第18話「愛を込めて献立を」



「それでは皆さん、改めまして… 今日は一日よろしくお願いします!」
「「「「「お願いしま〜す!!」」」」」

ハツラツとした元気な声が、教師寮食堂に響き渡る。 現在、ここ教師寮食堂には、大勢の悪魔たちが集まっていた。

そのメンバーは、問題児アブノーマルクラスの生徒たち、13名。 それに加えて、彼らの担任のカルエゴと、教師統括のダリ。 そして最後に、食堂スタッフであるナマエ。 計16名の大所帯だ。

「えっと、まずは… 今日の献立について説明をします。 手元にある資料を見てくれるかな?」

先程、ようやくエプロンを着用し終えた問題児アブノーマルたち。 本日の実習について本格的な説明を始めるナマエの声に、皆が素直に資料へと視線を向ける。 そんな彼らの様子にナマエはホッと胸を撫で下ろした。

食堂に今回の参加者が集まった直後、お互いの自己紹介をしたナマエたち。 問題児アブノーマルというくらいだから、一体どんな子たちなのだろうかと、少し緊張していたナマエだったが… 彼らはとても可愛らしく、素直な子たちばかりで。 気がつけば、ナマエの緊張は、すっかり解けて無くなっていた。

「本当は自分たちで献立を考えるところから始めたかったんだけど… 今回は時間が足りなかったので、私の方で考えてきました!」
「すっげぇ…っ!! 美味そーっ!」
「これを俺らが作るって、マジ?」
「楽しみですね! イルマ様!」
「すっごい美味しそうだね!! イルマち!!!」
「うん…! そうだね! アズくん! クララ!」

資料に載せられた写真を見た彼らは、それはそれは大いに盛り上がった。 嬉しそうにはしゃぐ彼らが微笑ましくて、ナマエの顔にも自然と笑顔が浮かんでくる。

彼らが大層喜んだ写真の内容は、以下の通り。

お茶碗いっぱいに盛られた、きのこたっぷりの炊き込みご飯。 栄養満点、野菜がゴロゴロと入った和風スープ。 中央のメインのお皿には、ツヤツヤと美味しそうに照り輝く豚の生姜焼き。 同じお皿の端には彩りの良いレタスやベビーリーフ、パプリカのサラダ。 そしてポテトサラダが一緒に添えられている。

「献立を考える上で最も大切なことは、主食、主菜、副菜、汁物を "意識して" 取り入れることです。 今回の場合、きのこの炊き込みご飯が主食。 豚の生姜焼きが主菜。 グリーンサラダとポテトサラダが副菜。 スープが汁物、となります」
「すっごく美味しそう…! それに、盛り付けやお皿も可愛いし…」
「ほんと! 健康にも良さそうだし、とっても素敵ね…!」

そう言ってキャッキャッとはしゃぐのは、クララを除く問題児アブノーマルクラスの女子ふたり、クロケル・ケロリとイクス・エリザベッタ。 オシャレなお皿やその盛り付けの美しさに、彼女たちのテンションは爆上がりだ。

そんな彼女たちを見たナマエは、内心ガッツポーズを決める。 やはり料理は、見た目も大事。 "美味しそう" や "オシャレ" という前向きな感情は、作る側の原動力に繋がることを、ナマエは十分なほど理解していた。

そうして、一癖も二癖もある彼らのやる気を、僅かな時間で見事に引き出したナマエ。 そんな彼女の実習の様子を、少し離れたところから見守るダリとカルエゴ。 今日のナマエに対するふたりの感想は、それぞれ全く異なるものだった。

普段からナマエと過ごすことの多いダリ。 ナマエの恋人でもある彼は、彼女の性格を熟知している。 それ故に、今回の問題児アブノーマルたちのナマエへの態度は、至極当然のものだと感じていた。

普段から仕事に真摯に向き合い、更には期待以上の成果を見せてくれるナマエ。 決してビジネスライクなものではなく、ちゃんと相手の立場になって物事を考えることが出来るナマエだからこそ、誰もが彼女に心を開いてしまうのだと、ダリは常日頃から考えていた。

一方、カルエゴはと言うと…

「( …あのアホ共を、こんなにも早く手懐けてしまうとは )」

興味のないことには、見向きもしない。 たとえ興味があっても、すぐに飽きてしまう。 そんな自由奔放な彼らのやる気を一気に引き出したナマエ。 そんな彼女の手腕に、カルエゴは感心せざるを得なかった。

そんな感想をそれぞれが抱いているとは思いも寄らないナマエ。 彼女はそのまま予定通り、実習をどんどんと進めていく。

「私たちの体は、食べたもので出来ていると言っても過言じゃありません。 もちろん、運動や睡眠、精神状態も体づくりに深く関わっているけれど、食事は健康の基礎となるものです。 だから今日は自分たちの体を労って、沢山の栄養を取れるように "意識して" 調理するようにしましょう!」
「「「「「はい! "ナマエ先生"!!」」」」」
「っ、!」

ナマエの教師然とした懇切丁寧な説明を聞き、元気よく返事をする問題児アブノーマルたち。そんな彼らに先生と呼ばれ、嬉しいような恥ずかしいような… そんな気持ちがナマエの心をいっぱいにする。

「わ、私はただの食堂のスタッフだから…! 先生だなんて、そんな…っ、畏れ多いというか…!」
「ナマエさん、ガチ照れじゃん。 かっわいー」
「ほんとほんと! 真っ赤になっちゃって! あざと可愛い!」
「大人女子が照れる姿…っ! まさに至高…ッ!!!」
「ヌシは本当にブレないな…」

真っ赤になって慌てる彼女を可愛いと連呼する、ジャズとリード。 カムイに至っては、目をギンギンに血走らせながら、ナマエの照れる姿をこれでもかと目に焼き付けている。 そんな通常運転なカムイに対し、サブノックは呆れたように突っ込みを入れた。

ただやる気を引き出すだけでなく、あっという間に問題児アブノーマルたちの心を掴んでしまった、ナマエ。 ワイワイと騒がしい彼らの中心にいるナマエを見て、カルエゴは思わずボソリと呟く。

「…やはりアレは "天然" ですか」
「あはは… さすがは、カルエゴ先生。 お察しの通り… 無自覚なんですよね、彼女…」

カルエゴの呟きに、ダリは困ったような口ぶりで返事をする。 彼の言う通り、ナマエには相手を無自覚に魅了してしまう "何か" がある。 それは、彼女の醸し出す雰囲気だとか、素直で可愛らしい反応だとか… 考え出したらキリがないのだが。 そんな彼女の魅力を、最もその身を持って実感しているであろうダリが言うのだから、説得力は充分。 カルエゴは、なるほどな… と、すぐに得心がいった。

「誰彼構わず虜にしちゃうもんだから… 僕も本当に困ってるんですよ…」
「…せいぜい横から掻っ攫われんよう、頑張ってください」

先日の飲み会の時や、愛妻弁当を食べる時。 デレデレとだらしないダリの姿を見て、呆れる他なかったカルエゴだったが、今ばかりは少し同情する。 ダリのあまりに切実過ぎる言葉に対し、カルエゴにしては珍しく… 精一杯の柔らかい表現で言葉を返すのだった。




「それにしても… 自分で栄養のバランスなんて考えたこともなかったなー」

調理を始める前の手洗いをしながら何気なく呟いたのは、リード。 食堂のテーブルの上に並べられた沢山の食材を、興味深そうに眺めている。

「俺も。 飯なんてパパッと食べられればそれでいいって感じだったし」
「おっと、それはいけないねぇ〜!」
「「! ダリ先生!」」

呟いたリードに同調したのは、ジャズ。 彼もまた、食材に視線を向けながら、ほんの軽い気持ちで呟いた。 そんな彼らの前に、ひょこっと顔を出して現れたのは、ダリ。 彼の突然の登場に、ふたりは驚きの声を上げる。

「僕たちもナマエさんが食堂のスタッフになるまでは、自分たちで食事の準備をしていたんだけどね… いやぁ、もうあの頃の生活には絶対に戻れないなあ〜」
「ど、どうしてですか…?」

当時を思い出しているのか、ダリは遠い目でしみじみと呟く。 "絶対に戻れない" その言葉が、リードたちの興味を誘った。 一体どんな理由が…? ふたりの胸にはそんな疑問が浮かび上がる。 湧き上がる好奇心には勝てなくて、ジャズが流れるように問い掛けると、ダリはにっこり。 いつもの笑みを浮かべる。 そして…

「そんなの、ナマエさんの料理が、とぉーーーーーーーっても、美味しいからに決まってるじゃないか!」
「えっ?」
「そ、それだけ…?」

ナマエの料理が美味しいから。 ただそれだけのことを自信満々に言ってのける、ダリ。 そんなあまりに普通な答えに、リードとジャズは呆気に取られる。 何なら少しがっかりしているようにも見えて、ダリは思わず反論を返した。

「それだけって… 他にどんな理由があるんだい?」
「いや… 何か特別な魔術とか、そういうのがあるのかと…」
「食べるだけで怪我が治ったり、元気になれたり、とか…」
「怪我が治ることはないけれど、元気になれるのは確かだから、あながち間違いではないね!」
「「えぇー…」」

それはあまりにも都合が良すぎるんじゃ…? ダリの発言に、ふたりは訝しげな視線を彼に送る。

普段、ダリとそこまで関わることのないリードとジャズ。 ふたりのダリの印象は "ノリが良く、感じの良い、楽しい先生" というものだったのだが… そんな彼がここまで我を通す様子に少し違和感を覚える。

美味しいのは、分かった。 配られた資料を見ても、それは明らかである。 しかし、"本当にそれだけなのか?" 新たにそんな疑問が生まれるのも、致し方ないことだろう。

「いくら美味しいって言ってもさぁ、たまには魔ッ苦とかカップ魔ーメンとか… そういうガッツリジャンキーなものも食べたくなるんじゃないの?」
「分かる分かる! 無性に食べたくなる時あるよな〜」
「うんうん、確かに! ナマエさんの料理を食べるまでは、僕も同じことを考えていたよ」
「「えっ?」」
「だけど、ナマエさんの料理を毎日食べている僕から言わせてもらえば… カップ魔ーメンや魔ッ苦で済ませちゃおうなんて発想は、今では "皆無ゼロ" だね!」
「「ま、マジ…?」」

声高らかに。 皆無ゼロだと宣言する、ダリ。 そのあまりに堂々とした振る舞いに、リードとジャズは気圧される。 しかし、そんなはずはない! と気合を入れ直し、ダリへと反論を繰り出した。

皆無ゼロなんて、絶対にあり得ませんよ…!」
「だって、みんな大好きハンバーガーにフライドポテト、フライドチキンですよ!?」
「ふっ。 甘いね、君たち…」

一度食べたら、忘れられない。 病みつきになるほどのあの美味しさを、リードとジャズは知っている。 そんな気持ちをぶつけるように熱弁するふたりだったが… ダリは余裕たっぷりの笑みを浮かべながら、これまた自信満々に答えを返してみせた。

「ナマエさんのメニューは、ハンバーガーもフライドポテトもフライドチキンも… 全て網羅しているよ…っ!」
「「な、なんだって…っ!?」」

まさかの返答に、驚きを隠せないふたり。 更に追い討ちをかけるかのように 『もちろん美味しさは言うことなし! その上、栄養バランスも考慮されてるからね!』 と、ダリが言葉をつけ足せば、彼らに反論の余地はなかった。 "あの美味しさを店でなくとも味わえるなんて…" と、リードとジャズは謎の敗北感に襲われる。 しかしそこで、ハッと何かを思い付いたかのようにジャズが顔を上げた。

「! そ、それじゃあ… 魔ーメンは!?」
「そ、そうだ…! 魔ーメン…っ! さすがに魔ーメンは無理でしょ!?」

魔ーメン。 専門店レベルのものを作るには、かなりの時間と労力、そして知識と経験を必要とする代物だ。 さすがにこれは無理だろう…! 無理であってくれ…! そんな想いと願いを込めて、言い放ったふたり。 しかし無情にも。 ダリの表情が崩れることはなく、むしろ更に機嫌を良くして笑みを深めていて…

「ふっふっふっ。 ざーんねん。 魔ーメンも、ナマエさんにかかれば、プロ顔負けの味になるんだよね〜!」
「う、うそだろ…っ!?」
「何でもアリかよ…!?」
「麺は言わずもがな、ナマエさん特製の自家製麺! 豚骨や鶏ガラ、野菜を何日も煮込んで作るスープは絶品の一言! いやぁ… あれには本当、驚いたなぁ!」
「ちょ、ちょっとダリ先生…!? 大袈裟なこと言って、みんなに変なこと吹き込まないでください…っ!」

そこでようやく、手洗いを済ませたナマエが騒ぐダリたちに気づき、傍へとやって来る。 大袈裟なほどに自身を褒めちぎるダリにナマエは慌てて否定の言葉を口にするが…

「えぇ〜? 大袈裟なんかじゃないですよ〜! ナマエさんは自分を過小評価しすぎです!」
「そ、そんなことありません…! 私は私に出来ることをやっているだけでそこまで大層なことは…」
「「いやいやいや…!」」

リードとジャズ、ふたりの声が見事に重なる。 片手を顔の前でフリフリとする仕草を見せながら、今度はふたりがナマエの言葉を全力で否定した。

「魔ーメンを麺から作るとか… そりゃ大層なことでしょ…っ!!」
「俺、前にテレビで見たけど… 魔ーメンのスープってめちゃくちゃ煮込むの大変なんだぜ…」
「うんうん。 ようやく君たちも、ナマエさんの凄さが分かったようだね!」
「もう…っ! だから、ダリ先生は大袈裟なんですってば…!」

ダリを再度たしなめたあと、ナマエはそっとリードとジャズに近づく。 そしてこっそりと、耳打ちをした。

「本当に、真に受けないでね…?」
「「っ、−−−!!!」」

申し訳なさそうに眉を下げながら囁く、優しい声。 近くでふわっと香るのは、控えめなシャンプーの匂い。 そんな甘い刺激に、ピシッと固まる男ふたり。 さりげなく振り撒かれる大人悪魔の魅力に、まだまだ子どもな彼らはタジタジだ。

「さぁ、みんな準備は出来た? それでは、調理を始めましょう!」
「「「「「はい!!!」」」」」

ナマエの掛け声に、元気に返事する問題児アブノーマルたち。 しかしその内の2名。 リードとジャズだけは、顔を真っ赤にして小さく返事を返すことしかできなかった。




「またナマエさんの魅力に落ちた男が、増えてしまった…! それも… ふたりも…っ!」
「…自業自得なのでは?」

嘆くダリの声と、カルエゴの呆れたような呟きは、張り切るナマエには届かないのであった。



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