導く太陽

翌日。怠い身体をなんとか起してキッチンまで歩いて行くと、そこにはエプロンを身につけた菅原がいた。

「……おはよう、桜」

朝ご飯を作ってくれているようで、傍に寄っていった私を見て微笑んでくれる。たった一夜で、自分が抱えていたものを全て曝け出した。それを余すことなく、全て掬い上げてくれた彼の背中に、徐に縋り付く。

「桜。ちょっと危ないから」

そう咎められるけど、その背に、ぐりぐりと額を押しつけた。そうしていると、菅原は作業を一旦止めてくれる。そして、振り向いて、私の顔を覗き込んだ。

「どうした?」
「うん…」
「うん、じゃ分かんねえべ」
「なんとなく」
「なんとなく?」
「なんか、こうしたくなったの。……ダメだった?」
「そういう言い方は、ズルいべ」

今日の夕方、楓を迎えに行く。あの子を目の前にして、私はどうすれば良いのだろうか。

__今更、お父さんなんて言われても困るもん。私には、お姉ちゃんがいれば良いの

あの言葉は、本心ではなかったのだろう。そのことに、気づいてあげられなかった。だから、きっと、私に内緒で行動したのだ。子供が親に会いたいと思うのは自然なことで、楓は何も悪くないのに。

「桜。また変にウジウジしてるだろ?」
「……してない」
「してる」
「……っ、してない!」
「しーてーまーすー!」

菅原の両手が、私の頬を包み込む。そして、顔を上げられて目と目が合わさった。気まずさに視線を逸らす。決してその行動を見逃さないのが、彼。

「ほれみろ、目逸らした。どした?桜」
「……夕方のこと、考えてた」

第一声は、どうすれば良いのだろうとか。こういうとき、普通の親ならどうするのだろうとか。保護者と言えど、私は"姉"で"親"ではないから。

「なんて、声かけてあげたら良いと思う?」

あの子に、どう接したら正しいのかが、分からない。今、私は楓が何も相談せずに行動したことに傷ついているけれど、そうするまでに至った経緯があることは間違いない。知らない間に、私が、ずっと楓を傷つけていたんじゃないかとも思う。

「会ったときに、思ったことを言えば良いべ」
「思ったこと…」
「叱っても良い。無事だったことを喜んでも良い。何も相談してくれなかったことを悲しんでも良い。まず、楓さんに面と向かって会って、1番に沸き起こった感情を、そのままぶつけたら良いべ」
「でもっ」
「それで楓さんが、どう思うかは分からない。俺はさ、間違っても良いと思うべ」

菅原はそう言うと、冷蔵庫から水を取り出した。コップ2つに、それを注いで、片方を私にくれる。それを口に含むと、緊張感を纏っていた身体から力が抜けていく。

「2人とも、お互いのことを考えすぎだべ。偶には喧嘩になるくらいぶつかれば良いんだよ。姉妹なんだからさ。俺なんか、数え切れないぐらい弟と喧嘩したべ?」

その言葉に、コクリと頷いた。







JR仙台駅に辿り着くと、菅原が「寒くない?」と聞いてくれる。それに、適当に頷くと「リラックス!!」と背中を叩かれた。怖い顔をしてしまっていたらしい。

「フォローはするから」

時計に視線を移す。もうすく到着予定の時間だった。改札口を沢山の人が通り抜けていく。行き交う人々を見渡し、楓の姿を探した。しばらくそうしていると、見慣れた服装をしている少女に目が止まる。

「楓!!」

気づけば名前を呼んで、走り出していた。改札口を出てきた小さな身体を抱きしめる。じんわりと広がっていく体温が、楓の存在を教えてくれた。

「戻ってきてくれて…ありがとう…」

ポロポロと涙がこぼれ落ちていく。その中には、たくさんの想いが宿っていた。「ごめんなさい」と謝罪の言葉が楓から放たれたとき、後ろに居た菅原が口を開く。

「楓さん。行き先も言わずに、いなくなったらダメだべ」
「菅原先生…」
「お姉さん、すごく心配してた。こうなることくらい分かってただろ?」

責めるような菅原の言葉に、私は咎めるように口を開く。けれど、それは楓によって防がれた。

「菅原先生の言ってるとおりだから。お姉ちゃん、ごめんなさい」
「……楓が無事なら、良いんだよ」
「いや、良くない」

菅原が再び口を挟む。そして、私の横に屈んで、楓と目を合わせた。

「楓さん。なんで、こんなことをしたのか、きちんとお姉さんに説明しなさい」
「……はい。運動会の時、叔父ちゃんからお父さんが生きてること聞いていたの。それで、なんで出て行ったのかも聞いた。叔父ちゃんは、お姉ちゃんのせいで出て行ったって言ってた。それで、私とお姉ちゃんは、お父さんが違う人なんだって知ったの」

私が、父親の話をする前から知っていたのか。そういえば、あの時の反応は、随分あっさりしていた気がする。

「私にとって本当のお父さんでも、お姉ちゃんにとって大嫌いな男の人なら、お姉ちゃんに会ってみたいって言えなかった。だから、叔父ちゃんにお父さんの電話番号を聞いたの。それで、お姉ちゃんがお仕事で居ない日に、ちょこちょこ電話してた」
「そ、うなんだ、気づかなかった」
「話してると楽しくて、一目で良いから会ってみたくなったの。でも、会いたいって言うとお姉ちゃんが悲しむと思ったから言えなかった。だから内緒で会いに行って帰ってくれば良いと思ったの。でも、お父さんがいる所、すっごく遠くてっ!気づいたときには、こっちに帰って来れなくなってて!そしたら、お父さんが泊めてくれるって。だから、叔父ちゃんに電話したの」

楓の目からは、涙がこぼれ落ちていく。抱きしめていた小さな身体は、ぶるぶると震えていた。こんなにも、私は、この子を追い詰めてしまっていたのか。釣られて私も泣いてしまう。そんな私たちに、菅原が諭すように言葉を放った。

「コミュニケーションが足りなすぎだべ」

呆れたようなため息まで、降ってくる。

「楓さん」
「は、はいっ」
「確かに、お父さんに会いたいって言ったら桜は悲しんだと思うよ。だけどな、桜は、楓さんの願いを叶えられない事の方が、もっと悲しいんだべ。そ!れ!に!今回は大丈夫だったけどな、お父さんが悪い大人だった可能性だってあるんだぞ。子供だけで、血の繋がった親だとしても、会ったことない人間に会いに行くのはダメだ。せめて、お父さんの連絡先を教えてくれた叔父さんと行くべきだったぞ。先生が言いたいこと、賢い楓さんなら分かるよな?」
「……はい。これからはちゃんと言うし、勝手なことはしません!ごめんなさい!」
「よし。で、桜」
「…う、はい」
「桜は、もっと自分のことを話すべきだべ。楓さんが会いたくないって言ったとしても、お父さんがどんな人だったか。どんな風に思ってるかとか。俺が言った言葉、覚えてるだろ?」

__苦しいことも経験だからさ。親は誰しも子供に苦しい思いはさせたくないと思うだろうけど、そういうのを経験して、子供は強く大きくなっていくから

「桜も楓さんも、お互いのことが大好きなんだな。大好きだから、話せない。2人とも優しすぎるから。自分1人で抱え込んで何とかしようとする。でもさ、家族なんだから。そういう思いも乗せて良いんだよ。そんなことで、壊れたりしないから」

そう言って菅原は、私と楓を両腕に閉じ込める。

「ほんと、そっくりな姉妹だな」

泣きながら笑う私たちを、ホームを行き交う人々が不思議そうに眺める。

「お姉ちゃん、ごめんなさい。お姉ちゃん、大好き。これからも一緒にいてください!」

戻ってきた楓は、前よりも強く逞しくなっていた。


20210305




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