第12話「酒とタバコと差し入れと」のスキ魔



「今夜、オリアス先生たちと魔雀をする予定なんですけど、ナマエさんも一緒にどうですか?」
「魔雀、ですか…?」

昼食が終わり、食堂内の人も疎らになる頃。 キッチンで食器を洗うナマエに陽気に声を掛けたのは、ダリ。 唐突な彼からの誘いに、ナマエは思わず食器を洗う手を止める。

"魔雀" 。 自分にはあまり縁のない言葉に、ナマエはきょとんと首を傾げた。 そんなナマエの反応が可愛らしくて、ダリの口元は緩み、自然と笑顔が浮かぶ。

「休みの日に何人かで集まって、たまーに打つんですよ。 オリアス先生の他に、ツムル先生とイフリート先生にも声を掛けてますし、わいわいと騒ぐだけの気軽な集まりなので、ナマエさんも良かったら、是非!」
「すっごく楽しそうですね…っ! でも、私… 魔雀はやったことがなくて…」

ナマエは魔雀の魔の字も知らない、ド素人。 ルールを全く知らない自分が居ては面倒なのではと、ナマエは申し訳なさそうに肩を落とす。

「そこはご心配なく! 僕が手取り足取り、教えますから!」
「…ダリ先生が言うと、イヤらしく聞こえます」
「あはは、酷いなぁ〜! まぁ、あわよくばナマエさんとくっついたりできるかなぁとは、思ってますけど」
「っ、! もうっ、またそんなこと言って…!」

冗談めかして言うダリに、ナマエは呆れたように言葉を返す。 しかしそれがダリの優しさだということを、重々理解している彼女の表情は、とても嬉しそうに綻んでいた。 ダリはナマエが気を遣わないように、わざとおどけてみせていたのである。 …くっつきたいというのは、本音かもしれないが。

「それじゃあ… 今夜は、お邪魔してもいいですか?」
「もちろん! きっと彼らも喜びますよ。 いつも男ばかりでむさ苦しいですからね〜 ナマエさんが来てくれたら、僕も嬉しいですし」

誘いを受けてくれたナマエに、心底嬉しそうに笑うダリ。 そんな彼を見て、ナマエもにっこりと笑顔を浮かべる。

ニコニコと仲睦まじく笑い合う姿は、さながらまさにバカップル。 いくら人が疎らとはいえ、まだまだ食後の休憩タイム。 こっそり彼らの会話に聞き耳を立てていた者たちは、 "仲がよろしいことで…" "お惚気、ご馳走様です…" と各々心の中で呟いた。

「夕飯を食べた後に集まる予定なんですが… ナマエさん、明日の準備とかありますよね?」
「そうですね… 夕飯の後片付けと、そのあとに明日の仕込みをするので… それが終わり次第、談話室に向かうようにします!」
「分かりました! いやぁ! 休みの夜にナマエさんと過ごせるなんて… 本当に楽しみです!」

そう言って、ワクワクを隠し切れないダリの姿は、子供のようにあどけない表情をしていて。 いつもの大人な姿とはかけ離れた彼の姿に、ナマエは愛おしさが溢れて止まらなかった。

その後、しばらく会話を楽しんでいたふたりだったが、ダリが時計をちらりと見たあと『名残惜しいけど、そろそろ行きますね』と会話の終了を告げる。 休日にも関わらず、午後からオトンジャとの打ち合わせがあるらしく、ダリはこれから管理人室へと向かうようだ。

「( ダリ先生、もう行っちゃうんだ… )」

仕事だと頭では分かっていても、寂しい気持ちは溢れてくるもので。 ナマエはダリとの楽しい時間の終了に内心がっくりと肩を落とす。 もう少し。 彼との時間を味わいたい。 そんな自分の我儘を正直に伝えるわけにもいかず、ナマエは誤魔化すように微笑んだ。

「…離れがたいなぁ」
「えっ…?」
「…そんな顔されたら、離れたくなくなっちゃいますよ」
「っ、!」

切なげに呟くダリの声に、ナマエはハッとする。 顔に出さないようにしていたつもりなのに、ダリにはお見通しのようだった。

そしてダリはそっとナマエの頬に手を添える。 ナマエを愛おしげに見つめる瞳は、確かな熱を孕んでいて… ナマエの胸は痛いくらいに締め付けられた。

「ナマエさんが夕飯の準備を始める頃には、戻ってきますから… それまで、我慢できますか?」

まるで子供に言い聞かせるかのように、ダリは優しく囁く。 その声の心地よさに、ナマエは安堵を覚えるけれど。 子供扱いされたことが、何だか少し悔しくて。

「………頭、なでなでしてくれたら、頑張れます」
「っ、〜〜!!! ………はぁ〜っ、もう、ほんとに… これ以上可愛いこと言うのやめてくださいよっ! ……本気で離したくなくなるじゃないですか」
「っ、ご、ごめんなさい…! 私ったらつい、っ…!」

ついつい仕返しとばかりにいじけた態度で返事を返してしまったナマエ。 自分の大人げなさに気づき、カアっと熱くなる頬。 慌てて謝罪しようと頭を下げた、その次の瞬間。

頭の上に乗せられたのは、大好きで大好きで堪らない、ダリの大きな手。

「早めに終わらせて、戻ってきます。 …だから少しの間、お互いに頑張ろう、ね?」
「っ、〜〜!!!」

ダリの優しい笑顔と声と、砕けた口調。 そのあまりの破壊力に、ナマエの心は激しく鼓動を刻む。

気がつけば、先程までの寂しい気持ちは吹っ飛んで、今はただ目の前の彼を見つめることしか出来ない、ナマエなのであった。



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