あなたの優しさはいつもずるい

とても、大好きな人が居る。

その人は、クールで落ち着いていて格好良くて。私には勿体ないくらいの人。入院している私の元に、部活終わりだと言って毎日会いに来てくれて、他愛も無い話をする。

__今日は、調子良さそうだね

私の様子を見て一喜一憂してくれて。部活がしんどかったとか、コーチに怒られたとか。友達にからかわれたとか。いろんなことを話してくれる。私は、そんなお話を聞くのが大好きだ。だけど、彼に関する情報は、少しずつ欠けていく。

(……もういやだ、)

カランコロンとした音を立てて、今日も美しい結晶が落ちていく。それを握りしめて体内に戻そうとしたけれど、それはいつまでたっても戻ってくれなくて、手のひらに食い込んで痛みを与えてくるだけだ。今の今まで考えていた人のことが、また分からなくなった。忘れてはいけないと、頭の中では分かっているのにいなくなっていくのだ。

__ごめん、しばらく来れない。

部活が忙しいって言ってた。私が忘れても、また思い出させてくれるって言ってくれた。私の事が好きだって言ってくれた。とてもとても大事な人。私が苦しいときに、必ず手を差し伸べてくれた人。それなのに、

(……名前、名前が出てこない)

顔も分かる。声も分かる。微かに覚えてる思い出だってある。好きだという感情だってある。それなのに、名前が出てこない。忘れないようにと持ってきてくれた卒業アルバムを広げる。そこに絶対いるはずなのに、見つからない。中3は同じクラスだったっけ。中3の時、彼のクラスは何組だっけ。大切な情報が出てこない。

カランコロン…
カランコロン…

とめどなく流れる哀しい感情が、どんどん結晶になっていく。もういやだとベッドから這い出て、這いつくばりながらベッド付近に置いてあった車椅子に乗った。何処へ向かえば良いかなんて全く分からない。だけど、このまま此処に居てはいけないと思った。このままだと、私はわたしじゃなくなってしまう。そんな気がしたから。







「……蒼がいなくなった?」

部活の練習中に、蒼の母親から10件に及ぶ着信があった。コーチに断りを出て応答すると告げられた内容に絶句する。病院を勝手に抜け出して、失踪。未だに見つからない。心当たりはないか。矢継ぎ早に告げられた言葉は、かなり感情的で、蒼の母親の動揺がダイレクトに伝わってきた。

「俺も探してみます」

原因不明の病と闘う彼女は、精神的にどんどん弱っていた。それが、分かっていたのに傍に居てやれなくて。やるせない気持ちに、握る拳が震える。それに加えて、最近は持病の喘息も悪化傾向にあったらしい。朝、測った数値もあまり良くなかったと言われて焦りが募る。喘息を甘く見てはいけない。発作で、最悪の場合を迎える人だって居る。

「すみません。入院している大事な人が病院を抜け出して失踪したみたいなんで、探しに行かせてください」

頭を下げた俺の背中を、金田一が押してくれた。「もしかして、尾崎か?」その問いに頷く。

「俺も探しに行かせてください。中学の時の大事な友人なんです」

人手は多い方が良いだろうと。影山にも連絡してみようと。その言葉に、少しだけ心が落ち着いていくのが分かった。こういうときこそ、冷静に迅速な対応を。

「……絶対、見つける」




20210830




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