第12話「酒とタバコと差し入れと」



「あっ… ツモだ。 リーチ、ツモ、ピンフ、ドラ1… 満貫まんがんです」

アガリを宣言したあと、パタンと手牌てはいを倒し、指を折りながらやくを数える。 簡略式な計算となるが、この場合。 4はんとなり満貫、8000点。 こうして点数を稼いでいき、最終的に点数の多い者が勝ちとなる。 それが "魔雀マージャン" だ。

「やっぱりオリアス先生は強いなぁ〜」
「今日は、能力使ってないよね…?」
「休みの日まで、わざわざ使わないですよ…」
「あーあ! せっかく良い配牌はいぱいだったのに…っ!」

休日の教師寮、夜の談話室。 そこでは教師陣が卓を囲み、魔雀を楽しんでいた。 そのメンツは、ダリ、イフリート、オリアス、ツムルの4人。 プカプカとタバコを吸いながら、酒をあおり、魔雀を打つ姿は、まるで教師とは思えない様相である。 …もっとも、タバコを吸っているのはダリとイフリートだけなのだが。

先程の一局をアガったのは、オリアス・オズワール。 彼の家系能力、占星ラッキーハッピーは全ての事象が彼にとって有利に働くという、非常に優れたもの。

そんなものを使われては勝ち目はないと、イフリートは冗談半分で彼に問い掛ける。 もちろんオリアスも、このような休日の遊びの場で能力を使うほど、空気の読めない男ではない。 気怠げにイフリートの問いに答えるオリアス。 それはバビルスで教師として振る舞う姿からは想像も出来ないほどの、覇気の無さであった。

しかしダリたちに、オリアスを心配する様子は見られない。 プライベートのオリアスを見慣れている彼らにとって、こんなやり取りは日常茶飯事。 イフリートとオリアスの会話を特段気にすることもなく、ダリとツムルは次の局の準備のためガチャガチャと牌を真ん中の穴へと次々に落としていく。

そんな日常の何気ないやり取りをしていた、そんな時だった。

コンコン。

扉を叩く音が、談話室に響く。 その音にいち早く気がついたのは、ダリ。 嬉しそうに顔を綻ばせながら、彼は陽気に口を開く。

「おっ、きたきた!」
「? 他にも誰か呼んだんですか?」

率直な疑問を投げ掛けるイフリートに 『それは来てからの、お楽しみ』 とダリは楽しそうに笑顔を返す。 そんな彼の言葉に、3人は頭に疑問符を浮かべながら、『はいはーい』 と嬉しそうに扉へと向かうダリの背を見つめた。

ガチャリ。 扉が開く。 そこから姿を現したのは…

「お邪魔しまーす…」
「「「ナマエさんっ!?」」」

食堂スタッフであるナマエが、少し緊張した面持ちで談話室へと足を踏み入れる。 ダリが楽しそうにしていた時点で察することができそうなものだが、いかんせん。 今日は "魔雀" という、少しダーティーなイメージのある遊びの集まり。 まさかナマエが登場するとは思いもよらず、3人は揃って驚きの声をあげた。

「今日はなんと! ナマエさんにもお越しいただきました〜!」
「お誘いいただき、ありがとうございます!」
「まさか… ナマエさんも魔雀打てるんですかっ!?」

魔雀とナマエ。 まさに対極に位置するように思えるふたつの事象に、ツムルはすかさず浮かんだ疑問をナマエに投げ掛ける。 魔雀を打つナマエ… それはそれで良いな… とダリたちが馬鹿な妄想を繰り広げたのも束の間。 ナマエはツムルの問い掛けに、すぐに返事を返した。

「あっ、いえ…! 魔雀のルールはさっぱりなんですけど… ダリ先生から今日は皆で集まるって聞いて、楽しそうだなぁと思って、それで…」

そう言って、言葉を途切らせるナマエ。 そして手にしている紙袋から、徐に何かを取り出す。 出てきたのは… 大きな大きなタッパーだった。

「差し入れを、持ってきました…!」
「「「おぉ…っ!!!!」」」

タッパーの蓋をパカっと開けば、中には手軽に食べられるおにぎりやサンドイッチなどの軽食。 それに加えて、デザートのプリンまで。 なんと律儀に、おしぼりまで準備されている。 その豪華なラインナップと細やかな気遣いに、ツムルたちは大興奮だ。

「すっげぇ美味そう…っ!!」
「丁度、小腹が空いていたんです! ありがとうございますナマエさん!」
「おしぼりまで用意してくれて… そこらの雀荘なんかより、断然親切ですよ…」

差し入れを見てわいわいと騒ぐ、ツムルたち。 そんな彼らの様子を見て、ナマエは嬉しそうに微笑みを浮かべる。 そんな中、ダリだけはナマエのそばで少し申し訳なさそうに、眉を下げていた。

「いやぁ、ごめんね。 気を遣わせちゃって…」
「いえいえ! 気にしないでください! 私がやりたくてやったことですし、それに…」

もちろん、ダリが差し入れを頼んだわけではない。 それは完全に、ナマエの善意からの行為だった。 しかし自分が誘った手前、ナマエに気を遣わせてしまったことに少なからず罪悪感を覚えてしまうダリ。 そんな気持ちを込めて、謝罪の言葉を口にするけれど…

「皆さんが喜んでくれたら、すごく嬉しいですから」
「「「ナマエさん…っ!!!!」」」

返ってきたのは、何とも可愛らしい笑顔と、天使と見紛うほどの純粋無垢な言葉。 そのあまりに献身的なナマエの態度に、ツムルたちは感動の声を上げる。 一方、ダリはというと…

「いやほんとナマエさん最高すぎません…? 可愛くて、気が利いて、料理も上手くて… こんなに素敵な恋人を持てて、本当に僕は幸せ者ですよ…」
「っ、だ、ダリ先生…っ! 恥ずかしいから、やめてくださいっ!」

ツムルたち以上に、感極まっていた。 ナマエという恋人がいることの幸せを、これでもかと噛み締める。 恥ずかしげも無く語るダリに、ナマエの方が顔を真っ赤にして照れていて。 そんなふたりのバカップルぶりに、ツムルたちは毎度おなじみ、呆れ顔だ。

「あーあ、また見せつけてくれちゃって…」
「あぁー…っ! 俺も可愛くて気が利いて料理が上手い恋人が欲しーーーッ!!!!」
「…理想高すぎません?」

イチャつくダリたちに呆れるイフリート。 羨ましくて仕方ないツムルは、頭を抱え心の叫びを口にする。 そんな切実なツムルの叫びに、オリアスはテンション低くぼそりと突っ込みをいれていて。 そんな後ろ向きな彼の発言に、幸せ絶頂のダリは黙ってなどいられなかった。

「いやいやオリアス先生! 理想はでっかく持つものですよ! 理想はやがて、現実になる… そう、この僕のようにね!」
「そ、そんな大袈裟な…っ」
「「「………」」」

グイッとナマエの腰を引き寄せて、自信満々に言ってのけるダリ。 少しの酔いも相まって、いつもよりハイテンションな彼の頭の辞書からは、 "自重" の文字が消え失せてしまったようだ。

見るからに浮かれているダリに、3人のじとりとした視線が向けられる。 しかしそんな視線もなんのその。 ダリは上機嫌でさらにナマエにちょっかいをかけている。 そんな彼の態度は、あるひとりの男の対抗心に火を着けてしまった。

「…そこまで言うのなら、俺たちにも "チャンス" をくださいよ」
「…ほう? チャンス、とは?」

名乗りを上げたのは、オリアス。 先程までの覇気の無い様子から一転。 今はダリを挑発するような、挑戦的な目つきをしている。 そんな彼の態度に、"面白くなってきた" と、自然と上がる口角。 ダリはニヤリと笑みを浮かべた。

「魔雀で1位上がりになれば… "1日ナマエさんを独占できる" なんていうのはどうです?」
「なっ…!?」
「オリアス先生!? そんな無茶な提案、ダリ先生が受けるわけ…」
「いいですよ」
「「えっ!?」」

ケロッと。 何でもないかのように快諾するダリ。 まさかまさかの承諾に、ツムルとイフリートは驚きを隠せない。 ダリを見れば、ニコニコといつもと同じように笑みを浮かべていて。 一体何を考えているのか… と、彼の真意が分からず思わず困惑してしまう。

「僕も常日頃から思っていたんですよ! だってナマエさん、休日も我々の食事の用意をしてくれているでしょう? そんな状況だと僕たち、デートのひとつも出来ないんですから!」
「た、確かに、お休みを合わせるのは難しいですけど… でも、それが私のお仕事ですし、何も問題は…」
「いーや! 問題大アリです! 何より… 僕が不満なんです! いいじゃないですか〜! たまには羽を伸ばしたって! ね?」

そう言って、ナマエの両手を取るダリに、彼女はどうすれば良いか分からず、ただただ戸惑うばかり。 そして彼の真意を理解したツムルたちは、なるほどな… と妙に納得していた。

確かにこのふたり。 寮内で一緒に居るところをよく見かけるが、どこかへ出掛けるような様子は見たことがない。 互いに忙しい身である、ダリとナマエ。 "出掛けない" のではなく、 "出掛けられない" のだ。

そんな中、舞い降りてきたナマエと過ごせるかもしれないチャンス。 それをダリがみすみす逃すはずもない。 『ナマエさんはどこに行きたい? 僕は…』などと、すでに浮かれ始めているダリの姿に、若干苛立ちを感じつつ… オリアスは冷静に、口を開いた。

「もう自分が勝ったつもりでいるようですが、忘れないでくださいよ。 俺だけじゃなく、ツムル先生とイフリート先生もいるんですから」
「いやっ、俺、まだこの展開に頭が追いついてないから…!」
「ナマエさんを独占…! 確かに魅力的な案だけど… ナマエさんは、それでいいの?」
「えっ!? わ、私ですか…!?」

勝手にどんどんと話を進めていたが、ナマエ本人の意思を聞いていないことに気がつく、イフリート。 そんな彼からの問い掛けに、ナマエはどうしたものかと、暫し思考に耽る。

確かに、ここ最近。 まるきりの休日は無かったなと、改めて思うナマエ。 料理はナマエにとって、仕事であり趣味でもある。 それを楽しむことはあっても、苦に思ったことは今までに一度だってない。 ないのだが。 先程のダリの "デート" という言葉が、ナマエの心の隅っこをつんつんと刺激し続けていた。

「えっと… 私自身、休日のお料理を苦に思ったことはないですが、もしお休みをいただけるなら…」
「「「「いただけるなら…?」」」」

モジモジと少し照れ臭そうに、言い淀むナマエ。 そんな可愛らしい姿に、ダリたちは釘付けである。 一体、何を望むのだろう…? 緊張した面持ちで、ナマエの言葉の続きを待つ、4人。 そして、ついに、ナマエの口が開かれた。

「久しぶりに、ゆっくり… お洒落なカフェ巡りとか、したいなって、思います…」
「( ナマエさんとカフェ巡り… )」
「( それって最高の休日なんじゃ? )」
「( 絶対楽しいやつじゃん…っ )」
「ナマエさんとカフェ巡り…! 最高ですよ…! 絶対に楽しいじゃないですか…!」
「そっ、そうでしょうか…っ?」

言葉に出来ないツムルたちの気持ちを知ってか知らずか、全て代弁するダリ。 ナマエとのカフェデート… そんな楽しそうな時間を過ごせるのなら、この勝負。 負けるわけにはいかない…! 今この瞬間、この場にいる男たちのやる気は、最高潮に達していた。

「それじゃあ… その日、ナマエさんの業務は全て休み。 食事の準備は各自で行うこと。 そしてこの勝負に勝ったひとが、ナマエさんとカフェ巡りデートをすることが出来る… これで問題ないですか?」
「「「意義なし!!」」」
「( こんなこと勝手に決めちゃって、大丈夫なのかな… )」

男たちの、野太い声が談話室に響き渡る。 彼らがやる気に満ち溢れる中、ナマエだけは困惑した表情で、彼らを見守っているのだった。



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