君がため

憂鬱な気分で迎えた授業参観。周りは私よりも一回りも二回りも年上のお母様達。たくさんの視線が私を刺す。その殆どが"同情"だ。私自身はそんな視線に晒されることなど、もう慣れてしまっているけれど、楓の方は大丈夫かと心配になる。

「楓ちゃんのお姉さん、こんにちはー。鈴木ですー」

鈴木さんと言えば、楓と仲良しのお友達のはずだ。いつもお世話になってます、と頭を下げると優しげな眼差しを向けられる。次に発せられる言葉をなんとなく察した。

「若いのに大変でしょう?お仕事は何をなさっているの?」
「看護師をしております…」
「あら、そうなの!不規則な勤務で休めてないんじゃない?」
「いえ…上司が理解のある人で助かってます…」
「遊びたい盛りなのにねえ…」

頼むから、その言葉…楓に聞こえないように言って貰えないだろうか。そう思ったところでチャイムが鳴って、菅原が教室に入ってくる。教師をしている菅原の姿を見るのはとても新鮮だ。

「!」

真っ直ぐ、そちらを見ていると菅原と視線がかち合う。私の顔を見て、ふう…と一息吐いたかと思えば、黒板へと視線を向けた。私は保護者として何度も授業参観に訪れているけれど、菅原にとっては、初めての授業参観なのだろう。学生時代、緊張しているときに出ていた癖が、出てしまっている。

(………頑張れ、菅原)

チョークで書かれていく文字は、懐かしい筆跡だ。そう言えば、男子にしては字が綺麗だったな…なんて学生時代を思い出して、頬が綻ぶ。生徒達の方へと振り向いた菅原は、あの日と変わらない優しげな眼差しをしていた。

「はーい、この問題分かる人は手を挙げてくださーい」

菅原がそう言えば、生徒達が元気よく手を挙げる。その中には、楓の姿もあった。算数は苦手だと言っていたし、去年は、算数の授業では手を挙げていなかったのに。こんなところで、親は子供の成長を確認するのか。







授業参観が終わった後は、各々自由に過ごして良いようで、すぐに帰ってしまう家庭もあれば、新任の先生が珍しいのか菅原に声をかけているお母様方もいた。私はと言えば、楓が、友達と話したいからまだ帰らないと言ってきかないので、適当に保護者の方と親交を深める。下手な行動をして、楓の学校生活に支障を来すわけにはいかない。それにしても、菅原が目立つせいか嫌でも目に入ってしまう。

「え!?烏野高校出身なんですか?それにバレー部?」
「ああ、影山ですか?俺が3年の時に1年でしたよ」

影山飛雄。私たちの後輩で、高校の時からセッターとしては、天才的な才能を持っていた。確か、高校卒業後はプロのバレボール選手になって、今ではかなりの有名人だ。晴れやかに自慢している菅原の姿を見て、安心する。

「じゃあ、もしかして…」

"天才の後輩にポジションを盗られた可哀想な人"

そんな目をしていた。きっと、その言葉を飲み込んだのだ。そんな感情を隠せないような人が、人の親なのかと憤りを感じる。菅原もその親の感情に気がついたのか、一瞬だけ顔が引きつった。だけど、すぐに、いつもの爽やかな笑顔に戻っている。きっと、そのことに気づいたのは私以外にはいないだろう。だけど、

「……え、と?楓ちゃんのお姉さん?」

私は、思わず、その間に割って入ってしまった。戸惑った声が保護者の方から聞こえてくる。そして、気がつけば菅原の目の前にまで来てしまっている。

「桜?俺は大丈夫だべ?」
「別に、そんなんじゃない」

話すつもりなんてなかったのにと思ったけれど、そうこう言ってられない。だって、何も知らない人に、そんな目で菅原を見て欲しくないと思ったから。

「菅原先生。お誕生日、おめでとうございます」

その瞬間、その言葉を聞いた生徒や保護者の方々に菅原は囲まれる。私は、その間をくぐり抜けて、輪の中から外れた。

「え!?先生、今日お誕生日なんですか!!おめでとうございます!!」
「志木さん何でご存じで…?お知り合いなんですか?」
「えーと…楓さんのところのお姉さんとは、高校の頃の同級生でして…」
「へえ!?そんな偶然あるんですね!!それにしても、おめでとうございます。先生!!」

照れくさそうに、それでいて嬉しそうに笑う菅原の顔は、昔と変わらず輝いていた。

「楓。お姉ちゃん疲れたから校門で待ってる」

私は楓にそれだけ告げると、教室を後にした。







楓が校門に来るまで、かなりの時間を要した。明日も学校なのだから、明日、友達と話したら良いだろうにという恨めしい気持ちになったのは、楓が菅原の手を引いて校門に来たからだ。

「お姉ちゃんお待たせー!」
「妹を置いて行くなんて薄情だなー?」
「うるさいな、何しに来たの?」

駆け寄ってきた楓の頭を撫でた後、菅原を睨む。

「うっわ、めっちゃ不機嫌。何に怒ってるんだよー」

そんな私に臆しもせず、呆れたように笑われる。

「別に、菅原は相変わらずお人好しだと思っただけ」
「はいはい。俺はお礼を言いに来ただけだから」
「……別に、そんなんじゃないって言った」

勘違いしないで、と視線を逸らす。可愛くないことをしている自覚はある。

「でも、嬉しかったから。覚えてくれてるとは思わなかったし…」
「ごめん、菅原。帰るね」

仕事サボるんじゃないよ、と笑ってやる。そして、静止の声を無視して楓の腕を引いた。

「お姉ちゃん、菅原先生呼んでるよ?」
「良いんだよ。これで」

だって、私たちは、ただの同級生だっただけ。そして、今は、保護者と妹の担任なだけなんだからと言い聞かせた。



もう戻れない。戻ってはいけないのだ。




20210119


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