最愛の君

楓は、明日の朝、新幹線に乗って宮城へと帰ってくることになった。仙台駅に夕方迎えに行くことになり、菅原はついてきてくれるという。潔子や楓のお友達の家に電話して、見つかったことを報告してお騒がせしましたと謝罪する。今日、私は夜勤だったのだけど、こんな状況なので休ませてもらうことにもした。全ての対応を終えた頃には、22時を迎えていた。

「ごめん菅原…こんな遅くまで…。本当にごめん」

何度も謝罪を繰り返す私を見て、呆れたようにため息が返ってくる。そして、徐に口を開いた。

「明日、俺休みなんだけどさ…泊まって行って良い?」
「は?」

急な提案に、あんぐりと口を開いた。そんな私の横に、菅原はゆっくりと腰掛ける。2人がけのソファーなのに、菅原が私の方にかなり寄ってくるので、自分のスペースが狭く感じた。

「今の状態の桜を放っておけない」

そう言って顔を覗かれる。でも、と言葉を紡ごうとしたところで、菅原の人差し指が私の唇に触れた。

「駄目という言葉は聞きませーん!」

私の考えなんてお見通しだと笑われる。

「桜が苦しい時に、傍に居たいんだ。だから、俺の知らないところで、これ以上泣かないで」
「………」
「高校の時からさ、ずっと、桜のことが好きだべ。忘れようと思ったこともあるけど、忘れられなかった。桜は俺のために俺から離れようとするみたいだけど、俺はさ、桜の横にいるのが1番幸せなんだよ」

菅原の右手が、私の左の頬に触れる。思わず視線を逸らした。

「菅原、」
「…前みたいに、名前で呼んでくれないか?」

右肩に菅原の左手が触れる。驚いてピクリと体を震わせると、その拍子と菅原の手に力が加わり、腰掛けていた状態から倒されていく。

「桜」
「ちょっ、」

逃げ場のない状態になっているのに、抵抗しようとは思わなかった。そっと瞼を閉じてしまう。それを合図に、唇と唇が重なり合った。先ほどとは打って変わって何度も角度を変えて、甘い音を時折響かせる。息継ぎのタイミングも、歯列の撫で方も、あの頃と何も変わらなかった。壊れ物を扱うように、優しくゆっくり丁寧に。後頭部に回った指先が、私を労わるように撫でてくる。ただただ、菅原について行くのが必死で、頭がくらくらして来たところで、

「菅原、待って、」
「……っ…」

目を開けると、顔を火照らせた菅原が、私の視界を独占していた。そんな菅原の胸元を、そっと押す。何も言わずに、ゆっくりと引いてくれた。

「ごめん…俺、無理に関係を戻すつもりはないって言ったのにな。ごめん桜」
「…謝らないでよ」
「桜が、このまま消えてしまいそうな気がしたんだ」

眉を落とす菅原に心が締め付けられる。その顔は、私が苦手な顔だ。別れようって言った時も、今のような顔をしてた。これ以上傷つけたくなくて、あの時は突き放した。あの時はあれが最善だと思ったから。だけど、今は多分違う。

「泊まって行っても良いよ」

そう言って席を立つ。

__私も、ずっと、桜の幸せを願ってるから

「菅原。私は、」

今の私たちの立場とか、取り囲む環境とか。これから先に待ち受けるであろう未来だとか。そんなことを考えると、どうしても続きの言葉が言えない。口を止めた私を黙ったまま見つめる菅原。

「ごめん、頭の中がごちゃごちゃで、なんて言って良いか分からない」

結局そうやって私は、伝えることを辞めてしまうのか。諦めて、また、突き放してしまうのか。それを繰り返して、果たしてそれが最善なのだろうか。あの時のように、これが最善だと言えないのはどうしてだろう。

「別に良いよ」
「…え?」
「どう言うのが正しいかとか思うなよ」
「………」
「今、頭の中で思ってることを全部言えば良いだろ?ごちゃごちゃでも、意味不明でも、全部聞く」
「何言ってるの?」
「こんなこと言ったら俺が悲しむかもしれないから言えないなとか。今の俺と桜の立場を考えたら、こんなこと言っても困らせるだけなんじゃないかもとか。そんなこと考えてごちゃごちゃになってるんだろ?」

的を得た問いに閉口する。

「当たりだろ?」
「なんで分かるの」
「こっちは、誰かさんのおかげで片想いかなり拗らせまくってるんですけど?それくらい好きな相手の考えることなんて、なんとなく分かるよ。だからさ、」

周りのことなんて何も気にせず、今、桜が思ってることを全部教えてほしい。

「私は、」

離れても離れても、結局、私にとって大事なものは何も変わらない。それの守り方が、未だにどうしても分からないのだ。その答えを、貴方なら知っているとでも言うのだろうか。

「私だって、菅原と同じように思ってるよ」
「同じように?」
「菅原が私のこと守りたいとか助けたいとか言ってくれてるのと同じように、私だって、菅原に対してそう思ってる」
「…!」
「だけど、今の私じゃ何もしてあげられない。だからこそ、周りが気になる。私の言動で、菅原に迷惑かけたくない。今だってこんなに迷惑をかけてるのに。家の問題も多いし、親戚に借りてる借金だって返せてない。私が隣に立つことで菅原に好奇の目が降りかかったらどうしようとか。楓のことだって、ちゃんと守れてないのに、菅原がしんどい時に支えられる自信がない。もらってばかりで、菅原に何もあげられない!!」

考えがまとまっていないのに、思い浮かぶままを声に出しているから支離滅裂だ。自分でもなんて言ってるか分からなくなってくる。

「桜が俺と同じ気持ちで、俺の横にいてくれるなら、俺はそれ以上に何もいらないべ」

こんなにも私のことを想ってくれるこの人を、あの頃の私のように突き放すことなんて、もう出来なかった。

20210228
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