歌声を忘れたオルゴール

高校に入って何度目かの呼び出し。校舎裏、体育館裏、人気のない教室。場所も伝えられ方もさまざまだけど、返事は毎回同じだ。

「あの…国見くんのことが好きです…」
「悪いけど、俺、他校に好きな奴いるから」

そういえば、目の前の女子生徒は悲しそうに俯いた。それを見ても何も感じない俺は、酷い男だろうか。俺には、中学時代から片想いしている人がいる。

__なんで、そんな一生懸命やるんだよ?

第1印象は、早死にしそうな奴。喘息という持病があるにも関わらず、うちの中学で1番練習がハードだと謳われる女子バレー部に入った変人。バレー馬鹿だと言われる影山の幼馴染だというだけはある。出会った当初は、その程度の認識で、絶対仲良くなれない奴だと思ってた。苦手なタイプだと。だけど、

__一生懸命やると、みんなと同じ位置に並べるから。

儚げに笑うあの時の顔が忘れられなくて。俺は、普段からコッソリと手を抜いて、他の奴らよりも一歩後ろにいるなんてことはザラにある。それでも、他の奴らに劣っているとは思わない。だけど、尾崎の場合は、病気のせいで他の奴らよりも一歩後ろにいるのだ。その事実に気づいた時、ただのがむしゃらにやる馬鹿とは違うのだという認識に変わった。

__国見くんみたいな闘い方、かっこいいと思う。
__え?
__真打ちは遅れてくるって言うもんね

及川さん以外に、俺の本質を見抜かれたのは、はじめてだった。しかも、それを肯定的に捉えた彼女は、じわりじわりと俺の胸の中へと侵入してきた。それは、決して不快なものではなく、やわらかくて温かい。まるで、春風のようだと思った。それと同時に、影山と楽しそうに話している姿を見ると、ドロリとした醜い感情が沸き起こる。これが、所謂"嫉妬"というものだと気づいた時、自分が尾崎に抱く感情を自覚した。だけど、その時には、俺たちの関係には傷が入っていた。

__……また、影山と喧嘩したの?
__う、うん…。でも、私が悪いから、
__は?何でそうなんの?
__ほ、ほんとに!私が、お節介だっただけで、その、私は
__……違うだろ。影山が分からず屋なだけ

いつだって、尾崎の瞳の奥には影山の存在がチラついた。沸き立つ感情をなんとかコントロールしたくて、何度も影山を庇う尾崎を否定した。尾崎自身の事を否定できなかったのは、きっと、惚れた弱みというやつ。喉に引っかかり続けた感情を音に出してれば、何か変わったのか。最近は、そんな事を思う。

「くーにーみーちゃーん」
「げ。……なんですか、俺もう帰りますけど」
「今、げって言ったよね!?」
「言ってません」
「いや言ったでしょ!?なんで嘘つくの?」

部活終わり。自主練に残る部員もいれば、用事があるからと帰路に着こうとする部員もいた。人がまばらになりはじめた体育館で、俺の立ち位置は後者だ。なのに、面倒臭い先輩に捕まりそうになってしまったのだから、少しくらい顔が歪んでしまうのも仕方ないと思う。そう告げれば、さらに面倒臭いことになるので言わないけど。こういう時に限って、近くに岩泉さんはいない。

「尾崎ちゃんって大丈夫なの?」
「はい?」

なぜ目の前の先輩から、尾崎の名が出るのか。大丈夫、とは何に対しての言葉だ。訳がわからずに、ポカンと口を開ける。だけど、すぐに取り繕って閉口して、目を窄めた。どういうことか説明してください。そんな意を込めて、及川さんを見つめる。

「いや、この間病院の前で会ってね」
「病院?」
「あ!今回は怪我とかじゃなくて、たまたま偶然だよ!俺は、知り合いのお見舞いに行く途中でさ、」
「……はあ」
「あっ!ちょっと、そんなことはどうでもいいって顔しないで!?傷つくから」

いや、だって本音だし。その言葉は飲み込んでおく。なんのために及川さんが病院に行っていたか、なんてどうでもいい。問題は、

「尾崎がどうしたんですか」
「あれ?やっぱり何も知らない感じ?」
「………」

及川さんは、どこか見透かしたような目で俺の顔を覗き込んでくる。脳裏に浮かぶのは、中学時代の尾崎の顔。尾崎は、中1の頃から高校ではバレー部のマネージャーをやりたいって言っていた。身体のこともあってだろうけど、1番は俺たちのバレーを応援するのが好きだからだと。だけど、俺たちは別々のチームになった。そして、尾崎は影山か俺たちか。どちらのいる高校へ進学するか悩んでいたと思う。俺の手を取ってくれれば良い。何度もそう思った。アイツのところには行かないでほしいと。情けない嫉妬。そんな思いも虚しく、尾崎は俺たちの方でも影山の方でもない第3の選択肢をとった。どちらも選ばなかったのだ。否、きっと選べなかったのだろう。

「何か言ってました?」
「え?」
「俺たちのこととか…その、体調とか…。何か言ってたから、俺に聞いてきたんですよね」
「うん、そうだね」
「なに言ってました?」

いつまで経っても理解できない彼女の心情。そんな相手を忘れられずに想う俺。そして、多分、目の前のこの人はその事に唯一気づいている。

「んー、国見ちゃん達のことは何も。ただ、かなり具合が悪そうだったよ」
「入院してるんですか?」
「詳しくは聞いてないから、分かんないけどね。多分あの様子だとそうなんじゃないかな。国見ちゃんなら、何か知ってるかと思ったんだけど、国見ちゃんも知らないのかー」

どこか棘のある物言いだった。

「及川さんも知らないじゃないですか」
「んー、でもね。この感じだと、俺の方が"知ってる"」
「…っ」

ガツンと頭を鈍器で殴られたような感覚になった。目の前のこの人のこういう所は、1度だけを除いて好きになれない。まるで、高みの見物でもしているといいたいのか。俺が、どんな思いで尾崎に接してきたか、何も知らないくせに。

「何が言いたいんですか?」
「そんなに感情的になるなら、連絡してみれば良いのに」

クスクスと笑う顔を見て、ようやく合点が一致する。この人、面白がっている。後輩の恋路を知って、好奇心が沸き立って弄りたいという思いが見え見えだ。深いため息を吐いた。面倒臭いことこの上ない。だけど、面倒臭いだけでは済まなかった。及川さんの言ってることが事実なら、アイツはまた1人で苦しんでいる。

__くに、みくんっ…くるしい…こわ、い…

1番近くにいる影山は尾崎の変化に鈍感で、そのことに毎回苛立っていた。あんなに顔を真っ青にさせて、無理して笑う幼馴染のフォローもできないのかよ。なんであんなやつが幼馴染で、俺はそうじゃないのか。醜い思いと葛藤しながら、尾崎に手を伸ばしていた。

「及川さんには関係ないです」

部外者は入ってくるな。いつも、そう思っていた。腕を掴んで引き寄せて、抱きしめる。苦しそうに呼吸を繰り返す尾崎の背中を撫でながら、こいつを守るためには、どうすれば良いのか考えていた。朦朧とした意識の中で、尾崎が向ける視線の先にいるのは、いつも俺じゃなく影山だった。俺じゃダメなのか。何度もそう思って悔しくて、八つ当たりもした。

「あ、連絡するなら電話はやめておいたほうが良いと思うよ。尾崎ちゃん、喋れなくなってるから」
「えっ、」

しゃべれないって、そんなに深刻なのか。見開いた瞼から、瞳が溢れ落ちそうになる。

「別の病気を発症してるみたいだよ」

気づけば、スマホを握ったまま駆け出していた。






20210529




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -