泣き虫アルペジオ

ストーカーの件を相談して以降、トントン拍子に話が進んでいく。自宅のマンションは先月更新したばかりだと言うのに、これから賢二郎と同棲することが決まった。まだ、親には話していないけれど、うちの親が賢二郎に抱いている信頼度は満タンに等しいので、多分、反対されるようなことはない。そして今日は、川西くんと瀬見さんが賢二郎の家を訪れていた。

「川西くん、久しぶり!」
「最上さん元気そうで…。俺からの連絡見てない?」
「あっ…。ごめん!」

そう言えば、寝込んでいたときに[賢二郎と喧嘩したの?]というような内容で、川西くんからメッセージが届いていた。すぐに仲直りしたし、賢二郎が全て話しているだろうと思って返信を後回しにしていたのだけど、それを指摘されてしまい申し訳なくなる。

「ウン、まあ…賢二郎から全部聞いてるから大丈夫だけど」
「なら言うなよ」

ムスっとした顔で、私の後ろに立っていた賢二郎が呟いた。その声は、別の第3者に拾われる。

「心配してるんだろ。そう言うなよ」
「…はい。それも分かってます」
「ほんっとに、かァいくねー…」

川西くんの横から顔を覗かせた青年…瀬見さんがそう言った。何度か大会で姿を見かけたことはあるけれど、最後に会った時よりも、体型がさらにガッシリしているような気がする。そして、言ってはいけないんだと思うけれど…なんて言うか…私服のセンスが独特だった。

「あ…こんにちは。最上菫と言います。今日はすみません…」
「おー。瀬見英太だ。こいつらとは高校の時、部活で一緒だった」

軽く自己紹介を済ませた後、賢二郎の家へと招き入れる。とりあえず、飲み物を出すねと伝えると、2人からお構いなくと言われた。なんだか、このやり取り、旦那さんの同僚を迎え入れる奥さんみたいに思えてきて緊張する。

「で、どうする?処す?」
「処す」
「お前ら、いきなり物騒なこと言うなよ…」

冷蔵庫からお茶を取り出しながら、男子達の会話に耳を傾けると川西くんがいきなり物騒な言葉を発して、賢二郎が秒で頷いていた。瀬見さんは、ドン引きしている。

「なら瀬見さんは、彼女が同じ目に遭ってたらどうするんですか?」
「……処すな」

少し間は空いたけれど、男子達が考えることは一致しているらしい。コップにお茶を注いで、お盆の上に乗せて彼らが囲んでいるテーブルまで運ぶ。口々にお礼を告げられるので、会釈しておいた。

「あー…聞いて良いか?そういうことをする奴に心当たりはねえの?」

賢二郎の横に腰を降ろした途端、申し訳なさそうに瀬見さんに問われる。

「うーん…」
「無理して応えなくて良いからな」

隣に座っていた賢二郎が、射殺しそうな視線を瀬見さんに向けた。多分、私が怖いことを思い出してしまうのではと心配してくれているのだろうけど、先輩に向かってその態度は大丈夫だろうか。なんて思いながらも、記憶を手繰り寄せる。盗撮された写真、宛先の分からないメッセージ、張り紙…。

「あ、」

あの時は、かなり動揺していたし、読んだ途端すぐにビリビリに破いてゴミ箱に捨ててしまったけれど、

「……菫?」

思い返してみれば、それはキレイな字だったのだ。キレイというよりも、丸みの帯びた可愛らしい字。筆跡を誤魔化そうと少し乱雑に書かれていたけれど、とても、見覚えのあるような…そこまで考えたところで、ズキンズキンと頭痛がしてくる。

「おい、菫」
「なんでもない…ごめんなさい…」

取り繕うにそう言うと、瀬見さんと川西くんは優しく大丈夫だと言ってくれた。賢二郎だけが、訝しげに私の方を見つめてくるが、やがて、

「……で、これが俺の予定。今週は試験だから問題ないけど、来週の水曜と金曜をどっちかに頼みたいです」

スマホを開いて、大学に行く時間を語りはじめた。今週は試験期間と言うこともあり、大学に行く時間は私に合わせられるという。お迎えもだ。問題は来週で、講義の時間が賢二郎の方が早いのが水曜日で、金曜は遅くなる可能性があるから迎えに来れないという。

「水曜なら、俺行けるぞ」
「んー、金曜ならバイトないわ」

瀬見さんが水曜日、川西くんが金曜日を対応してくれると言ってくれると、賢二郎が少し息をついたのが分かった。そして、それからの流れを賢二郎が説明して話し合っていく。賢二郎の中では、もう全てが決まっているようだった。

「……ありがとう、ございます」

申し訳なさでいっぱいだけど、こういうときはお礼を言うべきだと背中を押された気がした。







それから他愛もない話をして、瀬見さんと川西くんは賢二郎の家を後にした。それを見送った後、賢二郎にソファに座れと言われる。

「……で?」

逃がさないと言わんばかりの目が、私の顔を覗き込んだ。どう答えようか考えあぐねているとため息を吐かれる。

「ほ、本当に当たってるか、分からないから…」
「それでも、俺は聞く権利あるだろ」
「それは…」

そうなんだろうけど。私だって信じられないことを告げるのは億劫だった。煮え切らない様子を見られて、賢二郎の機嫌がどんどん悪くなっていく。

「……昨日、お前のスマホに来てたメッセージ、俺の個人情報だった」

昨日スマホが震えたとき、賢二郎が有無を言わさない様子で私からスマホを取り上げたことを思い出す。

「!そんな」

これはもう、確定だろうか。思い浮かぶのは、あの張り紙の筆跡。あれは………ポンちゃんのものだ。


20210112











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