと涙を流しながらも、黙々と食事を進めていた。

和気あいあいと騒ぎながらも食事を楽しむ彼らに、ナマエはニッコリ、大満足。 何だかんだと色々イレギュラーなことは起きたけれど、口いっぱいに頬張り美味しそうに食べてくれる姿を見れば、疲れなんて一気に吹き飛んでしまう。

今日は問題児アブノーマルクラスの彼らが主役。 それは紛れもない事実だが、本日の陰の立役者。 準備の段階から協力をしてくれた、ふたりの教師。 ふたつのお盆を持って、ナマエは彼らの元へと向かって行く。

「ダリ先生とカルエゴ先生は、こちらをどうぞ!」
「おぉ…ッ! 今日もすっごく美味しそう…っ! ありがとうございます! ナマエさん!」
「ふふっ。 たくさん召し上がってくださいね」

少し離れたテーブルで、実習を見守っていたふたり。 待ってましたと言わんばかりに両手を合わせて、すぐさま箸を手にするダリ。 そんな彼の子供のような振る舞いに、ナマエも嬉しくなって思わず笑顔になる。

「…私の分まで、よろしいのですか?」
「もちろんです! 無事に実習を終えられたのも、おふたりのご協力あってのことなので! 私が作ったものにはなりますが…」
「ふっふっふっ。 ナマエさんのご飯は、本当に美味しいですよ〜?」
「…それではお言葉に甘えて。 …いただきます」

遠慮がちに、呟くカルエゴ。 まさか自分の分まで用意してくれているとは思いもよらず、内心驚いた。 もぐもぐと、それはそれは美味しそうに豚の生姜焼きを口にしているダリ。 そんな彼を見てしまっては、カルエゴの腹の虫も刺激される一方で。 更には、ナマエの料理の美味しさを自慢げに語る彼の態度に、ついにカルエゴの我慢は限界を迎える。

手を合わせ、静かに挨拶を済ませると、カルエゴは箸に手を伸ばす。 そして、ツヤツヤと照り輝く肉を挟み口元へ。

ガブっとひと口。 口にしたその瞬間。 カルエゴの口内に、幸せが満ち溢れて行く。

「…!」
「ねっ? すっごく、美味しいでしょう?」
「……とても、美味しいです」
「お口に合って、良かったです」

ニンマリと、またもやダリが自慢げに語りかけてくるのが少し癇に触るが… 確かに、彼の言う通り。 本当に美味いのだから、反論のしようもない。 そのまま流れるように食事を進めるカルエゴ。 一般的な料理ばかりの献立だったが、高貴な生まれのカルエゴのお眼鏡にも、かなったようである。

「あーっ!!! おちゃらか先生とエギー先生が、ナマエちの作ったお肉食べてるーーッ!!!!」
「っ、!」
「あちゃー。 もう見つかっちゃいましたね〜」

そんな幸せいっぱいの食事タイムを過ごすのも、束の間。 ナマエの作った分を食べるふたりに気づいた、賑やかし担当のクララ。 そうなれば、当然。 もうひとりの賑やかし担当のリードも黙ってはいられない。

「えぇーっ!? ずっりぃー! 僕たちもナマエさんが作ったヤツたーべーたーいーっ!!」
「っ、コラ、やめんか貴様…! さすがに行儀が悪過ぎる、」
「っ、いたっ… って、えっ?」

カルエゴの前に並べられた皿から、ひょいっと手で肉を掴もうとするリードに、カルエゴは思わず声を上げた。 咄嗟にその手をはたき落とそうと手を上げるが、それよりも早く。 ナマエの白い手が、パシッとリードの手首を掴む。 そして…

「こーらっ! ひとのものは、取らないの!」
「…………」

続けて 『めっ!』 と、お叱りの言葉を告げるナマエ。 腰に手を当て怒る姿は、威厳も何もまるでない。 その可愛すぎる注意の仕方に、リードは間抜けに口を開けながら見惚れている。 そんな彼に、ハッとするナマエ。 何をどうして勘違いしたのやら。 リードが怒られて落ち込んでいると思い込んだ彼女が次に発したのは、とてもとても優しい声だった。

「食後のデザートも用意してあるから… それで、我慢できる?」
「…は、はいっ」
「うん、いい子」
「っ、ッ〜〜!!!」

素直に返事をしたリードの頭を、ナマエはこれでもかと優しく撫でつけた。 そんなナマエからの "ご褒美" に、まだまだお子ちゃまであるリードは首から耳の先まで真っ赤っか。 声にならない声を上げる。

「ぶぅーーーっ!!! ずるいずるいっ!! 私もナマエちにいい子いい子してほーしーいーーッ!!!」
「それならば私も…ッ! なんでも…! なんでもいたしますから…ッ!!!」
「ふふっ。 クララちゃんもカムイくんも、調理実習頑張ったもんね。 えらいえらい」
「っ、ひゃあぁあ……ッ!」
「…嗚呼、今ならもう、死んでもいい…ッ!!」

リード同様、真っ赤に顔を染めて瞳をキラキラと光らせるクララ。 カムイに至っては、恍惚の表情を浮かべ打ち震えている。 そんな彼らを羨ましそうに見つめるのは残りの問題児アブノーマルの面々。

ナマエは先程のリードへの叱り付けを鞭だと思い込んでいるようだが、とんでもない。 "何もしてもらえない" それこそがまさに彼らにとっての鞭だった。

「…天然も、ここまで来ると考えものだな」
「いや、本当にね…」

『あぁ… またナマエさんが僕の恋敵を無自覚に増やしている…』 そんなダリの嘆きの声は、騒がしい彼らの中心にいるナマエには届かないのであった。




「カルエゴ先生! お約束通り、おふざけが過ぎるリードくんを、ビシッと一発! しごいてやりました!」
「…今回ばかりは、ダリ先生あなたに同情しますよ」
「…カルエゴ先生に同情してもらえるなんてレアだなぁ」
「?? ど、どうしたんですか? おふたりとも…!」

そんな会話があったとかなかったとか。



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