第9話「美味しいっていわせてやる!」 のスキ魔



「やぁ、イルマくん!」
「! ダリ先生! こんにちは!」

バビルスのとある日の、放課後。 用務員の手伝いを終え、自身を待つアスモデウスとクララの元へ向かう入間に声を掛けたのは、ダンタリオン・ダリ。 授業等で関わることは比較的少ないが、何だかんだと話す機会が多いこのふたり。 何やら入間に用がある様子のダリは立ち止まった入間の元へ近づくと、徐に口を開き始めた。

「今度の試食会の件、よろしくね」
「あっ、はい! こちらこそ、よろしくお願いします…! というか、すみません… 僕の我儘でこんなことに…」
「あはは、いいんだよ〜! 何よりこんなに面白そうなこと、やらない手はないしね! まぁ、今回カルエゴ先生が引率に来ないのは残念だけど…」
「あ、あはは… さすがにこれ以上は迷惑かけられないので」

前回の教師寮見学ツアー。 嫌々ながらもついてきてくれたカルエゴを思い出し、入間は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。 そんな入間の人の良さに、ダリはほんの少しほっこりとしつつ… 彼を呼び止めた本来の理由を思い出し、彼はまた入間へと言葉を投げ掛けた。

「そうそう。 ナマエさんに、イルマくんに何か食べたいものがあるか聞いてきてほしいって言われたんだけど…」
「食べたいもの、ですか…?」
「要は、リクエストだね! イルマくん、好きな料理はある? ナマエさんなら何でも作ってくれるよ〜」
「何でも……」

そう言われて、入間は顎に手をやり、うーんうーんと暫し思考に耽る。"リクエスト" "何でも"。 その言葉は、何事も断れないお人好しな入間を大層悩ませた。

「あはは、そんなに深く考えることないよ。 パッと思いついたものがあれば、それでいいんだし」
「パッと、思いついたもの… それなら… 僕はナマエさんの "1番得意な料理" が食べたいです…っ!」
「おっと、そうきたかぁ〜!」
「えっ?」

悩む入間を後押しするように、ダリはフォローに徹したが、結果。 ナマエにとって最も難しい答えとなってしまったなと、ダリは内心苦笑いを浮かべる。 ダリは同情半分、面白くなってきたなと楽しむ心半分… いや、面白がっている割合はもう幾分か高いかもしれないが。

「ナマエさんにもしっかりと伝えておくよ。 イルマくんが "得意料理で僕を唸らせてみろ" って言ってた、ってね」
「へっ!? ちょっ、ダリ先生…っ!?」
「あはははっ! ごめんごめん、冗談だよ」

入間の言葉を少しばかり誇張してやれば、途端にわたわたと慌てだす。 そんな彼が可笑しくて、ダリは声を上げて大笑いだ。 冗談だと分かり『せんせぇ…』と情けなく泣きっ面を見せる入間が何とも微笑ましくて、ダリは穏やかな笑みで彼を見つめる。

「でも…」
「?」
「ナマエさんの料理はすっごく美味しいから。 イルマくん、本当に唸っちゃうかもよ?」
「へっ?」
「僕もすっかり、ナマエさんの虜だからねぇ」
「……!」

ダリのその言葉と表情に、入間は驚きを隠せなかった。 普段からヘラヘラと軽い印象のダリ。 そんな彼が今、それはそれは愛おしそうに、まるで "ナマエ本人に虜になっている" かのように、呟いたのだ。 初めて見るダリの "男" の表情に、思わず入間は息を呑む。 そして、入間の脳裏に浮かんだ疑問は、無意識のうちに口をついて出てしまっていた。

「そ、それは、ナマエさんの料理に、ってことですか…?」
「さて、それはどうかな?」

ニコッと、今度はいつもと変わらない笑みを見せるダリ。 その表情からは、先ほどのような強い感情は読み取れない。

「それじゃあ、イルマくん! 僕はそろそろ仕事に戻るとするよ!」
「えっ? あっ、はい…!」

『呼び止めてごめんね〜! 試食会、楽しみにしてるよ!』そう言って、笑顔でこの場を去っていくダリ。 結局、ダリの真意は分からず終い。 どっちつかずの結果に入間の胸にはもやもやと不思議な感覚だけが残る。

"ナマエさんって… 一体どんなひとなんだろう…"

より一層、ナマエへの興味が増した入間なのであった。



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