「レオ君…そっち、狭くないですか…?」
「うん、平気だよ。 なまえちゃんは大丈夫かい?」
「私も、全然平気です!」
つい今しがた、ガタゴトと心地良く揺れる寝台列車へと乗り込んだ私とレオ君。 タソガレくんの計らいで、今日から3日間のお休みをもらった私たちは、私の実家へと帰るため、昨日の仕事終わりに急遽座席を予約したのだが…
「シングルの個室が二部屋空いていれば良かったんですけど…」
案の定、座席はほぼ満席状態で…残っていたのは2段ベッドが設置されているツインルームのみだった。 お世辞にも広いとは言い難いこの部屋で、長時間窮屈な思いをさせてしまうことに居た堪れなくなった私は、咄嗟に謝罪の言葉を口にしてしまう。
「すみません…私が突然一緒に行こうなんて言い出したから…」
「なまえちゃんは何も悪くないから、謝らないで?…昨日の今日だし、部屋が空いていないのは仕方ないよ。 この部屋が空いてただけでもラッキーだと思わないと!それにせっかくの休みなんだし、楽しまなきゃ損だと思わないかい?」
「レオ君……」
2段ベッドの上段から、ヒョコッと顔を出し、優しく微笑んでくれる姿にきゅぅうんと胸が切なく疼く。 嫌な顔ひとつせず、本当に楽しそうに笑う彼に愛しさが溢れて止まらない。
「そうですよね…レオ君っ!荷物を置いたら、展望車に行きませんか?とっても綺麗な夜景が見られるみたいですよ!」
「へぇ!それは楽しみだね!」
レオ君の言う通り…せっかくのふたりきりの時間なのだ。 とことん楽しまなきゃ、損だよね…!そう思うと、途端にワクワクと楽しい気持ちが湧き出てきて、さっきまでの暗い気持ちが嘘のように晴れていく。
「よしっ、そうと決まれば、早くっ、行きましょう!」
「ふふふ、そんなに慌てなくても綺麗な夜景は逃げないよ、なまえちゃん」
「っ、もう!子供扱いしてっ」
「っふふ、あはは、ごめんごめんっ…それじゃあ、行こうか」
急かすように呼び掛ける私に、まるで子供に向けるような温かい目をして笑うレオ君。 そんな彼の様子に、恥ずかしくなった私はつい照れ隠しでぷんぷんと怒る素ぶりを見せてしまう。 それが余計に可笑しかったのか彼はさらに笑い声を大きくしたあと、いつもの優しい笑顔で行こうと告げてきて…その余裕のある姿に、なんだか少し悔しくなった私は『えいっ』と、隙だらけの彼の腕にギュッと抱き着いてやった。
「っ!?ちょ、ちょっとなまえちゃんっ?」
「…笑った仕返しですっ!…ふふっ、そんなに焦って、子供みたいですよ?」
「っ、…仕返しが可愛すぎるよ、なまえちゃん…」
イタズラが成功し満足した私はスッとレオ君から離れ、扉へと向かい、くるりと振り返る。 するといまだに頬を真っ赤にしたレオ君が少し恨めしそうな表情でこちらを見つめていて…思わず私も、あははと声を上げて笑ってしまった。
「わぁ…満天の星だぁ…」
「これは、すごいね……」
全面ガラス張りの展望車から見えるのは、キラキラと光り輝く沢山の星。 そのあまりの美しさに、ほうっと吐息が漏れる。 僅かな電灯だけが灯る薄暗い車内には、朧げな月明かりが差し込んでいて、とても幻想的な雰囲気が漂っていた。 車内はラウンジのようになっており、奥にはバーカウンターも見える。 しっとりと落ち着いた音楽が耳に心地よく響き、ゆったりとした時間が流れていた。
「こんなにゆっくりと夜空を見るのなんて、いつぶりだろ…」
「本当だね…普段は魔王城から滅多に出ることもないし、日々の忙しさに空を見上げることなんてすっかり忘れていたよ」
窓の方を向いた2人掛けのソファが、程良い距離を置いて並べられていて、私たちもその内のひとつに腰をおろしている。 リクライニングを倒しガラスの天井を見上げれば、今にも星に手が届きそうな錯覚に陥って、思わず手を伸ばしてしまう。 グッと拳を握り、星を掴む素ぶりを見せると、隣からふふっと笑うレオ君の優しい声が耳に届いた。
「ふふ、星は掴めそうかい?」
「残念ながら、何も掴めませんでしたっ、ふふっ」
見つめ合って微笑む私たちの間には、とても緩やかな時間が流れていく。 そんな非日常的な空間の居心地の良さに、感嘆のため息が無意識の内に溢れてきた。
「はぁああ……何だか現実じゃないみたい」
「そうだね…まるで別世界にでも来たようだ」
「…レオ君、」
名前を呼んで、くるりと彼の方へと体の向きを変える。 すると、仰向けで天井を見上げていた彼も、私に倣ってこちらへと体の向きを変えてくれた。
「…どうしたの?なまえちゃん?」
「あの、…明日は、レオ君にとっては、何かと大変な1日になると思うんですけど…、それでもこうやって、一緒に来てくれて、楽しい時間を過ごせて…本当に、すっごく幸せだなあって思って…」
「なまえちゃん…」
このような現実的な話を、こんなにも幻想的な雰囲気の中でするなんて野暮だろうか…そう思いながらも、伝えたくて仕方ない、ちゃんと伝えなくちゃいけない。 そう思って、言葉にする。 そんな私の拙い言葉を、真剣な表情で聞いてくれるレオ君が、やっぱりどうしようもなく大好きで、愛しくて…
「レオ君、本当に、ありがとう」
心の底から溢れてくる、感謝の気持ち。 言葉にすると、更に気持ちが大きくなる。
「っ、なまえちゃん、その顔は、反則だよ…」
「え?…っんっ」
唇に触れる、柔らかい感触。 突然のレオ君からのキスに一瞬、驚くけれど、すぐに私の心臓はきゅううんと切なく疼き始める。 もっともっと、と脳が馬鹿になって、彼の唇を求めてしまうのだ。
「んぅ、れおく、ん…もっと、」
「…っ、ごめん、なまえちゃんっ、これ以上は…抑えられなくなるからっ」
パッと離れる唇が名残惜しくて、堪らない。 一度熱を持ってしまった脳が、すぐに冷めるはずもなく…
「…レオ君、私…続きが、したいです…」
「えっ!?…あ、あの、そっ、それは…」
はしたないと分かっていながらも、疼いて仕方ないこの身体は、すでにレオ君を求めてしまっている。 期待を込めて熱い視線をレオ君に向ければ、交わる視線。 彼の視線もまた、この先への期待に揺れていて…
「…お部屋に、戻ろ?」
「っ、…」
「…私、いっぱい、チューしたいな」
私の誘いに、ゴクリとレオ君の喉仏が波打つのがハッキリと分かる。 先程とは違い、彼の瞳はギラギラとした熱を孕んでいて、そのあまりに熱っぽい姿に私の期待は更に膨れ上がっていく。
「…っ、もう、どうなっても、知らないからね?」
「レオ君になら…何されてもいい、かも」
「ッ、!…ほらっ、もう、行くよ!」
レオ君はソファから優しく私を起き上がらせて腕を取ると、そのままスタスタと展望車の扉へと向かっていく。 私は彼にされるがまま、腕を引かれてついて行くけれど、彼の首が真っ赤なことに気づいて、クスクスと笑みがこぼれてしまう。 そんな私の笑い声に気づいているはずなのに、恥ずかしいのかこちらを一度も振り返らないレオ君が、可愛くて、愛おしくて…堪らなくなった私は、私の腕を掴む大きな手をそっと外して、指を絡ませた。
「…あの部屋、狭いけど、大丈夫かなぁ」
「…あまり大きな声、出しちゃダメだよなまえちゃん…誰にも聞かせたくないし…」
「…レオ君の、気持ちいいから無理かもしれないです」
「……はぁあああ、本当に、君は…っ、私を煽るのが上手だね」
「きゃっ」
突然ぐいっと引っ張られ、思わず小さく悲鳴をあげる。 バランスを崩した私をレオ君は難なく受け止めて、そのままお姫様抱っこをして歩き出した。 そして私たちの部屋へと辿り着き、中へ入ると…レオ君は後ろ手にガチャリと鍵を閉める。 そして私をそっとおろした、その瞬間。
「んっ、…んぅ、っはぁ」
「…んっ、…はあっ、」
再び重なり合う唇。 先程よりも激しいキスに頭がくらくらする。 熱い舌が口内に侵入して、ドロドロに絡まり合うと、私の頭の中はレオ君でいっぱいになって、何も考えられなくなってしまう。
「…っ、んっ、はぁっ、れおくんっ、」
「なまえちゃん、っ、…好きだよ」
「ッ、わたしもっ、好き、ですっ」
お互いがお互いを求めるように、何度も何度もとろけるようなキスを繰り返す。 そのままベッドへと倒れこんでしまえば、もう誰にも止められない。
「…お望み通り、沢山気持ち良くしてあげる」
耳元で囁かれる、とんでもなく甘くて熱いレオ君の声に私の身体はキュンと疼いて仕方ない。 早く彼に触れたくて、触れて欲しくて…私は彼の首へと腕を回すと、自ら唇を重ねる。 …それを合図に私たちは、そのまま体を重ね、愛し合った。