相互想う

ぽつりぽつりと夏休み前に叔父に言われた言葉を、そのまま菅原に話していく。時折、やさしく相槌を打ってくれながら、拙い説明を聴いてくれた菅原。一通り話し終えた後、菅原へと視線を移す。柔らかい声音で、まず、

「桜は、どう思ってるんだ?」

と問われた。

「どうって?」
「会わせたい?それとも会わせたくない?」
「それは、…分からない」

私はあの人のことが嫌いだけど、楓にとっては実の父親だ。会う権利はあると思う。だけど、父親は理由が何であれ、1度は私たちを捨てた人間だ。そのことを楓が知って傷ついて欲しくはない。

「じゃあ、話したい?話したくない?」
「それは、」

話したくないと思う。だけど、隠し事はいつかはバレるものだし、楓に知る権利だってあるんじゃないかとも思う。

「それも分からない?」
「うん…分からない」
「嘘だ。桜はきっと分かってる」
「何を根拠にそんなこと!」

声を張り上げると、シーっと唇に人差し指を当てられた。穏やかに店内を流れるメロディーが、鼓膜を刺して、私の心を落ち着けていく。俯いて拳を握りしめたところで、再度、柔らかい声音が私を諭した。

「桜。周りのことなんか気にしないで、自分の感情だけ言ってみたら良いべ。それから考えよう」

俯いていた顔を上げると、真っ直ぐ私を見つめる菅原と目が合う。その力強い眼差しが、私の心の中に、そっと侵入してくるような感覚がした。

「もう一回聞くべ。会わせたい?会わせたくない?」
「……会わせたく、ない」
「うん。話したい?話したくない?」
「それは、まだ早いと思う」

沈黙が流れる。普段ならば、こう言った沈黙は苦手で堪らなくなるのに、今日はそう感じなかった。窺うようにチラチラと菅原の表情を見る。一向に変わらない表情は、言葉を選ぼうとしているのか、何かを考え込んでいた。やがて、徐に、

「間違ってないべ。桜がそう思うのは、当たり前だ」

と告げられる。菅原は、私の過去について、唯一全て知っている人だ。父親や母親のせいで苦しんでいた私に、恋愛なんてと蔑んできた私に、ずっと寄り添ってくれていた。そんな彼が、間違ってないと言ってくれる。贔屓目が入っているのかもしれないが、それだけで、じんわりと心が温かくなるのが分かった。

「…楓さんに、話すのが早いと思うのはなんでだ?」
「それは、」
「それは?」

菅原は、きっとなんとなく分かってるんだろうけれど、私の言葉を待っているようだった。私の口から、全てを聞きたいのだろう。

「まだ、小学生だから…」
「うん」
「私は、子供の頃の記憶が苦しいものが多いから。楓には、そう言う思いをさせたくないの」

愛されていなかったわけではないけれど、母親にとっての1番は、いつも男だった。

「後、私が、あの人のことを受け入れていたら、今でも楓は父親と一緒に暮らしてたのかもって思われたくなくて、」

私が我慢すれば良かっただけと言う事実を知られたくない。

「それは違うだろ。楓さんの父親が出て行ったのは桜のせいじゃない」
「ううん、私が懐かなかったから…中学生にもなって、我儘だったから、「違うべ」…っ、菅原」
「絶対に違う」

ガタリ、と音を立てて菅原が立ち上がる。ゆったりとした足取りで、私の方まで歩み寄ってくると、その横に腰掛けた。4人がけのソファーテーブルに片方だけ集まると、先程まで広かったスペースが狭く感じる。

「菅原?」

握りしめていた拳の上に、菅原の手のひらが重なった。熱を孕んだ手のひらが、私の拳を守るように包み込む。

「思春期の女の子の心に寄り添えなかった楓さんの父親がダメだっただけだ。いきなり現れた男の人を父親と思えなんて、そんなにすぐに受け入れられるはずがないべ。長い目で見てやるべきだ。桜は中学生にもなってって自己嫌悪しているけれど、それを言うなら相手は大人の男だ。桜は何も悪くない。そう思ってしまうのは自然なことだったと思う」

母親ですら、私のせいだと言っていたのに。それもあってか、周りの親戚だって、そう思っているのに。紡がれる温かな言葉に、コクコクと相槌を返すので精一杯だった。

「それに、周りがなんと言っても、楓さんは桜の言うことを1番に信じてくれるはずだよ。話を戻すけど、だからこそ話してみると良いと思う。話すのが怖いなら、俺が一緒についててやるべ?」

嬉しい申し出に首を横に振る。これは私たち家族の問題で、これ以上菅原を巻き込むことは出来ないと思った。

「大丈夫。ちゃんと、話してみる」
「うん。それが良いべ。後な、苦しいことも経験だからさ。親は誰しも子供に苦しい思いはさせたくないと思うだろうけど、そういうのを経験して、子供は強く大きくなっていくから」

"可愛い子には旅をさせろ"と言う諺がある。楓が、この話を聞いて、どう思うかは分からないけれど、ちゃんと向き合わなければと思った。

「うん、ありがとう菅原」
「無理すんなよー」

ポンポンと私の髪を撫でるその手のぬくもりに励まされる。それからは他愛もない話をした。大学時代の菅原の話は、とても面白かったけれど、私の知らない菅原の姿を思い浮かべると、ちょっぴり寂しい気持ちにもなったのは誰にも秘密である。



20210216



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