第6話「ほんのりと、お酒の味がした」



「( ………いや、ちょっと待て。 改めて、冷静に考えても……… 可愛いすぎでは???? )」

もうすぐ日付も変わる頃。 夜の食堂には、ひっくひっくと嗚咽を漏らすナマエの声が響いている。 そんな状況の中、ダリの頭の中は未だかつてないほどに、高揚していた。

「( 僕が心配で? 会えなくて寂しくて? 好きって言って欲しくて? それで泣いてる? …いやいやいや!! 可愛すぎるだろ…!!! 冷静になんて、なれるわけが無い…っ!!! )」

ナマエからの "好きって言って欲しい発言" を受けて、暫し思考が停止していた彼だったが、一度冷静になりここまでの状況を整理しようと試みる。 そして自ら導き出した答えに、ダリは冷静になることを早々に諦めた。

そもそもの話。 ダリはナマエに "嫌われてはいないものの、好かれてもいない" と思っていたのだ。 ナマエが食堂の職員になった当初から、教師統括として彼女のことを誰よりも気にかけ、何かと気を配っていたのは事実で、そんな自分を信頼してくれているとは感じていた。

けれどそれは、あくまで "同僚として" 。 自分のように "恋愛対象として" 見てもらうには、じっくりと時間をかけていくしかない。 ダリは、そう考えていたのだが…

まさかのタイミングでナマエの内に秘めた想いを知り、今のダリはまさに、天にも昇る心地だった。 彼女のあまりに愛らしい言動を目の当たりにし、彼の酔いはすっかりどこかへ飛んでいったようである。

正直なところ、何故このタイミングで飲み会なんだと、ダリ自身、思わなかったと言えば嘘になる。 ようやくナマエに会える…! 彼女の手料理が食べられる…! と、胸を躍らせていた矢先の誘いだったのだ。

もちろんバラムの善意からの誘いだと言うのは分かりきっていたし、ダリもその心遣いに心から感謝もしていた。 純粋に今日の飲み会は楽しかったとも感じていたが、今のナマエを見てしまっては、自分の行動を後悔せざるを得なかった。

"こんなことになるのなら、最初から素直に想いを伝えておけば良かった" と、ダリは今までの "軽い発言" の数々を悔いる。 今ほど自分の性格を恨んだことはない。

「( 僕が本気だってこと、どうすれば伝わる…? )」

湧き上がる熱をどうにか抑えて、ダリは必死に考えた。 ここを間違えれば、絶対に後悔することになる。 彼にはそんな確信があった。 慎重に言葉を選ばなければ… そう、思った。 思ったのだが。

「私、ダリ先生が… 好きです…っ」
「っ、」

ナマエの口から放たれた言葉は、不安からか微かに震えていた。 だけどその言葉には、決心とも取れるような、芯の通った強さを感じる。 ただひたすらに真っ直ぐなナマエの言葉は、冷静になろうとするダリの心を、これでもかと揺さぶった。

何を尻込みしているのか。
自分は悪魔なのだ。
欲望のまま動いて、何が悪い。
ダリの中の "本能" が、彼に囁く。

「たとえ先生が、本気じゃなくても…っ、私は…っ」
「ナマエさん、こっち向いて」
「…っ? ……っ、ぁ…っ」

ナマエの不安そうに揺れる大きな瞳が、ダリを映し出す。 いつものヘラヘラとした笑みとは違う。 真剣な眼差しで自身を見つめるダリに、ナマエは思わず息を呑んだ。 そして、その瞬間。 ダリは両手でナマエの頬を覆うと、そのまま強引に、唇を重ねる。

「ん、っ… ダリ、せん、せ…っ! まっ、て…!」
「っ、無理、待てない」

何度も角度を変えながら、ダリは繰り返しナマエに口付ける。 唇が離れる僅かな間に、ナマエは抵抗を見せるけれど、ダリは全く聞く耳を持たなかった。 優しく、けれども強引なキスに、ナマエの胸には言葉にできない感情が溢れ出す。

「っ、どう、して…っ?」

そっと離れた唇を、名残惜しく感じてしまう自分がひどく情けなくて。 ナマエは言葉を噛み締めるように、どうして? と呟く。

今のキスに、軽薄さなど微塵も感じなかった。 熱く漏れ出す吐息。 頬を撫でる優しい手つき。 そんな強引さの中に垣間見えるダリの優しさには、ナマエへの気持ちが溢れていた。 だけど、まだ… 彼の口から聞けていない。 ナマエが欲している、あの言葉。 それがひどくもどかしく、ナマエの心はぐちゃぐちゃで、いっぱいいっぱいで… その大きな瞳に涙が浮かび始めた、その時だった。

「ナマエさん、好きです」
「っ、…!」

たった一言。 けれども、ただひたすらに真っ直ぐなその言葉は、今までのどんな言葉よりも、ナマエの胸に突き刺さった。 湧き上がるこの気持ちを、彼に何と伝えれば良いのか。 ナマエは口を開こうとするけれど、それは上手く言葉に出来なくて。 そんなナマエの気持ちを、何となく察したダリ。 彼はナマエの両手を持ち上げて、ギュッと握り込むと、またしても真剣な表情で、その口を開いた。

「曖昧な言葉ばかりで不安にさせて… 本当にすみませんでした。 だけど、今までの言葉も全て、僕の "本心" です。 からかっていたつもりもありません。 …ナマエさんの反応が可愛くて、つい意地悪をしていた自覚はありますが」
「ダリ先生…」

真面目に。 けれども最後は、彼らしく。 少しおどけて見せる、ダリのいつもと変わらない笑顔に、ナマエはどうしてか無性に愛おしさを感じる。 全て彼の優しさなんだと、頭では分かっていたはずなのに。 少しでも彼の言葉を疑っていた自分が恥ずかしい。 そう思えるほどに、ナマエの心は今、とても満たされていた。

だけど、彼の言動の数々に不安になったのは確かである。 ここはひとつ。 我儘でも言ってやらねば気が済まないと、珍しく悪魔らしい考えに辿り着く。 そうしてナマエは、ある "悪戯" を思いついた。

「……もういちど、」
「えっ?」
「もう一度、キス、してくれたら… 許してあげてもいいです…」
「っ、ほんとに、あなたってひとは…っ!」
「っ、ぁ…っ」

ナマエからの "おねだり" とも取れる発言は案の定、ダリの心を鷲掴みにした。 その破壊的な可愛らしさに、ダリはすぐさまナマエの頬を両手で包み込む。 覗き込んだナマエの頬は、何故かりんごのように真っ赤に染まっていて。 そんな彼女の仕草に、ダリは愛おしさが溢れて止まらなかった。

「こんなに可愛いお願いなら、いくらでも聞いてあげますよ」

溢れる想いを全て注ぐかのように、ダリはもう一度、ナマエの唇を塞ぐ。 またしても何度も何度も角度を変えながら、ふたりは長いキスを交わした。




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