第8話「15時のおやつのお届けです」 のスキ魔



コンコン、パカっと。 大量の卵を次々に割っていく。 それをただひたすらに繰り返し、大きなボウルがいっぱいになった、その時。 ナマエは、食堂のテーブルへと視線を向けた。

彼女の視界に入ったのは、大量に積まれた段ボール。 それを一瞥したあと、毎度の如くキッチンカウンターでニコニコと自身を眺めるダリに向け、ナマエは申し訳なさそうに言葉を紡いだ。

「本当に、こんなに沢山頂いちゃっても良かったんでしょうか…?」
「心配ご無用ですよ。 むしろサリバン理事長は、感謝されていたくらいですから!」

テーブルの上に積まれた段ボールの中身。 それは、サリバンから届いた大量の、 "卵" と "ミルク" だった。

『知り合いの酪農家と養鶏家からミルクと卵がたっくさん届いてね〜 だけど僕の家、3人家族でしょ? 確かにイルマくんは育ち盛りだし、いつもこっちが嬉しくなるくらい沢山食べてくれるけど! さすがにこんなに使い切れないし… 寮で使ってもらえるとすごく助かるんだけど、どうかな?』

そう言って、サリバンからダリとオトンジャの元に連絡が入ったのは昨晩のこと。 入間のように育ち盛り…ではないが、成人男性が多く住まうこの寮にとって、食材の提供は非常にありがたい。 ダリたちは、寮の食材を管理しているナマエにも今回の件を相談した上で、サリバンからの頼みを受けることにした、のだが。

届いた卵とミルクは想像以上に量が多かった。 これだけの量を一世帯 (しかも3人家族) に送るとは、もはや嫌がらせなのでは…? そう感じずにはいられないほどである。 しかしここは料理人の腕の見せどころ。 せっかくの食材を無駄にしてしまっては、料理人の名が泣く。 そこでナマエは、あるひとつの方法を思いついた。 卵とミルクを沢山使って栄養満点、かつ、みんなが喜ぶ、あのスイーツ。 それは…

「それにしても… プリンを作るところなんて初めて見ましたよ! どうやってそれがあんな風にプルプルに固まるんですか?」
「ふふっ。 それは見てからのお楽しみです」

そう、プリンである。 子供も大人も、みんな大好き定番スイーツ。 柔らかくて食べやすく、栄養たっぷり。 甘さの調整も可能。 クリームやフルーツを添えることだって出来る。 まさに夢のような食べ物だ。

「実は私、プリンは小さい頃からよく作っていて…」
「! へぇ…」

ナマエが語り出したその瞬間、ダリはピクッと反応を見せた。 ナマエの昔話… ダリは非常に興味があった。 一言一句、聞き漏らさないよう、集中して話に聞き入る。 ナマエが昔を懐かしむように目を細める仕草や、当時を思い出して浮かべる優しい表情も、決して見逃さない。 …もちろん、表面上はニコニコといつもの笑みを浮かべているのだが。

「私が何か頑張った時とか、逆に落ち込んでいる時とか… そういう時に、母がプリンを作ってくれたんです。 そんな母とキッチンに並んで、一緒に作るのが楽しくて… 私にとってプリンは、他とはちょっと違う、特別な食べ物なんです」
「…沢山の思い出が詰まってるんだね」
「はい。 …ふふっ。 こんなこと誰にも話したことなかったのに。 ダリ先生が珍しく静かだから、つい色々喋っちゃいました!」

ナマエの中身をまたひとつ知れたこと。 誰にも話したことのない過去や家族のことを話してくれること。 それが恋人として、とても喜ばしい。 ナマエの様々な面を知るたび、ダリの胸には温かい気持ちが溢れてくる。

「ナマエさんの話ならどんな話だって聞きますよ〜! あ。 もちろん… 別れ話以外なら、ですけど」
「…もうっ、別れ話なんてするわけないじゃないですか」

いつものようにおどけた態度を見せるダリに、ナマエは呆れたように返事を返すけれど、彼女の声にはどこか愛情を感じずにはいられなくて、ダリの胸はまた、トクトクと幸せの音を紡ぎ出す。

「それなら… 僕たちが別れることは、この先一生ありえませんね」
「えっ?」
「だって僕も。 別れ話なんて一生する気ないですし?」
「っ、〜〜!!」

にっこりと。 ダリはいつもの笑顔でハッキリと言い切った。 "それって、ある意味プロポーズなのでは…?" そんな言葉がナマエの頭をよぎるけれど、それを今確かめられるほどの精神をナマエは持ち合わせていなかった。

プリンのカラメルソースの香ばしい香りが、辺りを包む。 ナマエの中のプリンの思い出が、またひとつ増えたのだった。



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