小夜なら

同級生と比べると、とても複雑な家庭環境で育ったと思う。所謂母子家庭で、母親は男性に対してだらしなくて、恋とか愛とか信じられなかったし、恋愛なんてできないと思っていた。そんな私を、心優しく受け入れてくれた人が、たった1人いた。そんな彼のことを私は捨てた。

__ごめんね、桜
__別に。なんとかするし。

高校3年生の時、母親が癌になった。見つかったときには既に手遅れで、末期の状態だった。余命1年。全く笑えない。最期の最期まで、どうしようもない親だと思った。それでも、どうにか生きていくしかない。でも、大事にしたい物が、あのときの私にはたくさんあった。ありすぎた。

__志木さん、お母様の件聞きました。
__先生。私は大丈夫なので、誰にも言わないでください。

私は男子バレーボール部のマネージャーをしていた。直向きに努力していく彼らは、みるみるうちに強くなっていき輝いていた。そのサポートを出来たことは、私の誇りだった。でも、それも全て、崩壊していった。

__進路を変える!?
__病院アルバイトをしながら通える看護専門学校にします。

輝く彼らを見るのが、いつしか辛くなった。それでも、誰にも悟られずにIHまでやり遂げた。でも、その時には、私はもう限界だった。春高まで残る気力はなかった。私はたかがマネージャーだったし、新しい後輩になんとか引き継ぎはした。それでもう尽きた。

__え!?志木さん残らないんですか!?

たくさんの謝罪と後悔。

__ごめん。別れてほしい。
__何で?俺は、

彼は、あの後、なんて言ったんだっけ。









仕事を終わらせ自宅に帰るとテーブルの上に1枚のプリントが置かれていた。それを一瞥した後、妹の部屋を覗き込む。もう既に休んでいるようだ。小学校4年生になった異父妹と2人きりの生活になって、もう4年が経つ。はじめは大変だった生活も慣れとは恐ろしいもので、今となっては落ち着いている。そのどれもが、妹が成長しているからという点が大きいのかもしれない。

「ただいま、楓」

起さないように小さく呟いて髪を撫でた。私はこの子を守っていかないといけないのだ。そっと、楓の部屋を出て軽くシャワーを浴びた後、夜の間に洗濯機を回す。そして、明日の朝ご飯の下準備と夕飯の用意をしておく。1ヶ月のほとんどがレンチンご飯生活になっている楓には申し訳ないが、生活の為だから仕方が無い。ようやく一息吐けるタイミングになって、楓が置いていたプリントをじっくり読み込んでいく。

"家庭訪問のお知らせ"

スマホを取り出してシフトを確認する。出来れば公休の日が良いが、難しいなら夜勤入りか明けの日にするしかないだろう。第3希望まで記入して、そのプリントをそのままテーブルに置いた。そういえば、今年の楓の担任は新任だと言っていたっけ。まあ、小学校という組織において、中学年は1番手の掛からない学年だと言われているので、なにも不思議なことはないのだけれど…なんて、どうでも良いことを考えながら、ようやく布団に潜り込む。今日は早めに休めそうだと思ったところで、スマホが振動した。画面に表示されたのは、高校時代の親友の名前だ。

「……もしもし、潔子?」
『桜、久しぶり』
「うん、どうしたの?」

それは、結婚の知らせだった。

「へえ…田中と潔子がね…おめでとう」
『それで、結婚式に来てもらえないかと思って』
「………考えさせて貰っても良い?」

その言葉を絞り出すので精一杯だった。お相手の田中龍之介は、私と潔子がマネージャーをしていた男子バレー部の部員で、1学年下の後輩にあたる。そうなれば、自然と、

『菅原のこと、気にしてる?』

その名前に、ピタリと動きを止めた。菅原孝支。高校時代に付き合っていた人。私が唯一好きになった人。彼以上に好きになれる人間なんて、きっと、この先いないだろう。そんな想いは、口が裂けても言えない。

「……んー。というか、仕事の休みが取得できるかどうか分からないから。それに、ちょっと家の方もゴタついてるし」

適当にごまかした嘘なんて、付き合いの長い親友にはお見通しだろう。

『わかった。良い返事を期待してる』

それだけ言われて電話が切れる。ツーツーと鳴り響く音が、私を孤独の中へと誘っていくような気がした。

__何で?俺は、桜のこと好きだから別れたくないよ。

菅原にだけは会いたくないのだ。菅原に会えば、きっと私は、もっと駄目な人間になってしまうから。



20210105
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