ただ、遅すぎた春に縋る

行く当てもなく車椅子を漕ぐ。まったく分からない道なはずなのに、なんだか少しだけ懐かしさも感じた。行き交う人々が、好奇な目で私を見つめてくる。車椅子な私に向けられる目は、決して温かいものではない。同情されるなら、まだマシだ。だけど、服で隠しているとは言え痩せ細った体は、見ていて気持ちいい物ではないだろう。それに、布に覆われた下は、鱗のようなものがこびりついている。

__蒼

私の事が好きだと言ってくれた彼は、私のこの体のことを知っても、気持ち悪いなんて言わなかった。それなのに、病気のことが気がかりで同じ気持ちなのに、応えてあげれなかった。それは、まだ、きちんと覚えている。覚えているのに。それすらも消えて無くなってしまいそうだ。そんなのいやなのに。

「……!!」

盛大な音を立てて、車椅子から転げ落ちる。頭から行ったせいで額をぶつけてしまって、地面にポタポタと血液が落ちていった。人通りが少ない道に来ていたせいで、人通りは全くない。途端に冷静になって、不安な気持ちが加速していった。ヒュッと喉が嫌な音を立てる。見上げた空はどんよりとしていて、今にも雨が降ってきそうだった。手探りでポケットを探ってスマホを取り出す。誰かに連絡しようとタップしたところで、手から滑り落ちて、傾斜があったせいか届かない位置まで転げ落ちてしまった。もうダメだ。そのまま地面に倒れ込んで、周りの景色を見る。

(あ、れ…此処…)

どこか見慣れた景色。記憶を手繰り寄せる。他愛も無い話をしながら、笑う今よりも少しだけ幼い彼の顔が過ぎった。そうだ。此処は、中学生の時の通学路だ。私は、無意識のうちに母校へ行こうとしていたのだろうか。ゼエゼエと喘鳴が鼓膜を刺激してくる。目を閉じた、その時、

「っ蒼!!」

いま、まさに考えていた人の声が聞こえてきた。幻聴だろうか。ゆっくりと瞼をあけると、名前を思い出せなかった彼の姿がある。なんで、こんなところに。疑問は届かない。その代わりに彼の手が、優しく私の額を撫でる。

「なにやってるの!こんな状態で!!」

怒られているのに、嬉しい気持ちが込み上げた。会いたかった人が、私を見つけてくれた。場違いなことを思う。息苦しさに身動いでいると、ゆっくりと上半身を起されて、口元に吸入器が当てられた。いつだったか、同じようなことがあった気がする。発作で苦しんでいる私を、こうやって助けてくれた。

(く、にみ…くんっ)

声が出ないと分かっているのに、パクパクと口を動かした。無意識に動いた口。それに、ハッとなる。そうだ。彼は国見くんだ。国見英。私の初恋の男の子。

「なに…」

私が苦しいときに、いつも見つけてくれて助けてくれた人。

(くにみくん、が、だいすき、です)

この気持ちだけは忘れたくないのに。消えて無くなっていく感情が怖くて怖くてたまらない。泣いたらいけないって思うのに。また、ポロポロと零れ落ちていく。カランコロンと軽快な音を立てて美しい結晶を形成して。そうやって、私の中から消えていくのだ。

「やっと、聞けた」

泣いている私とは裏腹に、柔らかい笑みを浮かべた国見くんの綺麗な顔が近づいてくる。そして、唇にそっと温かいものが触れた。

「俺も蒼のことが好きだよ。だから、ちゃんと病院に戻って治療を頑張って。支えるから。治ったら、蒼のやりたいこと、全部叶えてやるから」

もう絶対、忘れたくない。こんなにも幸せであたたかな感情を忘れてたまるか。病気に負けてたまるか。

「蒼。戻ろう?」

水色の無地のハンカチが額に触れる。それは、すぐに真っ赤に染まった。でも、この日を境に私の体調は奇跡的に回復していく。主治医の先生も、この状況を奇跡だと言っていた。ようやく声を取り戻したとき、私はきっと、こう言うだろう__。




20210831

応援、ありがとうございました。




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