第13話「勝利の美酒に酔いしれて」



「ロン!」
「うおっ、マジかっ!?」

ツムルがかわへ牌を捨てたその瞬間。 オリアスが声高らにアガリを宣言する。 手牌てはいを倒し、やくを数えようと、彼は続けて口を開いた。

「リーチ、タンヤオ、ドラ1、裏ドラは…… 乗らない…! 」
「あっぶねぇ…! 裏乗ってたら、跳満はねまんじゃん…!」
「あはは、惜しかったね〜 オリアス先生!」
「くそっ…っ!」

"裏が乗っていれば跳満はねまん"
この言葉が、何度もオリアスの頭で繰り返される。 たらればで話をするのはオリアスの信条に反しているが、今回ばかりは口惜しい。 ダリの余裕の態度も相まって、彼は悔しそうに頭をかいた。

「オリアス先生に5200点… 今の皆の点数は…」

イフリートの言葉に、皆がスコアボードへと視線を向ける。

ダリ、24000点。 オリアス、32100点。 ツムル、23800点。 イフリート、20100点。

現在、オリアスが一歩リード。 先程までと同様、またしてもその持ち前の運の良さを発揮して、オリアスが優位に立っていた。 そして次は、ダリが親で迎えるオーラス。 最後の一局だ。

「ここでデカイの引いたら、勝てる…!」
「まだまだ勝負は分からないよね…」
「絶対、逃げ切ってやる…」
「あはは、みんなすごいやる気だなぁ… ナマエさんが僕の恋人だってこと、忘れてないですか?」

ナマエの恋人であるダリを差し置いて、勝利を貪欲に狙いに行くオリアスたち。 必死さを隠そうともしない彼らに、ダリはもはや怒りを通り越して呆れ顔だ。

「あ、あの、皆さん…? 私はお休みがなくても全然平気ですし、そこまで必死にならなくても…」

オリアスたちがこれだけ必死になるのは、ひとえにナマエとのカフェデートを満喫、そして独占するため。 しかし当の本人ナマエは、彼らがそこまで必死になる理由をよく分かっていなかった。

もちろんナマエも、そこまで鈍感ではない。 オリアスたち教師陣が、自分のことを大層気に入ってくれていることは伝わっている。 しかしそれはあくまで、"同僚として" 。 自身の料理を気に入り、その延長線上。 同じバビルスの仲間として仲良くしてくれている、そう考えていた。

よって、ナマエの頭はひとつの結論へと辿り着く。 オリアスたちは、休みのない自分を不憫に思い、ここまで必死に勝負してくれているのだ、と。

「「「( 僕(俺)たちは、あなたとデートがしたいんですよ…!)」」」
「っ、ぶっ、くっ、あははっ! まっっったく、伝わっていないようですね! みなさん!」
「くっそぉ… めちゃくちゃ腹立つ笑い方…!」
「今に見てろ…! 絶対、勝ってやりますからね…!」
「……能力、使ってやろうかな」
「な、なんか、さらにやる気が出てませんか…?」

普段からダリのバリケードがある手前、ナマエへの好意を露骨に態度には出せなかったオリアスたち。 その結果がここへ来て彼らの邪魔をする。 ナマエには、1ミリも彼らの好意 ( 恋愛的な意味の ) が伝わっていなかったのだ。 …ナマエもつくづく、罪な女である。

そんなやり取りをしてる間に、全自動の魔雀卓は新しい配牌はいぱいを終える。 目の前に配られた牌をくるりと立ち上げて、彼らは各自、理牌リーパイ(手牌を分かりやすく並び替えること)を行った。

「( 手牌は… よしっ、これならアガれる…! )」

内心ガッツポーズを決めたのは、オリアス。 自身の牌を見たその瞬間、彼は己の勝ちを確信した。

綺麗に階段状に並ぶ牌。 その組み合わせが、すでに2つ。 残りの牌も決して悪くない。 初手からこの手牌は、まさに "幸運" だった。

そして最後の一局が開始される。 親のダリが牌を捨て、その後は順に牌を取っては捨ててを繰り返す。 そんな中、着々と牌を揃えていくオリアス。 しかしダリも調子が良いようで、先程の順でリーチをかけていた。

これは一刻も早くアガらなければ… オリアスの心に焦りが生まれ始める。 そんな時だった。

「それにしても… オリアス先生には、感謝しなければいけませんね」
「えっ…?」

徐に、ダリがゆっくりと口を開き、語り始める。 その声色は普段の彼と何ら変わりなく、オリアスは思わず呆気に取られた。

「まさかこんなにも素晴らしい提案をしてくれるなんて! 僕にとっては最高の "ご褒美" ですからね!」
「…余裕かましていられるのも、今のうちですよ」

これは挑発のつもりなのだろうか? ダリの余裕綽綽な態度が、これでもかとオリアスの神経を逆撫でする。 苛立ちを抑えながらもダリに言葉を返すと、オリアスは中央の山から牌をひとつ、引き寄せた。

「( きた…っ! )」

オリアスが引いた牌。 それはまさに待ち望んでいたものだった。 これでオリアスは、聴牌テンパイ。 あとひとつでアガれる状態となる。

既にリーチをしているダリのはいを一瞥し、オリアスは自身の手牌へと視線を向ける。 残念ながら完全な安牌あんぱいは手持ちには無く、オリアスは暫く思案した。 ダリの捨て牌の流れからして、これならきっと大丈夫だろう… 同時にツムルとイフリートの河も確認し、よし。と、固く決心する。 何より自分の手牌を崩したくない。 ゆっくりと、オリアスは牌を自身の河へと差し出した。

絶対にここはアガらなければ… そんな "勝利" への執着が、自身の判断を鈍らせていることに気がつかないまま…

「おっと残念。 そこは通りませんよ」
「えっ?」

無情にも。 ダリの陽気な声がオリアスの耳に届く。 呆気に取られるオリアスを、ニコニコと満面の笑みで見つめながら、ダリはこれまた陽気な声で、トドメを刺した。

「ロン。 メンタンピン、三色、ドラ、ドラ… 裏ドラも乗って… 倍満ばいまん! 僕が親だから、24000点!」
「「「はぁ〜ッ!?!?!?」」」
「えっ? えっ? どういうこと…?」

パタンと手牌を倒す、ダリ。 流れるように役を数え、点数を計算する。 役は基本のものばかりだがドラが乗り、24000点。 倍満。 とんでもなく高得点のアガリである。

まさかのダリの大逆転に、オリアス達は驚きを隠せない。 ルールを全く知らないナマエは、訳も分からずオドオドと戸惑うことしか出来なかった。

「…というわけで、ナマエさん!」
「えっ? は、はい…?」
「僕がナマエさんを独占することになりましたので、よろしくお願いしますね!」
「えっ!? もう終わったんですか…っ?」

ダリが親で迎えた、オーラス。 ダリの現在の得点は、48000点。 完全なる逆転大勝利なのだが… 急過ぎる展開に、ナマエは頭が追いつかない。 まさかのゲーム終了に、驚きの声をあげている。

「正直、僕以外の誰かが勝ってしまったらどうしようかと思ってたんですが… いやぁ、今回は運が良かったです」
「……ちょっと俺ら、欲出し過ぎたのかも」
「完全なる敗北だね… くそ… 悔しい…っ!!」
「………」

勝負を終えて、各々が感想を述べていく。 オリアスに至っては、悔し過ぎて言葉が出てこない。 そんな彼らを困惑した様子で見つめていたナマエだったが、意を決して、その口を開いた。

「あ、あの…! 皆さん、私の休日を作るために頑張ってくださったんですよね…? 何だか、すみません… 無理させちゃって…」
「えっ? あっ、いや、それは…」
「間違い、ではないんですけど、ちょっと意味合いが違うというか…!」
「??」

あやふやと、言葉を濁すツムルたち。 そんな彼らの態度に、ナマエは頭に疑問符を浮かべている。 "ナマエとデートに行きたかった" のだと、ハッキリと伝えたい気持ちがある一方、ニコニコと笑顔を浮かべるダリが恐ろしく、ツムルたちはあと一歩を踏み出せない。 そんな及び腰な彼らに、ナマエは最後のトドメとばかりに、容赦ない一撃を喰らわせた。

「皆さんのお気持ち、とっても嬉しいです…! その気持ちに甘えて… ダリ先生とゆっくりお休みを過ごさせていただきますね」
「「「…どうぞ、ごゆっくり」」」

嬉しそうに微笑みながら、ナマエにそのように言われてしまっては、本心を伝えることなど出来やしない。 ナマエの隣で満足げに笑うダリを横目に、ツムルたちは内心、がっくりと肩を落とすのだった。




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