第11話「説教は食事の後で」



「うわぁ〜〜…っ!!! すごい…っ!!!」

ホカホカと美味しそうな匂いと共に湯気をあげるビーフシチュー。 こんがりと少し焦げ目のついた、手のひらサイズのフォカッチャ。 ぷるんと揺れる温泉卵が真ん中にドンっと乗せられたシーザーサラダに、彩り豊かなトマトのマリネ。 カリッと揚げられた唐揚げは大皿の上に山盛りに積まれ、ポテトサラダはサラダボウルいっぱいに詰まっている。

教師寮食堂のテーブルの上には、出来立てほやほやの料理が所狭しと並べられていた。 そんな夢のような光景に、瞳をこれでもかとキラキラと輝かせるのは、鈴木入間。 バビルスの理事長、サリバンの愛孫である。

「どうぞ、召し上がれ!」
「……いただきまーーすっ!!」

ナマエの掛け声とほぼ同時、入間はスプーンをギュッと握りしめる。 そして目の前のビーフシチューをひと口分掬い上げると、そのままパクッと口の中へと放り込んだ。

「んっ… はっ、はふっ…っ!! んっ、んん〜〜っ!! おっ、おいしい…っ!!! お肉が、口の中で勝手に溶けてく…っ!」
「こらこら、熱いから気をつけないと! …あっ、飲み物は何がいい? 魔茶? お水? 採れたてのフルーツで作ったミックスジュースもあるけど…」
「! ミックスジュース…! すっごく美味しそう…っ!」
「ふふっ。 それじゃあ、用意するね。 ちょっと待ってて?」

慌てて食べて熱がったり、ミックスジュースに過剰に反応したり。 そんな入間の言動ひとつひとつが何とも微笑ましくて、ナマエの顔には自然と笑顔が浮かぶ。

普段、ナマエの料理を美味い美味いと褒めてくれる教師陣。 彼らの言葉もそれはそれはありがたく嬉しいものなのだが、今回の入間の反応はナマエにとって、何だかとても懐かしく感じるものだった。

今まで語ることは無かったが、ナマエには歳の離れた弟がいる。 年齢は入間のひとつ下。 来年バビルスに入学予定の13歳。 今日の入間を見ていると、そんな可愛い弟の姿と重なってしまい、ナマエの中の "母性" がひょっこりと顔を出す。 試食会、開始早々。 母性本能をくすぐる入間の言動に、ナマエはまんまと乗せられて、ついつい甲斐甲斐しく世話を焼いてしまっていたのだった。

「イルマくん、それ… わざとやってる?」
「えっ!?」

そんなふたりの様子を、面白く思わない男がいた。 ダンタリオン・ダリ。 言わずと知れた、ナマエの恋人である。 ナマエが席を外す頃合いを見計らい、入間に声を掛けるダリ。 呆れたような、それでいて拗ねたような、そんな声色のダリに、入間は驚きの声を上げる。

「なかなかあざといよね、イルマくんって」
「ほんとほんと! それが無意識なら、とんだ女たらしだよ、全く…!」
「あんな風に砕けた口調で話すナマエさん、初めて見たわ…」

もちろんダリ以外の教師陣も、黙ってなどいられない。 出会って早々にナマエの母性を動かした入間のその手腕に、それぞれが悪態を吐いていく。 なんだかんだと不満を漏らしているが、詰まるところ。 "羨ましい" その一言に尽きるのだ。

「そっ、そんな…! 僕は何も…」
「ってことは、やっぱりそれ無意識なの!? 恐ろしいなイルマくん…!」
「…でも、お姉さんしてるナマエさんも可愛いよな」
「分かります…! めちゃくちゃ張り切ってるところとか、ほんとかわ、」
「イチョウ先生! マルバス先生! うしろっ! うしろっ!」
「「えっ? 」」

ツムルの焦った声に、すぐさま後ろを振り返るイチョウとマルバス。 そこには真っ黒な笑みを浮かべた、ダリの姿。 そんなダリの姿に彼らの背中にはだらだらと冷や汗が流れ落ちる。

「これはまた、お説教が必要みたいですね。 マルバス先生? イチョウ先生?」
「「………はい」」

そこからくどくどと始まる、ダリの説教タイム。 一体何度、このやりとりをすれば気が済むのか。 全くもって、懲りないふたりである。

「イルマくん!! これも美味しいよ!! 食べてみて!!」
「ろっ、ロビンせんせっ、んぐっ…!? っ、んっ… んんん!!! 美味しい…っ!!!この唐揚げ、めちゃくちゃ美味しいです…っ!!!」

説教を受ける彼らを横目に、入間はロビンの猛攻を受ける。 突然唐揚げを口の中に放り込まれ驚いたものの、そのあまりの美味しさにまたもや瞳をキラキラと輝かせる入間。 そんな彼の反応に、ロビンは満足げに笑顔を見せる。

「だろーっ!? ナマエさんの唐揚げ、マジでうんまいの! 僕の大好物!! あとこれとこれとこれも! ほら! 全部食べてみて!!」
「はっ、はい…っ!!!」
「あはは、ロビン先生は相変わらずだね〜」
「ほんとあの元気、どこから来るんだか…」
「あのふたりが並ぶとまるで兄弟みたいですね」

ひょいひょいと、入間の取り皿に次々と料理を乗せていくロビン。 そしてそれを次々と平らげていく、入間。 そんなふたりの仲睦まじい様子を、周りの大人たちは微笑ましく見守っている。 もちろんロビンも立派な成人男性のはずなのだが… そこはご愛嬌、である。

「おまたせ! イルマくん!」
「! わぁ…っ!! 」

わいわいと騒がしい中、ジュース片手に戻ってきたナマエ。 細長いグラスの中には、オレンジがかった美味しそうなミックスジュースがたっぷりと注がれていて、それを見た入間のテンションは更に急上昇。 満面の笑みを浮かべながら、彼はグラスを受け取った。

「料理はどう? お口に合ったかな?」
「はいっ! どれもこれも本当に! 全部美味しいです…!!」
「ふふっ、良かった。 イルマくんに美味しいって言ってもらえるように、頑張ったんだよ?」

一生懸命に美味しいと伝えてくれる入間に、ナマエは嬉しさが込み上げる。 頑張って良かった、心からそう思えた。

そしてナマエの手は、無意識のうちに入間の頭へと乗せられる。 いつも弟にしているように。 髪を優しく撫でつければ、入間の表情は瞬く間に嬉しそうな笑顔へと変わっていく。

「僕の我儘なのに、ここまで沢山の料理を用意してくれて… 本当にありがとうございます。 こんなに美味しくて幸せになれるなんて… ナマエさんの料理はまるで魔法みたいですねっ!」
「っ…! イルマくん…!」
「へっ?」
「「「「「あ。」」」」」

入間の純粋な心に、ナマエはついに落ちる。 真っ直ぐな瞳で感謝を伝えてくれる入間が、可愛くて可愛くて仕方がない。

気がつけば。 ナマエは彼を胸の中に抱いていて。 ギュッとその体を強く抱きしめる。

「っ、あっ、あああのっ、ナマエさんっ!?」
「ごめんね、突然… イルマくんが私の弟と重なっちゃって…」
「弟さん…?」

"姉ちゃんの作るご飯が1番好き"
"俺、姉ちゃんの弟でよかったわ"

キラキラと瞳を輝かせてくれるところ。 口いっぱいに頬張って食べるところ。 そんな入間の姿に、ナマエは今は離れて暮らす弟の姿をどうしても重ねてしまう。 入間と言葉遣いや性格は全く違えど、ナマエの料理を前にした時の表情や仕草は、やはり重なるものがあって。 抱きしめる力は無意識のうちに強くなった。

「うん… 私、歳の離れた弟がいるの。 来年、バビルスに入学する予定だから、良かったら仲良くしてあげてね」
「そうなんですね…! こちらこそ、ぜひ! よろしくお願いします…!」

ナマエさんの弟さん、一体どんな子なんだろう…? まだ見ぬナマエの弟に、入間は胸をワクワクとさせる。 その素直な反応にまた、ナマエは胸をキュンと高鳴らせた。

「ふふっ、弟にも伝えておくね。 …あっ、イルマくん、口にドレッシングがついてる…」
「っ、〜!! あ、あの、ナマエさんっ、僕自分で、」
「は〜い、そこまで!」
「「っ、!」」

きっと慌てて食べたのだろうと、ナマエは弟にするように、口元を拭おうと入間の頬にそっと優しく触れる。 そのあまりの距離の近さに、さすがの入間もドキドキと胸を鳴らしてしまう。

ナマエさん、まつ毛長い… 入間がそんな事を思った、その時だった。 ダリの陽気な声と共に、入間の目の前に現れたのは、大きな手の平。 視界を遮断するかのように突然現れたそれに、ふたりは驚きを隠せない。

「さすがの僕も、これ以上は見過ごせないなぁ… ねぇ、ナマエさん?」
「っ、ぁ…っ」

未だ入間にくっついているナマエを、強引にグイッと引き寄せるダリ。 優しげな声とは裏腹なダリの力強さに、ナマエはされるがままだ。 腰を抱かれ、耳元に唇を寄せてくるダリの吐息がくすぐったくて、思わず身を捩る。 しかしそんな彼女に構うことなく、ダリはそのまま口を開いた。

「いくら弟さんに似てるって言っても、彼も立派な "男" だからね? …ほら見て、あの顔」
「 …っ、」

"あの顔" そう言ってダリが指し示したのは、先程までナマエの胸の中にいた、入間。 彼の表情を見たナマエは、思わず言葉を失う。

「こんなに顔を真っ赤にしてるんだから。 ナマエさんを "意識してる" ってことですよ」
「…っ、ご、ごめんなさい、私、そんなつもりじゃ…!」
「いっ、いえ…! 僕は、大丈夫っ、ですので…!」

ダリの言う通り、入間はこれでもかと顔を赤くさせていた。 "大丈夫" その言葉には、説得力のかけらもない。 そんな彼の余裕のない態度には、さすがのダリも、何とも言い難い感情が沸々と沸き上がってくる。

「…これはナマエさんにも "お説教" が必要かな〜」
「えっ…? っ、ひゃ、っ!」

誰彼構わず虜にしてしまうナマエには、少しお灸を据えなくては。 ナマエの腰を更にギュッと引き寄せて、ダリは再度、彼女の耳元に唇を寄せる。 そして…

「試食会の片付けが終わったら、僕の部屋に来るように」
「っ、〜…!!!」

耳元で甘く囁かれ、カアっと熱くなる身体。 彼の言葉の意味を理解できないほど、ナマエは子供ではない。 ダリからの思わぬ "お誘い" に、ナマエは耳元を押さえその場に立ち尽くす。 そんな彼女の様子を見て、ダリの発した言葉を何となく察した、大人たち。 彼らもまた、気まずそうに顔を赤くして、目を逸らしている。

そんなアダルトな雰囲気が漂う中、入間とロビンだけが不思議そうに首を傾げていたのだった。



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