第14話「料理に火力は必須です」



「イフリート先生の炎で、料理をすればいいんじゃないですか!?」
「「「えっ?」」」

教師寮、食堂キッチンにて。 ロビンの一際大きな声が響き渡る。 良案を思いついたと、キラキラ瞳を輝かせるロビン。 その姿はさながら、褒めて褒めてとねだる犬のようだ。

しかしそんな彼の言葉に、呆気に取られるのはナマエとダリ、そしてイフリート。 まさかのロビンからの提案に、3人はぽかんと口を開けている。

「…いやいやいや。 それはどうだろう、ロビン先生」
「さすがにイフリート先生に、そんなことをお願いするわけには…」
「いや、僕は全然構わないですけど」
「えっ?」
「ほら〜! だから言ったでしょ!!!」

まるで全然気にしないとでも言うかのように、あっけらかんとした態度を見せるイフリート。 続けて、ほれ見たことかと、ロビンは鼻を高くする。 まさかイフリートが了承するとは思わず、ナマエはまたもやぽかんと口を開けることしかできなかった。

何故、彼らがこのような会話をしているのか…
時は、半刻ほど前まで遡る。




「キッチンのコンロが使えなくなった…?」
「はい…」

しゅんと眉を下げながら、ダリに相談を持ちかけたのは、食堂スタッフのナマエ。 元気のないその姿からは、彼女が相当落ち込んでいるのが伝わってきて、ダリは思わず頭を撫でそうになるけれど。 真剣な話の最中にすべきじゃないと、何とか思い止まった。

「先程、業者の方に見ていただいたんですが、どうやら寿命が来ているみたいで…」
「この寮も随分古い建物だしねぇ。 どこにガタが来ててもおかしくないけど…」

そう言って、ダリはキッチンへと視線を向けた。

ナマエが毎日綺麗に手入れをしているおかげか、キッチンは清潔で、きちんと整理整頓がされている。 問題となっているコンロも、見た目はいつもと何ら変わりはない。

しかし、シンクのすぐ隣の調理台には、綺麗に切り分けられた大量の食材たちが所狭しと並んでいる。 ボウルやトレイに溢れんばかりにたっぷりと詰め込まれているその様子を視界に入れて、ダリは無意識のうちにポロッと呟いてしまった。

「夕飯の材料、沢山余っちゃいますよね…」
「私も作りたいのは山々なんですが、火が使えないことには、どうしようもなくて…」

食材の準備をし、いざ調理を始めようとしたところで発覚した今回の件。 ナマエは目に見えてがっくりと肩を落とし、さらに申し訳なさそうに、頭を下げた。

「日頃から、きちんと点検をしておくべきでしたよね… 本当に、ごめんなさい…」
「! いやいやいや! ナマエさんを責めるつもりは全くありませんよ…! 頭を上げてください!」

元来、真面目な性格のナマエは、自分の落ち度を認め素直に謝罪する。 毎日、調理器具などのチェックを怠らなかった彼女だが、キッチンのシステム的な部分までは気が回らなかったようだ。 キッチンを管理する以上、それも自分の役目だったのだと、今回の件で痛感したようで… その落ち込み具合は火を見るよりも明らかだった。

そんな彼女の落ち込みっぷりに、ダリは慌ててフォローの言葉を掛ける。 自分の無神経な呟きが、彼女の傷に塩を塗ってしまったのではないかと必死に弁解するけれど、ナマエの表情が晴れることはなく…

「( やって、しまった…! どうすればナマエさんを笑顔にすることができるっ!? 考えろ…! 考えるんだ…! )」

恋人として、いや、それ以前に、上司としてあるまじき行為。 直属の上司ではないが、紛れもなくナマエはダリの庇護下で働く職員だ。 そんな彼女を無意識のうちに傷つけるなど、言語道断。 ダリの責任者としての誇りが、それを許さなかった。

「業者の方の話によれば、修理に3日ほどかかるようです… それまでは大変申し訳ないのですが、コンロを使わなくて済む簡単なものを作るか、デリバリーを利用するか、どちらかで…」
「っ…嫌ですっ!!!!」
「…!」

突然ダリから向けられる否定の言葉。 ナマエは驚きを隠せず、目を見開く。 ダリから発せられた "嫌" という言葉の意味がよく分からない。 困惑した表情で彼を見つめれば、返ってきたのはとても真剣な表情だった。

「僕はナマエさんの料理が食べたいです…っ!」
「ダリ、先生…」
「デリバリーなんてもってのほか…! 僕はたとえおにぎりひとつだとしても、ナマエさんが作ったものじゃなきゃ嫌です!!」

それはそれは大きな声で、ハッキリと断言するダリ。 その身勝手な発言は、もはや我儘を通り越し、逆に清々しいほどである。 もちろんダリ自身、それが罷り通るとは微塵も考えていない。 要は、気持ちの問題なのだ。 自分はナマエの料理が食べたい。 その気持ちをぶつけることが、ナマエに元気を与える最善の策だと判断したのである。

「ふっ、ふふ…っ」
「!」

そして、ダリのその判断は間違っていなかった。 ナマエは口元に手をあて笑いを堪えようとしているが、その肩はふるふると震えている。

「ダリ先生にそこまで言ってもらって、落ち込んでる場合じゃありませんよね…!」
「ナマエさん…!」

『何か良い案がないか、考えてみます』 そう言って笑うナマエには、先程までの悲壮感は見られない。 その笑顔を見て、ダリは心の底から安堵した。

「でもさすがに、おにぎりだけ、というわけにはいきませんもんね…」
「僕は全然それでも問題ないですが…」

ナマエのおにぎりの美味しさは、その身を持って知っているダリ。 ダリのこの言葉は本心だが、物足りないというのも一理ある。 うーんと頭を悩ませて、何か方法がないかナマエと共に頭を悩ませた。

「電子レンジやオーブンは使えるので、いくらでもやりようはあるんですが…」
「…作れるメニューは限られますよね?」

食堂のキッチンは、ガスコンロ。 電気を使う調理法ならば、何も問題はない。 しかしダリの言う通り、レンジやオーブンだけで調理が済む料理は意外にも限られている。 そしてそれ以上に、そこには問題が。

「作る量が多いので… ものすごく時間がかかっちゃうんです…」
「あぁ、なるほど…」

食欲旺盛な成人男性である、教師陣。 彼ら全員分の量を作るには、たった1台しかないレンジやオーブンだけでは心許ない。 どうしたって、時間がかかってしまう。

「…うーん、どうしたもんですかねぇ」
「余った食材は明日に回すことが出来ますし、やっぱり… 今日のところはデリバリーにしたほうが…」
「それはダメです!!!」
「そ、そうですよね…」

思わぬに壁に突き当たる、ふたり。 そうこう悩んでいるうちに、時間は刻一刻と過ぎていく。 調理時間のこともあり、再度デリバリーを提案したナマエだったが、ダリはキッパリとそれを却下。 こうなればもう、意地でもナマエに料理を作ってもらわなくては。 ダリはそんな謎の使命感でいっぱいだった。

「他の先生方にも何か知恵をお借りできないでしょうか…?」
「そうだね… みんなにも相談してみましょう!」

そう言って、ダリはさっそく教師陣を食堂に招集するため動き出す。 彼らを待つ間、ナマエは余った食材を確認しながら、今の状況でも作れるものがないか、もう一度頭を働かせた。

ダリの一声で続々と集まる、教師陣。 ダリとナマエから事の詳細を聞き、共に頭を悩ませたのだが… 大きな声で自信満々に言葉を発したのは、バルス・ロビン。

そうして、冒頭のシーンへと繋がるのである。



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