迷い最中

私は、直ぐにカレンダーを確認した。今日は金曜日。バレーボールクラブがある日ではない。朝の様子を思い浮かべる。何処かに遊びに行くとかは言っていなかったはずだ。楓には、門限は18時と伝えてある。毎回その時間帯に私が家にいるわけではないので、毎日それを守っているか?と問われたら、そうだとは言えない。否、今日、こんなことが起きなければ言えた。楓は、私の言いつけを破ったことはないのだから。私は、小学校の連絡網が書かれた紙を取り出す。そこには連絡網の他に、仲良くしているお友達の保護者の方の連絡先を聞いてきてねと言って、書いてもらったのも載っている。

「すみません、志木なんですが…」

紙に書かれているところには、全て電話をした。どの家からも、返ってくる言葉は同じだった。

"今日は、遊びに来ていない"

どうしようと、拳が震える。親戚の家にも電話をかけたけれど、返ってくる返事は同じだった。もしかして?と思って潔子にも電話をかけてみる。潔子はその時間不在で、代わりに電話に出た田中が、

『妹さんッスか?来てないですけど…』
「……そう、だよね。ごめんね」
『まだ帰ってきてないんですか?』
「うん…」
『もしかして、学校とか?何か用事があるって連絡来てないんですか?』
「来てなかったと思うけど、学校にも連絡してみる」
『俺、近所見てみますね!』

きっと見つかるから大丈夫ですよって宥めてくれる。田中はそう言うと、仲間にも探してくれって頼んでみますから。任せてください!と言って電話を切った。私は菅原に電話をかけてみるけれど、繋がらない。まだ仕事中だろうかと思って、今度は小学校に電話をかけてみた。何人かの先生が、まだ残って仕事をしているようだった。

『もしもし?』
「あ、すみません。4年2組の志木楓の保護者の者なのですが、菅原先生っていらっしゃいますか?」
『少々お待ちください』

私の心情とは正反対の軽やかな音楽が流れてくる。応答を待っている間、不安で胸が押しつぶされそうだった。何か事故に巻き込まれたんじゃ無いか?誘拐だったらどうしよう?それとも家出?でも喧嘩なんてしていない。

『お待たせしました、菅原です』
「あ、すがわら…せんせい…」
『……どうしました?』

電話口の菅原の声を聞いても、拳の震えが治らない。

「あの、楓、まだ学校に居たりしませんか?」
『え、』

菅原が息を呑んだのが分かる。

「帰ってきてなくて…」
『帰ってきてないって、いつから…?』
「いつから?」
『今日は職員会議があったから、午後から授業は休みだったんですけど、』

ガタン、とスマホが滑り落ちた。







不安定な足取りで、なんとか原付を走らせて宮城県警を訪れた。生活安全課の方へ足を踏み入れて、捜索願の紙に名前を記入していく。対応してくださる警察官の質問に、ぽつりぽつりと返答していると、

「……志木?」

懐かしい声が、私の名前を呼んだ。振り向くと、

「澤村…」

かつての同級生の姿が目に入る。最後に会ったときよりも、更に体つきが逞しくなっていた。警察官になっていたのは聞いていたが、ここの所属だったのか。そんな私たちを見た目の前の警察官が、「知り合い?」と問いかけてくる。動揺している私が、上手く答えられないでいると、

「はい。高校時代のクラスメイトで同じ部活でした」

澤村が変わりに答えてくれた。そんな私を見た対応をしてくれていた警察官の方が、「知り合いの方が良いかもな。頼む」と二言三言、澤村と話しその場を去って行く。澤村は、手渡された紙を読み込みながら、私の目の前に座った。

「……妹さんが、帰ってきてないのか」
「う、うん…門限は18時って言ってて、今まで破られたことはないんだけど、」

時刻は、20時を過ぎている。家を出るときに、もし楓が帰ってきたらと思って、テーブルには書き置きを残しておいた。

"帰ったら私のスマホに電話しなさい"

何度も確認しているが、残念ながらスマホは震えていない。

「学校は?」
「学校には連絡した。だけど、今日は職員会議があったから、授業は午前中だけで、午後には生徒達みんな帰ってるはずらしい」
「……思い当たることは、ないのか?」
「喧嘩はしてないし家出じゃないと思う。ただ、今日が午前中で学校が終ることは知らなかった」

給食もなかったという。そんなこと聞いていたら、お昼ご飯にお弁当を作っておいたのに。どうして言ってくれなかったんだろう。分からないことが多すぎて、頭がおかしくなってしまいそうだ。

「……親戚や、楓が仲の良い友達の家にも電話したの。だけどっ」

胸から熱いものがこみ上げてきて、目頭が熱くなる。今にも雫が零れ落ちてしまいそうだ。

「妹さんの写真ある?それと、今日、どんな服着てた?」

家を出て行く前の楓の姿を思い浮かべた。

「上は白色のチュニック。ズボンは紺色のジーパン。その上に茶色のモコモコしたコートを羽織って、ピンクの手袋とマフラーをさせてた。靴は、ピンクのマジックテープタイプのスニーカーを履いてたと思う」
「チュニ…?」
「チュニック。丈が長めの上着みたいな感じ」

澤村の質問に1つ1つ応えていると、スマホが振動した。残念ながら、自宅の固定電話からではなかったものの、スマホに表示された名前を見た澤村が目を見開く。そして、出るように促された。

「もしも『もしもし、桜!?とりあえず警察署に来たんだけど、楓さんは、まだ帰ってない!!?』……う、うん。あと、私も今、警察に来てる」

入り口付近に目を移すと直ぐに菅原の姿を見つけて、彼の名前を呼んだ。澤村は、あんぐりと口を開けて、私たちを見つめている。

「澤村…えっと、妹の担任の先生です…」

誤解の無いようにと思ったけれど、その声は菅原にかき消された。

「大地!!大変なんだ!!俺の生徒が!!」
「あ、ああ…とりあえず、落ち着け」




20210227





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