どろりと光る刃の二藍

「菫?」

やさしく名前を呼ばれて顔を上げると、賢二郎がとても心配したような顔で、私を見つめていた。目を逸らせないでいると、ゆっくりと近づいてきて、頬に手が添えられる。温かな手先が心地よくて、その手の上に自分の手のひらを重ねた。

「賢二郎…私、頑張る…」
「は?」
「頑張るから、見てて」

ポンちゃんが何を考えているか分からないけれど、私は、それでも彼女と友達でいたい。

「……お前さ、1人で突っ走ろうとするのやめろよ」

深いため息が振ってきて、頬に添えられていた手が背中に移動して引き寄せられた。その行動全てから、私に説明を求めているのが伝わってくる。

「俺、そんなに頼りねえの」
「そんなことないよ」
「なら、お前は1人で何をしようとしてんだよ」

抱きしめられている腕に力がこもった。紡がれる声音が、どこか不安そうに震えている。

「ストーカーしてるの、誰か分かっちゃった」
「……だろうな」

なんて言えば、賢二郎は納得してくれるだろうか。相手は私の友人だ。そして、私はこれからも仲良くしたいと思っている。そのまま、ありのままを伝えるしか術はないだろうか。

「賢二郎はさ、もし、川西くんにストーカーされたらどうする?」

遠回しの質問。これでもかというくらい眉間に皺を寄せて、顔が歪められる。でも、すぐに何かを考え込むような顔になって、やがて、その意図に気がついたように目が見開かれた。

「俺なら、1対1で話すけど駄目だ」
「えー」
「俺も一緒に行く」







翌日の大学終わり、私とポンちゃんは大学に近いカフェに寄っていた。そこには、大学を終えた賢二郎が既にいて、勉強をしながら、こちらの様子を窺っているのが分かる。

「身体はもう大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

好きな物を注文して、なるべく賢二郎がいるところに近い席を選んだ。

「彼氏さんのおかげ?」
「えっ!!?あ…うん…そう、かな」
「いいなあ。なんだかんだ優しいんだね?」
「え、あ…うん…」
「わー、珍しい顔真っ赤になってる!」

それは、近くに張本人がいるからです。とは口が裂けても言えない。彼氏が近くにいるのが分かってて、惚気るなんて公開処刑だ。

「前は、甘えられないーとか言ってたのにね?」
「……そんなこと言ったっけ?」
「言ってたよー。完璧超人みたいな人だから、邪魔になりたくないって」
「その話はもういいよ」

これ以上、賢二郎の話になったら、ボロが出そうで怖い。賢二郎は、私のことを良い彼女と思ってくれているけれど、実際の私は面倒くさい彼女だと思う。って、そんな話をしたいわけじゃない。

「ねえ、ポンちゃん。今日は、話があったの」
「………うん」

ふう、と一息吐いて、カフェオレを口に含む。甘さと苦さが混ざり合ったそれが、ゆっくりと体内に侵入してきて、心を落ち着かせていった。

「疑ってるわけじゃなくて、もう、確信していることがあるんだ」

だから、貴女は、もう逃げられないよ。

「ここ数週間、自宅前に張り紙があったり、非通知でメッセージが届いてた。ストーカーみたいで、すっごく怖かったの。こんなことするなんて、最低と思ったよ」

不意に混ざり合っていた視線が逸れて、ポンちゃんは俯いた。

「だけど、真意を知りたい。私が何かをして傷つけてしまっているなら、改善したいとも思う。そのストーカーは、私にとって大事な友達だから」
「!」

バッと顔が上げられる。とても複雑な顔をしていた。

「ねえ、ポンちゃん。こういう嫌がらせは止めてほしい。私、ちゃんと友達でいたいよ…」

情けなく震えた声。そして、言いたいことを言い切ったことによる安堵。ポンちゃんの瞳が、不安そうに揺れた。

「……なんで、分かったの」
「字が、ポンちゃんだったから。後、大学の友達で賢二郎の個人情報を知ってるのはポンちゃんだけだし」

賢二郎は、賢二郎の知らない人に自分の話をされるのが嫌いな人間だ。なので、彼氏の名前や通ってる大学とかを聞かれても適当に誤魔化していた。多分、逆も然りだと思う。だから、詳しく話したのはポンちゃんだけなんだと説明した。

「私、菫に信用されてないんだと思ってた」
「え?」
「菫は、いつだってけんじろう君のことを優先するから。ただ、私を踏み台にしてるんだと思ってた」
「そんなわけないよ!!」

でも、思い返してみると、ポンちゃんと約束していても、賢二郎の予定が空いたら賢二郎と会うのを優先していた。ポンちゃんとはいつでも会えるけど、賢二郎とはなかなか会えなかったから。

「医大生って聞いてたから仕方ないかなって思ってたけど、毎回そうだと傷つく」
「……ごめんね」
「だから、ちょっと意地悪してみたの。そしたら、私のこと、もっと頼ってくれるかなって。でも、身体壊した菫を見てやりすぎたって後悔した…だから、もうやらないよ。怖がらせてごめんね」

結局、私の事なんて頼らずに、けんじろう君を頼ったみたいだけどと自嘲される。

「それは、ポンちゃんにまでストーカーが何かしたら嫌だからだよ!」
「……そうだよね。菫なら、そう思うよね。ごめんね」
「もう止めてね!こういう嫌がらせじゃなくて、嫌なことははっきり言ってほしい。これからも友達でいたいから、ね?」
「うん…」

ようやくお互いに笑みが戻った。頼んでいたデザートを口に入れると甘さでとろけそうになる。近くから、ほっと息が漏れるのが聞こえてきた。それが、誰かなんて分かりきっている。

「もう、本当に怖かったんだからね!?」
「ごめんね、もうしないから。不満があったら、ちゃんと言う」
「そうしてよ。特に写真!怖すぎた…」

そう言った途端、ピシっと空気が凍った。あれ?と首を傾げる。急にポンちゃんの纏う雰囲気が、また冷たいものに変わった。そして、恐る恐る言葉が紡がれる。

「写真…?」

何言っているの?という顔をしていた。

「え、うん…何十枚も隠し撮りされた写真が封筒に入れられて届いたよ」

ポンちゃんじゃないの?と問う。その言葉に、ポンちゃんは首を横に振った。ポンちゃんが言葉を紡いだのと、賢二郎が席を立ったのは同じタイミングだった。

「私、隠し撮りはしてないよ?」
「今のマジ?」

背後に立った賢二郎が、鋭い視線を向けながら、私たちの中へと侵入してきた。



20210117










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