第9話「美味しいって言わせてやる!」



次期魔王と噂される「三傑」のひとり、サリバン。 そんな魔界きっての悪魔と称される彼の屋敷からは、毎朝、何とも緩く間延びした声が聞こえてくるという。

「いっるまくぅーーん! おっはよーう!」
「おはようございます。 イルマ様」

デレデレと嬉しそうに叫んだのは、この屋敷の主、サリバン。 そんな彼に続いて、SDであるオペラも朝の挨拶を告げる。 その相手は…

「おはよう、おじいちゃん! オペラさん!」

こちらも負けず劣らず。 とても嬉しそうな笑顔で挨拶を返す彼は、鈴木入間、15歳。 人間。 訳あって、サリバンの孫としてここ魔界で暮らしている。 何かと問題や事件に巻き込ま… 起こすことも多いが、何とか生き残ってここまでやってきた。 まさに問題児アブノーマルな存在ではあるが、そんな日々にも慣れつつある、今日この頃。 そんな彼の1日は、サリバンとオペラとの朝食から始まる。

「サリバン様。 教師寮管理人のオトンジャさんから報告書が届いております」
「は〜い、ありがと。 …ふーん、ふむふむ」

朝食を食べ終えて、食後のコーヒーを楽しんでいたサリバンの元に、オペラは1枚の書類を差し出した。 それをその場で読み始めるサリバン。 内容を確かめる彼の表情は、何やら嬉しそうなものへと変わっていく。 そんな彼の様子を、入間は不思議そうに眺めた。

「今年から新しく教師寮の職員になったナマエちゃん。 無事、馴染めてるみたいだねぇ! よかったよかった」
「確か、食堂の調理スタッフになられたという話でしたね」
「調理スタッフの、ナマエさん…?」

聞き慣れない女性の名前と、食堂の調理スタッフという言葉に、入間は思わず疑問をそのまま口に出してしまった。 不思議そうに首を傾げる入間に気づいた、サリバン。 そんな彼の仕草が可愛くて、暫しデレデレと眺めていたサリバンだったが、そこであぁ、と何故か納得がいくような素振そぶりを見せる。

「ナマエちゃんが調理スタッフになったのは、イルマくんの教師寮見学ツアーよりもあとのことだったからねぇ〜」
「イルマ様がご存知ないのも致し方ないかと」
「なるほど…!」

以前、教師寮に興味を持った入間の為に行われた、見学ツアー。 こういったイベント事が大好きなサリバンとオペラが、カルエゴを付き添いにしてしまうなど、やりたい放題だったのは、まだまだ記憶に新しい。 確かにあの時には、調理スタッフのような存在はいなかったなと、入間は当時を思い返した。

「彼女の料理とっても美味しいって、ダリくん達にも評判みたいだよ〜 みんなの体調もすこぶる良くなってるってさ!」
「それはそれは… とても素晴らしい人材だったようですね」

ニコリと柔らかい笑みを浮かべながら、サリバンは報告書の内容を口にした。 嬉しそうな主の様子に、オペラも穏やかな笑みを浮かべている。 理事長という責任ある立場である、サリバン。 部下であるバビルスの教師たちの健康を守るのも、彼の仕事の一環だった。

そんなサリバンの頼もしい一面を垣間見て、入間の胸は誇らしい気持ちで溢れていた。 "おじいちゃん、先生たちのことちゃんと考えているんだなぁ" そんな言葉が入間の頭の中に浮かんでくる。 しかしそれと同時に、入間の胸には、ひとつの "欲" が生まれていた。

「そんなに美味しい料理なら、一度食べてみたいなぁ…」
「「……!」」

それは、ほとんど無意識だった。 ポツリと呟くように吐き出された言葉。 そんな彼の言葉を、サリバンとオペラが聞き逃すはずもない。

「それじゃあ…… やろっか! 試食会!」
「えっ!? そっ、そんな…! ナマエさんに悪いよ…! 僕の我儘に付き合わせるなんて…」

まさに、即断即決。 サリバンのその一言に、入間は驚きを隠せない。 自分の欲の為だけにそのような無理はさせられないと、断りを入れようと口を開くが…

「いいのいいの〜! 報告書にも『お時間ございましたら、一度お食事にいらしてください』って書いてあったし! それに、寮には面白い事大好きなダリくんがいるからね。 ノリノリで企画してくれるでしょ」
「で、でも…!」

有無を言わせないサリバンの雰囲気に、入間はついたじろいでしまう。 『イルマくんは何も心配しなくて大丈夫! おじいちゃんたちに任せておいて!』 そう言ってサリバンは、あれよあれよと言う間に、オペラと試食会についての計画を立てていて… これ以上は口を出せないなと、入間はついに諦めた。

「…ひとまずはこんなところかな? それじゃあ… あとの詳細についてはオペラに任せても大丈夫?」
「かしこまりました。 お任せください。 …イルマ様。 必ずや楽しい試食会にしてみせますね」
「えっ!? あっ、はい。 えっと… ほ、程々に、お願いします…」

ワクワクを抑えきれないのか、瞳を爛々と輝かせるふたり。 オペラに関しては、耳を立て、尻尾をゆらゆらと揺らしてさえいる。 そんなふたりの張り切る様子に、 "もしかして僕、またやっちゃった…?" と、自分の発言を後悔する入間だった。




「試食会…?」

ところ変わって、教師寮食堂。 夕飯の片付けを終えたナマエの元へ例に漏れず。 やって来たのは、ダリ。 しかし、彼の纏う空気がいつもと少し違うことに気づいたナマエは、シャキッと姿勢を正す。 今の彼は "教師の顔つき" をしていた。 普段ナマエを構い倒す時の緩み切っただらしない笑みとは違う、ビジネススマイル。 一体何事かと少し緊張した面持ちで彼に向き合ったナマエだったが、ダリの予想外の言葉に、思わずきょとんと呆気に取られてしまった。

「はい。 ナマエさんの料理の評判を聞いたサリバン理事長が、ぜひその美味しい食事をお孫さんであるイルマくんにも食べさせてあげたい、と」
「イルマくん… って、確か…」

基本的に寮から出ることのないナマエは、学内の情報にあまり詳しくない。 そんなナマエでも、入間の噂は耳にしていた。 偉大なる三傑であり、バビルス理事長でもあるサリバンの孫。 特待生としてバビルスに入学して以来、何かと問題を起こしているとかいないとか。 今、学内で最も注目されている "悪魔" だと、ナマエは認識している。 そんな色々と規格外な彼が、自身の料理を食べに来る… それはナマエにはとても畏れ多く、無意識のうちに体に力が入っていたようで。 そんなナマエの様子に、目敏く気づくダリ。 彼はナマエを安心させるように、優しい声で話を続けた。

「とっても優しく、真面目な良い子ですよ。 まぁ、こちらの想像をヒョイっと軽く超えてきたり、予想外のことを平気でやっちゃうような面も持ち合わせていますけどね!」

『入学式で禁忌呪文を唱え始めた時は、驚いたなぁ〜』とダリは当時を思い出し、楽しげに笑っている。 入学式で禁忌呪文… ナマエは、その行為の危険さを十分に理解していた。 あの呪文を唱える者は、余程の物知らずか命知らずだけだと言われている。 しかし、普段おっとりと優しい性格のナマエも "悪魔" である。 そんな異常クレイジーな行為を入学式という場で行えてしまう入間に、少なからず興味が湧いてしまったようだ。

「面白そうな子ですね、イルマくんって…」
「あはは、それはもう! いつも彼には、我々教師陣も楽しませてもらっていますよ」

それはそれは楽しそうに、ダリは笑っている。 そんな彼を見て、ナマエは入間という存在に俄然興味が湧いてくる。 "自分の料理を食べた時、彼は一体どんな反応を見せるのだろう?" ナマエは料理人としての矜持が刺激され、自然とワクワクと胸が躍り始めた。

「いやぁ、良い顔しますね〜! ナマエさん!」
「えっ、?」
「美味しいって言わせてやる… そんな顔をしてますよ?」

ダリに言われて初めて、ナマエは自分の口元が弧を描いていることに気がついた。 気分の高揚からか、心なしか頬も熱くなっているような気がする。

「それでは改めて… 試食会の件、ご協力いただけますか?」
「…はい、喜んでお受けいたします!」

畏れ多いと感じていた自分が嘘のように、今はただ、入間に自分の料理を食べてもらいたいと、ナマエは強い意志を抱いている。 そんな彼女は、ダリからの申し出を快く受け入れた。

「…それじゃあ、"仕事モード" は終わり! はぁ〜…! やっとナマエさんとイチャイチャできる…」
「えっ、なっ、なに言って…っ、ひゃ…っ!」

『ナマエさんも、少しは期待してたでしょ?』そんな言葉と共に、ダリはナマエの腰を抱き寄せ、耳元に唇を寄せる。 その彼の甘い囁き声に、ナマエの胸は爆発寸前だ。 さっきまでのビジネススマイルはどこへやら。 すっかりダリの表情は恋人を見る男の顔になっていて…

その後の彼らが、食堂で何をしていたか。 それを語るのは野暮というものだろう。 しかし食堂を出る時のダリの表情は、それはそれはだらしなく、緩み切っていたそうな。



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