浮き憂き

主任から休みを取りなさいと叱られ、仕方なしに溜まっていた有休を消化することになった。その事を潔子に伝えると、新居に遊びに来ないかと誘われたので、結婚のお祝いも兼ねてお邪魔させてもらうことにした。

「桜から連絡くれるとは思わなかった」
「志木さん、お久しぶりです!」

本日は夫婦揃ってお休みだったようで、潔子と田中に出迎えられる。結婚祝いに買ったギフトを手渡しながら、久しぶりだねと呟いた。

「開けていい?」

嬉しそうにそう言った潔子に頷くと、ピンク色に包まれた包装を丁寧に解いていった。プレゼントしたのは、木で作られたオシャレな写真立てだ。これから、2人でたくさんの思い出を作っていくだろう。写真立てはいくつあっても困らないと思った。

「…可愛い。ありがと」
「うん。素敵な写真を入れてね」
「わー!志木さんありがとうございます!!ささっ、どうぞどうぞ!!」

俺、お茶出しますんで!と軽快な足取りで、キッチンの方へと向かっていく田中の後ろ姿は相変わらずだ。潔子にリビングまで案内されて、

「そこ座っていいよ」

と言われたので、その通りにオシャレなソファに腰掛ける。ほどよい弾力がとても気持ちが良い。人を駄目にするソファとは、こういう物のことを言うのだろう。しばらくして、田中が紅茶を運んできてくれたので、お礼を言って受け取った。

「田中は相変わらずだね」
「ッス。志木さんも、元気そうで良かったです。じゃあ、ごゆっくり!」

別に居てくれても良かったのにと思ったけれど、颯爽とどこかへ行ってしまう田中。もしかして、気を遣われたのだろうか。何しろ、潔子に会うのも凄く久しぶりだ。電話で連絡を取っていたりはしたけれど、こうして顔を合わすのは2年ぶりだろうか。田中と交際した当初が最近のことのように感じられる。聞かされたときは驚いたものの、田中なら潔子を大切にしてくれるだろうという安心もあった。そして晴れてゴールイン。ちょっぴり羨ましいな…なんて、物思いに耽っていると潔子と目が合う。

「何かあった?」

核心をついた問い。学生時代から、彼女には隠し事が出来ない。

「……うーん、まあ」

ここ4年ほどは、友人と遊んだりお茶をしたりする余裕もなかったから、疎遠になってしまった友人も多い。それにも関わらず、潔子はマメに連絡をくれて、関係を途切れないようにしてくれた。持つべきものは親友だ。

「潔子は、澤村たちと会ったりしてるの?」
「そんなに頻度は多くないけど、時々」
「そっか…」

同級生はもちろんだけど、後輩達の活躍も華々しい。日向に至っては地球の裏側に居る。私とは、全く違うなあと思う。

「それで、どうしたの?」

話を逸らしたつもりだったけれど、再び振り出しに戻される。まあ、私自身もその話をしに来たんだけど。一拍置いて、深呼吸をした後、本題に移ることにした。

「今年から、楓の担任が菅原になった」
「……凄い偶然だね」
「私もそう思う」

人づてに菅原が教育学部に進学したということは聞いていた。彼の性格上、天職だとも思った。だけど、妹の担任になるだなんて、誰が想像できただろうか。

「じゃあ、菅原に会ったんだ」
「まあ…」

会ったというか、この間家庭訪問だったから、家に来たんだけど。それは音にならなかった。

「寄り戻したいとか言われたの?」
「いや、言われてない」
「なら、何に悩んでるの?菅原が楓ちゃんの担任なことに、何か問題があるの?」

菅原のことは、誰よりも信頼してる。そんな人が、妹の担任だなんて、心強い以外の感情は沸かない。

「ないよ。私が駄目なだけ」

菅原は、日だまりのような人だから。そっと、寄り添ってくれると、そこに触れたくなる。そして、触れてしまったら後戻りが出来なくなる。

「何をそんなに難しく考え込んでるか分からないけど、菅原は、桜になら何をされても良いと思ってる」
「……どういうこと?」
「私たちの中で、諦めの悪さの点では、菅原の右に出る者はいないと思う」

潔子のその言葉の真意は、分からない。だけど、何かを確信したような目が怖いと思った。


20210115
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