第17話「調理の前に自己紹介!」



「すっげー! ひろーい!」
「先生たちは普段、こんな良いところでメシ食ってんだなー」
「ねぇねぇイルマち!こないだの試食会もここでやったの!?」
「うん、そうだよ!」
「さすがはイルマ様…! バビルスの教師のみが入れるという、気高き文化財であるこの寮に、一度や二度ならず三度までも…ッ!!」
「でもそれ、完全に理事長のコネだよね」
「女教師は…っ! 女教師はいないのですかっ!?」

それはそれは、騒々しく。 食堂に入った途端、ワイワイと騒ぎ始めるのは、悪魔学校バビルスの問題児アブノーマルクラスの生徒たち。 綺麗に手入れされた室内は、さながらホテルの大食堂のようで。 彼らのテンションを上げるにはもってこいの素材だったらしく、各々が好き勝手に騒ぎ立てていた。

「粛に」

しかし、それも束の間。 それほど大きな声ではなかったが、明らかな威圧を含んだその声は、騒がしい食堂にこれでもかと響き渡る。 その直後、シンと静まり返る室内。

本日の引率であるカルエゴは、ハァとひとつため息を吐き出すと、呆れたように口を開いた。

「貴様ら… 到着して1秒で、よくもそこまで騒げるな…」
「だって、教師寮なんて滅多に来れないしー?」
「イルマくんが言ってた "ナマエさん" の料理も気になるしな〜 …っ、痛っ!?」

ジャズが何気なく発した言葉に、カルエゴはすかさず反応する。 その浮かれた発言を掻き消すように、ジャズの頭にそれはそれは痛そうな、ゲンコツが落とされた。

「今回の目的を忘れるな、アホ共。 貴様らは呑気に食事をしに来たのではない。 "調理実習" を、しに来たのだ。 お客気分でいるのなら今すぐ帰れ。 実習の邪魔だ」
「えっ、なんかいつにも増してめちゃくちゃ機嫌悪くない…?」
「元から陰湿で人相悪いのに、更にそれが際立っ… いだだだっ!」
「暴力反対! 鬼! 陰湿悪魔…ッ!!」
「これは暴力ではない。 "教育的指導" だ」

今日は待ちに待った、調理実習の日。 リードとジャズに限らず、楽しいことが大好きな彼らは、いつもとは違う一風変わった授業内容に全員が心をウキウキと弾ませていた。 そんな彼らの浮ついた心を見透かしているカルエゴ。 見せしめの意味も込めて、リードたちに "教育的指導" を行う。

懲りずに悪態を吐くお調子者ふたり組のこめかみを、カルエゴは容赦なくグリグリと押さえつけた。

「あははは! 今日も相変わらず、手厳しいですね〜! カルエゴ先生!」
「! この声は…!」
「おちゃらか先生だ…!」

カルエゴがリードとジャズに "教育的指導" を行なっていた、その時。 何とも楽しげで陽気な声が、食堂に響き渡る。 その声にいち早く反応したのは入間。 続いて、クララもすかさず反応する。

そして、くるりと全員の視線が、食堂の入り口へと向けられた。 そこにはクララの予想通り、いつもと同じようにニコニコと笑みを浮かべるダリの姿と… その隣で穏やかに微笑む、美しい女性の姿。

「やぁ、みんな! よく来たね! いらっしゃい!」
「こんにちは。 食堂スタッフのナマエです。 みんな、今日はよろしくね」
「「「「「「…………」」」」」」

鈴のような可愛らしい声で、挨拶をするナマエ。 問題児アブノーマルたちを見つめる瞳は、嬉しそうに細められ、それはそれは慈愛に満ちている。 そんな彼女を目の前にして、彼らが固まること数秒。 最初に我に返ったのは、未だカルエゴにこめかみを押さえられている、リードだった。

「いやいやいやいや…! めちゃくちゃ美人じゃんッ!!!」
「えっ、?」
「食堂スタッフって言うから、もっとこう…! お母さん的な何かを想像してたのに…!!」
「食堂のおばちゃんならぬ、食堂のお姉さん…ですとッ!? 何という甘美な響き…っ!」

予想を良い意味で裏切られ、思わず熱く語るリード。 そんな彼に続いて熱く語り始めたのは、カムイ。 恍惚とした表情で喜びを露わにしている。

ふたりの言葉はあまりに唐突で、ナマエは理解が追いつかない。 口をポカンと開き呆気に取られるが、それもほんの束の間。

「ぎゅーっ!!!」
「っ、わわっ!」
「にししっ」

ギュッと突然。 腰に抱きつかれる感覚。 思わず驚き、声を出してしまったナマエを嬉しそうに見上げるのは、緑髪の可愛らしい女の子。

「めちゃデビかわいいね!! ナマエちって呼んでいい!?」
「えっ!? ナマエ、ち…?」
「うん! ナマエち!」
「コラ…ッ! やめんかアホクララ!」
「すみませんナマエさん…! ほらクララ! ナマエさんが困ってるから…!」

次々に訪れる嵐のようなやり取りに、目を白黒とさせることしか出来ないナマエ。 そんな彼女を見た、アスモデウスと入間は慌ててクララを彼女から引き離す。

しかしそんな彼らの苦労も虚しく、その後もナマエに次々と話し掛けていく問題児アブノーマルたち。 そんな彼らに、ナマエはいっぱいいっぱい。 タジタジである。

「いやぁ、予想通り! みんな大いに盛り上がってますね〜!」
「全く…! 馬鹿みたいに浮かれおって、このアホ共は…!」

そんな彼女たちを呑気に眺めるのは、ダリ。 楽しそうにあははと声をあげて笑っている。 カルエゴは額に手をやり、ハァとため息をひとつ。 浮かれ騒ぐ彼らには、怒りを通り越して呆れる他なかった。

「ちょ、ちょっとみんな…っ、ま、まって、」
「はいはいはーい! みんな一旦、落ち着こうか〜!」

若者の勢いを舐めていた… と、ナマエは後悔する。 あまりの押しの強さに、ナマエはお手上げ状態。 ほぼ半泣き状態で、助けを求めるようにダリの方へ視線を向けると、彼は待ってましたとばかりにニッコリと笑う。 そしてパンパンと手を鳴らしながら、ダリは大きな声で叫んだ。 鶴の一声ならぬダリの一声に、皆が一斉に彼へ視線を向ける。

「ナマエさんとは初対面の子がほとんどだし、まずは軽く自己紹介から始めようか! それじゃあ… まずはナマエさんから!」
「っ、は、はい…!」

嵐が過ぎたと安堵したのも、束の間。 トップバッターで自己紹介を振られたナマエは、少し驚きはするものの、慌てて返事をする。 そして一度深呼吸し、真っ直ぐ彼らを見つめると、ゆっくりとその口を開いた。

「えっと… ミョウジ・ナマエです。 今年から教師寮食堂の調理スタッフとして、ここで働いています。 今日はみんなに料理の楽しさを知ってもらえるよう精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!」

ペコリと頭を下げた彼女に、ワッと盛り上がる生徒たち。 パチパチと鳴る拍手の音に、ナマエはホッと胸を撫で下ろした。

「それじゃあ、次は…」
「はいはーい! 次、わたしわたしッ!!」
「! あなたは、さっきの…!」

元気よく手を上げたのは、先程ナマエの腰にタックルをかました、クララ。 彼女は嬉しそうに笑いながら、さっそく自己紹介を始める。

「私、クララ!! あんね、イルマちがナマエちのこと、すっごーく嬉しそうに話すから、むきーってなってたんだけど…」
「えっ…?」
「わたしも一目見て、ナマエちのことすっごく気に入っちゃった! だから、イルマちをうまうまごはんで誘惑したことは許してあげるね!」
「う、うまうまごはんで、誘惑…??」
「ちょ、ちょっと、何言ってるのクララ…っ!」

クララの自由奔放な発言に、慌てる入間。 またもや訪れる嵐のような言葉の数々に、ナマエは何が何だか分からない様子。

「おい、アホクララ…! 一体何度言えば分かるのだ! 考えなしに行動するなとあれほど…っ!!」
「も〜、アズアズは相変わらずお堅いなぁ〜 そんなんだから、ヘンテコ頭なんだよ!」
「髪型は関係ないわっ! というか、私の頭はヘンテコではないッ!!」

目の前で繰り広げられる、怒涛の会話のラリー。 その熱量の多さに、これまたナマエは呆気に取られる。 ぽかんと口を開くナマエに気がついたアスモデウスはハッと我に返り、ごほんと咳払いをひとつ。 そしてナマエに向き直り、少し気まずそうにその口を開いた。

「こ、これは、大変失礼いたしました… 私は、アスモデウス・アリス。 本日は貴重な休日にも関わらず、このようなお時間をいただき、誠にありがとうございます。 このアスモデウス・アリス… 全身全霊をもって、調理実習に臨む所存でございます」

先程までの激しい姿はどこへやら。 ピシッと姿勢を正し、華麗な礼まで見せるアスモデウス。 そんな彼のギャップの激しさに、ナマエは戸惑いながらも何とか言葉を返す。

「ご、ご丁寧に、どうもありがとう… でも、そんなに畏まらなくてもいいからね…?」
「! お心遣い、感謝いたします…!」

ナマエからの気遣いに、アスモデウスは感激の表情を見せる。 その姿はさながら、主人に褒められた犬のよう。 クララに引き続き、アスモデウスにも何故か気に入られているナマエ。

ふたりがナマエを気に入っているのには、それぞれ理由ワケがあった。

クララは、完全に "一目惚れ" だった。 ナマエを一目見たその瞬間、彼女の纏う雰囲気や声や表情に、一瞬で心を奪われてしまったようで。 入間を取られてしまうかもという不安や心配は一気に吹き飛び、思わずあのような行動に出てしまったのだ。

アスモデウスに関しては、ひとえに "ナマエは入間が認めた悪魔" だと言うことが、理由の大半を占めていた。 尊敬してやまない入間を唸らせるほどの料理。 それを作ったナマエを、尊敬しない道理はない。 その料理のノウハウを手に入れようと、今日の彼はやる気に満ち溢れているのである。

「ちょっとちょっとー! イルマ軍ばっかりずるいじゃん〜!」
「俺たちにも自己紹介させてよ」

クララとアスモデウスの紹介がひと通り終わったところで、次の嵐が訪れる。 ふよふよと空中に浮かびあぐらをかく元気いっぱいな男の子と、色っぽいタレ目が印象的な男の子。 これまた、クセの強そうなふたり組である。

「僕はシャックス・リード! 趣味は、マジカルストリートで買い物をすること! 絶賛、恋人募集中でーす!」
「リードお前、趣味はゲームじゃなかったか?」
「ちょっとちょっとジャジー! 余計な口挟まないでよ!」

明るくノリノリで自己紹介をするリードに対し、すかさず突っ込みを入れるジャズ。 そんなふたりの楽しい掛け合いに、ナマエはふふっと笑みを浮かべる。 この子達は、案外普通の男の子かも! そんなことを思ったナマエだったが…

「俺はアンドロ・M・ジャズ。 好きなものは、お金と盗み」
「盗み…?」

何とも物騒な言葉が聞こえ、ナマエはオウムのように同じ言葉を繰り返した。 もしや聞き間違いかと、ナマエはこてんと首を傾げるが、その直後。

「はい、コレ。 お返ししまーす」
「! これ…! 私の髪留め…!」
「次からは気をつけてくださいね」
「…肝に銘じます」

パッと開いたジャズの手の平から現れたのは、ナマエのお気に入りの髪留め。 慌てて自分の前髪に触れれば、そこにあるはずのものはなくなっていて。 普通だなんて、とんでもない。 随分と手癖の悪い子だと、呆然とするナマエにニヤリと笑みを浮かべながら、ジャズはそっと髪留めをナマエの手に握らせた。

「…なーんか、自分だけカッコつけてない?」
「そーだそーだッ!! ナマエちの前だからって、いつもよりワーってなってんのバレバレだかんねっ!!」
「まさに自己陶酔。 今のお前見たら、師匠クソ軍曹に一生笑いのネタにされるゾ」
「っ、ちょ、やめろよお前ら! 恥ずいだろ…ッ!!」

自分でも格好つけていた自覚があるのか、ジャズの頬はほんのりと赤く染まる。 そんな彼をこれでもかとイジり倒す問題児アブノーマルたち。 何だかんだと大人ぶっていても、中身はまだまだ10代の子ども。 彼らの年相応な面が垣間見え、ナマエはほっこりと胸が温かくなった。

そうしてその後も、問題児アブノーマルたちの怒涛の自己紹介が続けられた。 全員が紹介を終える頃には、ナマエの体力はかなり消耗されていて。 今から調理実習なんて出来るのだろうか… そんな一抹の不安が脳裏によぎるけれど、何とか自分を奮い立たせる。

「それでは、今からエプロンを配るので、各自身につけてください!」

実習用に準備したエプロンを配り、身につけるよう指示を出す。 素直に従う彼らを見て、ナマエはひとまず、ひと安心。 ふぅと、ひとつ息を吐き出すと同時、隣にダリがひょっこりと顔を出した。

「いやはや、どうもお疲れ様です!」
「…ダリ先生、私がみんなに囲まれてるのを見て、めちゃくちゃ面白がってたでしょう?」
「あはは! バレてました? いや〜! 困ってるナマエさんも可愛くて、つい!」
「もう… またそんなことばかり言って…!」

クララやリードに囲まれて困惑している時、ダリが少し離れたところでゲラゲラと笑っているのを、しっかりと目撃していたナマエ。 カルエゴには心底同情したような視線を送られ… そんな彼らの態度に、ほんの少しだけ。 ナマエは不満を感じていたのだ。

にも関わらず。 悪びれる様子が微塵もないダリ。 冗談なのか本気なのか… いつもと変わらずナマエを可愛いと恥ずかしげもなく言ってのける彼に、ナマエは呆れ顔だ。

「…彼ら、中々 "クセ" があって面白いでしょう?」
「そうですね… 確かに色々と問題児アブノーマルでは、ありますけど…」

そう言って、ナマエは一度言葉を途切らせる。 配ったエプロンを着るだけなのに、何がそんなに楽しいのか。 ワイワイと騒ぎ、笑い合う彼らを見て、ナマエは優しく微笑む。 そして…

「みんな、素直でいい子たちですね」
「…! そうでしょう、そうでしょう! 彼らもまた、大事な大事な、魔界の宝ですから」

これからの未来を背負って立つ彼らを、ふたりは微笑ましげに、見つめるのだった。




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