川西太一の受難は続く

高校時代の親友から、珍しく着信が入った。医大にストレートで合格した賢二郎は、忙しい日々を送っているらしく、あんま会えていない。用がない連絡を嫌うので、こちらからもあまり連絡はしていなかった。最後に会ったのは、去年の白鳥沢高校バレー部OBの集まりの席でだっただろうか。

「……もしもし、賢二郎?」
『……ら……た』
「もしもし?どうした?」
『………やらかした、無理』
「はい?」

ボソボソと小さく情けない声で紡がれていく言葉に、必死になって耳を傾ける。電話先の様子を窺う感じでは、大層弱っているみたいだった。

「やらかしたって何を?」
『あークソ!菫…』

苛立ちを隠そうともせず、菫と出てきた名前。その名前は賢二郎の彼女の名前だ。まさか振られたのかと嫌な予感が頭を過ぎる。俺のその考えは、近からずしも遠からずだった。

「とうとう別れた?」
『んなわけあるか』
「じゃあ、なに?」
『……連絡が取れねー』
「何したんだよ、賢二郎」
『………』

とりあえず電話だと埒が明かないので、都内に住んでいる同士だし、今日の夜に久しぶりに会うことになった。







待ち合わせのラーメン屋を訪れると、賢二郎の姿は、まだなかった。待っている間にスマホを眺める。賢二郎と電話した後、最上さんにメッセージを送ってみたが、そちらも返答はなかった。賢二郎と何かあった場合、彼女の方もよく俺に相談しに来ていたので、今回も何かしらアクションがあるかと思っていたが、全くなかった。それが些か不可解ではある。

そして、高校時代の最上さんの親友にも連絡を入れてみたが、彼女も知らないの一点張り。その子は関西の大学に進学しているので、久しく連絡を取ってないらしい。それがどこまで本当かは分からない。賢二郎が何かをして、向こうを敵に回している可能性もある。

高校時代から思っていたが、賢二郎は、要領が良さそうに見えて良くない。その上、愛情表現がかなり分かりづらいし短気だ。最上さんは、流石はピアニストの才能の持ち主と言うべきか感受性が豊かな方なので、賢二郎のぶっきらぼうな言い方でも、その中に隠れている優しさを汲み取ることが出来ていた。それで上手くいっていた2人だけど、最上さんも最上さんで、他人に甘えたり頼ったりが下手な部分があるので、1度拗れると変な方向へと向いてしまう。俺は、昔からそれの1番の被害者だ。

「……太一」
「よっ、お疲れ」

そんなことを考えていると、待ちかねていた人物が顔を出した。目の下に若干隈があるように見えるので、相当参っているらしい。

「……で?」

適当に注文を済ませると、切り出すように問う。まどろっこしいのは賢二郎も俺も苦手なやり口だ。

「一昨日、あいつが珍しく急に家に来るって言って来たんだ。……最悪なことに、その日、断れない用事があったんだけど」

おっと、話の最初から雲行きが怪しい。最上さんは、どちらかというと控えめな女の子だ。高校時代も我儘をあまり言ってくれないとか、甘えてくれないと賢二郎がボヤいていたのを聞いたことがある。そんな最上さんが、約束もせずに賢二郎の家に訪れるなんて、

「なんか、相談があったんじゃねーの?」
「……やっぱりお前もそう思うか。だから、飲みの席と言えどセーブしてたんだけど、」
「え?飲み?」

いやいやいや、其処は断らなきゃ駄目でしょう賢二郎くん。断れない用事が飲み会だったなんて、ちょっと最上さんに同情するわ。それに、20歳を過ぎて日も浅いし、自分の限界だって俺達まだ理解してないレベルだろうに。

「……うるせえ、断れなかったんだよ。先輩とか教授とかの付き合いとかで、……というか菫が家来るっつった時は、そこまで頭回んなかったし……あいつも相談あるならそう言ってくれれば、」

ボソボソと言い訳を並べる賢二郎。医学部の付き合いは特殊なのか、よく分からないが、賢二郎は賢二郎なりの事情がある様子だ。だが最上さんは、ここまでの事情を話してさえいれば、理解してくれない女ではないと記憶もしている。

「飲みで遅くなるって言ってたの?」
「……言ってれば良かったよな」
「あちゃー、で、結局相談を聞いてあげられなかった感じ?」
「聞いてやれなかった…というか、朝起きたらいなかった」

朝ご飯と昼の弁当を用意してくれて、書き置きの手紙が添えられていたらしい。書き置きの手紙には、"急に来てごめんね。朝ご飯はチンして食べて。後、お弁当作ってるから、それも良かったら食べてね"と書かれていたそうだ。というか怒ってるだろうに、そこまでしてあげるなんて最上さん優しすぎない??

「賢二郎、まさか記憶がなくなるまで飲んでないよな?」

その問いに返答はないが、無言は肯定である。

「ん?セーブしてたって言ってなかった?」
「教授に無理矢理テキーラを飲まされた」
「うわあ…医大怖え…」

俺が頭を抱えたタイミングで、注文していたラーメンが運ばれてくる。のびてしまっては美味しくないので、それを口に入れながら思案した。

「……しかも俺、起きたとき服着てなかった」
「ブフォッ」

不意打ちの言葉に、咽せる。此処まで来れば、救いようがない馬鹿としか言いようがないんだけど。

「相談も碌に聞かずに、自分だけやりたい放題やっちゃったの?」
「……多分」
「………」
「なんだよ、言いたいことあるなら言え」
「振られるのも時間の問題というか、もうそれ振られてね?」

自分勝手にも程があるぞ。最上さんだから上手くやれてきたものの、他の女ならビンタも良いところだ。というか、1度別の女と付き合って痛い目を見た方が良いかもしれない。

「分かってるっつの……」
「もうアレじゃね?家まで押しかけるしかないんじゃないの?」
「俺もそう思う…この後行くつもりだ」
「まあ、その…慰めなら任せろ」
「振られる前提で言わないでくれよ…」

あー、と頭を抱える賢二郎の背中を、高校の時のようにバシンと叩いてやった。とは言え、どう転んでしまうだろうか。最上さんからのリアクションが全くないので、俺はフォローもしてやれない。ただただ、丸く収まるように祈るばかりである。


20201226



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