第7話「忘れられない蜜の味」 のスキ魔



「早く食堂行こうぜ!」
「ランチ無くなっちまう…!」

キンコンカンコンと、昼休憩を知らせるチャイムが校内に響き渡り、生徒たちが続々と食堂へと向かう中。 職員室の、とあるデスクの前。 ニヤニヤと口元を緩ませる、ひとりの男がいた。

『今日のおかずは、ダリ先生の大好きなものばかり入れました。 残さず食べてくださいね?』

そう言って、弁当箱が入った手提げの袋を恥ずかしそうに手渡してくれた愛しい恋人の姿を思い出し、更にだらしなく頬を緩めるのは、ダンタリオン・ダリ。 何とも間抜けな顔をしているが、この男。 ここ悪魔学校バビルスの教師統括である。

今、彼の目の前には、男性向けの大きめサイズの弁当箱がひとつ。 今日は、ナマエが初めて弁当を作ってくれた日。 その喜びを噛み締めるように、ただひたすらに弁当箱をうっとりと眺めるダリの姿に、周りの教師たちは呆れたような視線を彼に向ける。 ただ弁当の蓋を開けるだけなのに、どれだけ時間をかけているのか… そんな心の声も聞こえてきそうなものだが、夢中になっている今のダリには聞こえるはずもない。 ようやく蓋を開ける気になったのか、ダリの両手が動き出す。 そんな彼の動向を、何故か職員室内の教師のほとんどが固唾を飲んで見守っているというこの状況。 …一体彼らは何をやっているのか。 ツッコむ者は誰ひとりとして存在しなかった。

ダリの指がソッと弁当箱の止め具にかけられる。 ぱちんぱちん。 止め具を外す音がしんと静まり返った職員室内に響く。 皆が、その様子に釘付けだ。

「おぉ…っ!」

蓋を持ち上げパカっと開いた、その瞬間。 ダリは無意識のうちに、感嘆の声を漏らしていた。

彩り良く、綺麗に盛り付けられたおかずたち。 肉や魚、野菜のバランスを上手く取りながらも、男心をくすぐるがっつり系のおかずも、しっかりと入っている。 小さな具材は、食べやすいようにピックに刺す工夫をしていたりなど、たったひとつの弁当の中に、ナマエの細やかな心遣いが散りばめられていて… すでに、ダリの胸は感動でいっぱいだった。

「食べるのもったいないなぁ… って、そうだ! 写真、写真…っ!!」

慌ててス魔ホを取り出し、カシャカシャと何枚も弁当を撮影するダリ。 続けて "今からいただきます!" とナマエにMINEを送信したあと、丁寧に手を合わせ、『いただきます』と、ひとり呟いた。

「( まずは…… 僕の大好きな唐揚げから…! いただきまーす、っ…ッ!!!! )」

たったひと口。 口に含んだその瞬間。 ダリの胸には何とも言えない満足感が広がっていく。 惚れた贔屓目は、もちろんある。 だけどそれ以上に、自分の為に作ってくれたモノへのありがたみが、ダリの心を豊かにしてくれた。

「あー… うまい。 全身に染み渡る…… 僕ってほんとに幸せ者だなぁ。 …そう思いません? カルエゴ先生?」
「私に話を振らないでください」

ダリが座るデスクのすぐ後ろ側。 そこには食事を摂らず、未だデスクに向かって作業をするカルエゴの姿があった。

後ろでダリが何やら騒いでいることや、教師たちがざわついていることに気づいていたカルエゴ。 自分には関係のない話だと完全に無視を決め込んでいたのだが…

もちろん、ダリがそれを見逃すはずがない。 少しからかってやろうと意地悪く話を振ってみるものの、カルエゴは容赦なくそれをぶった斬る。 しかし、ダリはそんなことで諦める男ではない。 カルエゴのこのような塩対応には、人一倍慣れているのだ。

「まぁまぁそう言わずに! 見てくださいよ! このお弁当の完成度を!」
「こっちはまだ仕事中なんです、邪魔をしないでいただきた、いッ…!?」

ぐるりとデスクチェアを回されて、強制的に後ろを振り向かせられるカルエゴ。 それだけでも鬱陶しくて仕方がないというのに、振り向いた先にはヘラヘラとだらしのない笑みを浮かべるダリの姿。 元来、気の長くないカルエゴのこめかみには、ピキピキと青筋が浮かび上がる。

「そんなに私に粛清コロされたいのですか、ダリ先生…?」
「短気は損気ですよ、カルエゴ先生! それよりも、ほら! 見てくださいって!」
「ちょ…ッ!」

カルエゴの威嚇をものともせず、ダリは笑って受け流す。 そしてそのまま、自分の弁当が見える位置に、グイッとカルエゴの肩を引き寄せた。

「ねっ? すっごく美味しそうでしょう?」
「………」

確かにダリの言う通り。 そこらのものとは比べ物にならないほど、ナマエの弁当は手の込んだものだった。 食べる者のことを考えて作られたであろうことは、容易に想像できる。 何より、そのビジュアルが破壊的に食欲をそそった。 …カルエゴの腹の虫を、刺激するほどに。

「ふっ、あははっ…!」
「っ、…!!!」

ぐぅ〜〜〜と、空腹を知らせる大きな音が職員室に響き渡った。 その音の出どころカルエゴの腹に、ダリは笑いを堪えられず、あははと大きな口を開けて笑っている。 そんなダリの言動に、カルエゴの怒りはピークに到達する。 このまま相手をしていてはキリがない。 そんな考えに至ったカルエゴは、黙って自身のデスクへ向き直ろうと、動き出した。 のだが。

「コラコラ。 なーに、また仕事に戻ってるんですか」
「…あの問題児クラスアホ共のせいで、仕事が終わらないんですよ」
「忙しいのは分かるけどねぇ。 今は昼休憩の時間です。 …休める時はしっかり休まないと。 ね?」
「………」

そこで初めて、カルエゴは気がついた。 近頃、忙しさから昼食を摂れていないカルエゴ。 そんな自分のことを気にかけているのだ、と。 何だかんだ言ってもこの男、周りをよく見ている。 相変わらずヘラヘラと笑みを浮かべている彼を、カルエゴはほんの少しだけ、見直した。

「ま! 盛大にお腹を鳴らしたカルエゴ先生には悪いですけど… 僕の大事なお弁当は、ひと口たりとも分けてあげませんがね!」
「要りません。 結構です」

その間、僅か数秒。 脳内で即前言撤回する、カルエゴなのだった。



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