春に至る

君と再会した春が、もう1度やってきた。

「菅原先生じゃなかったー!」

5年生に進級した楓が、家に帰ってきたときの第一声は、そんな言葉だった。心底残念そうに声を上げた妹の新しい担任は、2年生の時に受け持ってくれた先生だった。

「また、あの先生!」
「またって、楓、あんまりお世話になってないでしょう」

小学1、2年生の期間は、この子は、ほとんど学校に行っていない。1、2年生の時の先生方も、親身になってくださり、とても良い先生だったと記憶している。これなら私は安心なのだけど、楓はとても不満そうだ。

「でもさ、これでお姉ちゃんは菅原先生とお付き合いできる?」
「はあっ!?」

思ってもみない言葉に、手に持っていたスマホを落としてしまった。

「あれ?もしかして、もう付き合ってた?」
「……いや、付き合ってないけど」
「ええー!あ、もしかして、6年生になったら担任になるかも?とか思ってるの?」
「……いや、まあ、」
「もうー!お姉ちゃん!そうやって、周りばっかり気にしてー!そういうのダメだよ!」
「……はい」

何で、妹に説教させられているのだろうか。

「いや、付き合うって言ってもね?相手の気持ちも…」
「菅原先生は、お姉ちゃんのこと大好きじゃん!何言ってんの?」
「………」
「で、お姉ちゃんも菅原先生大好きでしょう!?」

この子は、いつから、こんなに勘が鋭くなったのだろうか。失踪事件を機に楓は、私に対しての物言いが容赦なくなった。痛いところを平気で突いてくる。

「私、菅原先生みたいなお兄ちゃん欲しい!!そもそもね、妹の担任だから彼氏にしちゃいけない〜とか思ってるお姉ちゃんがおかしいんだよ!!友達に、お父さんとお母さんが離婚してお母さんに引き取られた子がいるけど、その子のお母さん、その子が幼稚園の頃に担任だった先生と再婚したんだよ?みんな知らないだけで、その子を受け持ってた頃から付き合ってたんだからね!?」

そう言って、私の両手を掴み、ブンブン振り回す楓。

「変なこと言ってくる人はいない!もし、いたとしても、そっちがおかしいだけ!わかった?お姉ちゃんは、早く菅原先生に告白して!!」







「……って言われた」

数日後。丁度会う約束をしていたその日、私の様子がおかしいと指摘してきた菅原に、楓に言われたことをそのまま伝える。桜が満開に咲き誇る公園を、2人でゆっくりと歩きながら、ちらり、と横に居る菅原の表情を窺うと悪戯っ子のような笑みが返ってきた。

「へえー。ませてんな?桜とは大違い」
「……どういう意味?」
「恋愛なんて興味ないわ!って言う子供だったじゃん、桜は」
「待って。菅原と出会った時は、もう高校生だったけど?」
「え?あんな冷めた高校生だったのに、小学校の頃は違ったって言いたいのか?」
「ち、がわないけど…」

恋愛なんてと、ずっと蔑んで生きてきた。それを変えてくれたのは、間違いなく目の前の彼だ。

「楓さん、結婚式でも、やっちゃんに彼氏いないの?とか聞いてたもんな」

先月の潔子と田中の結婚式に参加した楓は、潔子に馴れ初めを聞いて感動していたり、谷地ちゃんに、なら好きな人はいないの?とか聞いていた。その他にも、餌食になったバレー部員は沢山居る。自分の妹の醜態を思い出したら恥ずかしくなってきた。パタパタと両手で顔を仰ぐ。

「……で?」
「で?」
「言ってくれないのか?"好き"って」
「んなっ、」

足を止めた菅原は、真っ直ぐと私の方を見つめてくる。

「言わなくても、分かってるくせに、」

聞いてくるなんてズルい。

「えー?聞きたいべ。それに未だに名前で呼んでくれないし」
「うっ」
「曖昧な関係のままで良いのかー?」

そう言って、ジリジリ近づいてくるので、逃げるように後退する。それを何歩か繰り返していると、桜の木にぶつかった。これ以上、後ろに下がれない。視線を右へと逸らすと、その横に菅原の腕が置かれる。

「まあ、確かに?寄りを戻しましょうなんて言わずに、抱きしめたりキスしたりしてますけど?あっ、それ以上もかー」
「ちょっ、!なんてこと言うの!!」
「何だよー。嫌がりもしなかったくせにー。ま、確かに言葉にしてないだけで、恋人のようなもんだと思うけど?」
「菅原!!」
「恋人のようなもん、のままで良いのかー?あっ、言葉にしてない俺が悪いって?」
「……いや、そんなことは、ないけど、」

焦ったように周りを見渡す。そんな私の心なんてお見通しだと言わんばかりに、「誰も見てないべ」と言われた。菅原の胸元に、両手を置いて、小さな抵抗をする。

「ちょっと、近い菅原」
「そりゃ、近づいてるからなー」

逸る胸を抑える。再会してからの菅原は、いつだって真っ直ぐに私を想ってくれてた。それを伝えてくれてた。だから、今度は私の番。流されるままではなく、ちゃんと自分の想いを音にして届けたい。

「……、き、」
「なんて?」
「好き、」
「誰のことが?」
「……孝支のことが、好き、です」

恥ずかしい気持ちに耐えられず、目の前に立つ孝支の胸元に顔を埋めた。しっかりと受け止めてくれた彼の逞しい腕が、私の背中に回る。お日様の香りが広がってきた。それが、彼の匂いだ。私の大好きな匂い。

「んー、合格としましょう!でもさ」

孝支の唇が耳元に近づいてきて、その吐息がかかる。くすぐったくて、身を捩らせた。そこから紡がれた言葉に顔を上げると、やさしい口づけが降ってくる。

__俺は、愛してるから

「私も、愛してる」

私に、愛情を教えてくれて、ありがとう。ひらひらと舞い散る桜の花びらたちが、静かに私たちを、祝福してくれていた。




20210305 [完] 
応援、ありがとうございました。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -