喪失の夜

あの日以来、菅原は私たちの家をよく訪れるようになった。傍から見れば、恋人のように見える私たちの様子を、誰かに見られたら不味いのではないか。一応私たちは、保護者と担任という関係のはずだ。何度もそれを伝えているのに、菅原は大丈夫の一点張りだ。

「菅原…最近来すぎじゃない?」
「んー?そうでもないだろ」
「……またそうやって惚ける。私は心配してるのに」

例えば、楓と菅原が親しくなりすぎて、他の生徒が嫉妬して、依怙贔屓とか言い出したりしないだろうか、とか。保護者に手を出しているんでは疑惑が立って、菅原の立場が危うくなったらどうしようとか。そんな不安を、どうしてこの男は分かってくれないのだろうか。

「桜が、俺に会うのが嫌だって言うなら来るの止めるべ?」
「……そういう言い方はズルいよ」

菅原は唇をとんがらせた後、ケラケラと笑った。相変わらずの茶目っ気が少し腹立たしい。

「あははっ、菅原先生が変顔してるー」
「こら、楓さん。先生には敬語を使いましょう」
「あ!すみませーん!菅原先生、その顔、明日皆の前でもやってください。きっと、爆笑されますよ!!」

新学期初日に菅原がやったギャグがめちゃくちゃ面白かったと笑う楓。そう言えば、楓は最近笑顔が増えたような気がする。昔から、よく笑う女の子ではあったけれど、時々無理しているような笑顔だった。なのに、最近は、くしゃくしゃの輝かしい顔つきになっている気がする。

「……なんか、楓と菅原って似てる」
「え?」
「え?」

私の発言に、顔を見合わせる2人。この2人が兄妹なんじゃないかと思わせるくらいには、動作がシンクロしている。

「お姉ちゃん、本当?嬉しいな!」
「お?嬉しいのか?なら、俺も嬉しいべ」

本当に、私には勿体ないくらいの存在だ。









菅原が帰ったその夜。珍しく楓が一緒に寝ようと言ってきた。特に断る理由もなかったので、楓の部屋に向かい、一緒の布団に潜り込む。一緒に寝なくなって、もう2年くらいが経つだろうか。社会人になれば、夜勤があることが分かっていたので、桜が1人で眠れるように練習していた日々が懐かしく感じる。

「ねえねえ、お姉ちゃん」
「……うん?」
「お姉ちゃんは、菅原先生の事が好きなの?」

最近の楓は、色恋沙汰に興味津々らしい。まだ、小学4年生だというのに…と何度も思ったけれど、自分自身の小学生時代を思い返してみると、小学校の高学年くらいから、「○○くんって格好良いよね」「○○ちゃんって、○○くんのこと好きなんだって」という話題があったような気がする。私は、男にだらしのない母親を見ていたので、全くそんなことに興味がなかったから、想像もしていなかった。

「んー…。どうして、そう思うの?」
「菅原先生と居るときのお姉ちゃん、すっごく楽しそうだから」
「…そう、かな」

今更、菅原のことを好きだなんて思ってはいけないと思う。そんな資格、私にはない。

「菅原はさ、日だまりのような人だから」

高校時代からそうだった。バレー部では、私たちの学年は落ち着いた人が多かったけれど、1つ下と2つ下の学年は、なかなか個性的だった。特に2つ下。気難しい奴が2人いた。そんな2人を上手に輪の中に引き込んだのは、菅原だと思う。菅原も菅原で、自分自身の抱える問題も多かっただろうに、気難しい後輩のフォローが上手かった。

「日だまり…?」
「みんなを明るく照らす太陽みたいな感じ。学校でもそうなんじゃないの?」
「うん!菅原先生のこと嫌いな子いないよ!」
「そうだろうね。菅原は優しい人だから」
「お姉ちゃんは、先生のそういう所が好き?」
「うーん…分かんないなあ」
「ええー!本当に??」

楓が理解するには難しいかもしれないけど、私は楓の保護者という立場なのだ。それで、菅原は楓の担任。保護者と担任の恋愛は、良く思わない人がいると思う。これ以上、菅原に迷惑はかけたくない。

「私にもし、お兄ちゃんが居たら、菅原先生みたいな人がいいなあ」
「……そっか」

一瞬過ぎった未来を、慌ててかき消す。そんな未来は思い描けない。

「?お姉ちゃん、スマホ光ってるよ」

楓にそう指摘されて、ベッド付近に置いて居たスマホをタップする。内容を一瞥した後、顔が強張るのを必死で抑えて微笑んだ。

「もう寝よっか。おやすみ、楓」
「うん、おやすみなさい」

電気を消して、小さな身体を抱きしめる。瞼の裏に思い描いた幸せをかき消しながら、楓にバレないように拳を握りしめた。



20210131



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